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3-5 この谷を以前のような豊かな土地に戻してください

 わたしが『熊のトーテム』と契約した後、森林の精霊の力を生み出す『静謐を護るドルイド』や、不定の精霊の力──どの種類の精霊の力としても使えるらしい──を生み出す『ドルイドの歌』と契約をした。そしてまたページが尽きて、表紙を開き直す。

 せっかく生み出せるようになった精霊の力だけど、一つだけだと谷間カードの解放には足りない。せめて他の精霊の力と一緒でないと、と思うのにうまく出てきてくれない。

 木でできた人形のような見た目の『莢人(ポッドリンク)』と契約して、無駄になってしまった『ドルイドの歌』のページに入れる。精霊の力が同じページに複数あれば、きっと無駄になることが少なくなる。角くんを見上げたら頷いてくれた。

 わたしは他のプレイヤーに比べて、きっと出遅れていると思う。『世界樹』を解放して、さらに『蒼湖』を解放しているプレイヤーもいた。契約する精霊の中には点数を生み出すものもいて、他のプレイヤーの中には、そうやって点数を稼いでいるプレイヤーもいた。そうやって手に入れる点数は有限で、早い者勝ちの奪い合いで、その点数が全部なくなったら、ゲーム終了なのだそうだ。

 その説明を聞いて、自分がなんの点数も手に入れてないことに気付いて、それですっかり焦ってしまったわたしに、角くんは穏やかに微笑んだ。


「大須さんはちゃんと進んでるから大丈夫。これからマナ以外を生み出す精霊と契約していけば良いだけの話。マナがたくさんあるんだから、契約も楽だし大丈夫」


 その次の手番は『熊のトーテム』が出てくれて、いつもよりたくさんのページをめくる。『静謐を護るドルイド』は出てこなかったけど、『月狼』はまた来てくれた。マナがたくさん生み出されて、数えたら全部で十もあった。

 二体の精霊と契約するのも魅力的だったけど、わたしは九マナ必要な『長老樹人(エント)』一体と契約することを選んだ。『長老樹人(エント)』が生み出すものは、マナが一つと、それから三種類の精霊の力が一つずつ。これを『熊のトーテム』のページに入れる。

 九マナを捧げれば、大きな樹木がそのまま人の姿になったかのような樹人(エント)は、わたしの前でひざまずくように腰を屈めて──もしかしたらこれはお辞儀だろうか。そして、熊と一緒に去っていった。

 そういえば、角くんはわたしと月狼の間に立って、何やらぼんやりした顔で月狼の首筋の毛並みを撫でていた。月狼は本当におとなしくて、角くんのしたいようにさせてくれていた。角くんは動物が好きなのかな、と思いながら声をかける。


「良かったね、撫でさせてもらえて」

「え……あ、うん、そうだね……」


 角くんにしては珍しく、はっきりしない微妙な返事。そして溜息をついたかと思うと、月狼の首筋に顔を埋めていた。動物を可愛がっている姿を人に見られるのは恥ずかしいのかもしれない、と思った。




 その何手番か後に、『長老樹人(エント)』と『熊のトーテム』がわたしのところにやってきた。彼らが生み出した精霊の力を使って『活力の小川』を解放する。乾いた大地に光が流れる。それは小川のせせらぎなのだけれど、そこに流れる水はマナを湛えて青白く光りながら大地を潤していた。

 川が流れてゆくと、その周りにみるみるうちに草が生い茂り、木が伸び上がって、そして立派な角を持った鹿のような生き物がやってくる。その生き物は、毛皮の代わりに豊かな葉っぱを体に茂らせていた。綺麗な光景ではあるけど、どうしても思ってしまう。


「点数が欲しかったな」


 『活力の小川』は、点数にならない。代わりに、自分の手番の度に二マナを生み出す。本当は点数が欲しかったのだけれど、ちょうど良い谷間カードがなかった。やっぱり、点数に関して出遅れてしまっている気がする。


「『活力の小川』は毎手番二マナを生み出すし、一手番に三体の精霊と契約できるのも強いし、勝利点を伸ばす余地があるカードだよ。今の谷間カードの中では、一番良い選択じゃないかな」

「これから間に合うかな」

「そうだね」


 角くんは、周囲にいる体の透き通った精霊たちを眺める。


「ページをめくった時に点数を生み出すのとは別に、ゲーム終了時に点数になる精霊もいるんだ。そういうカードを集めるのも方法の一つ。『活力の小川』もあるから、例えば点数を一点持っている精霊三体と契約できれば、一回の手番で三点手に入る。これはなかなか強いと思うよ」

「ゲーム終了時に点数になるっていうのは……『世界樹』とかと同じってこと?」

「そう。『月狼』も『熊のトーテム』も一点持ってるよ。その時点で、大須さんはもう『世界樹』と同じ点数を持ってる。あ、『ドルイドの歌』と『莢人(ポッドリンク)』も一点持ってるし、『長老樹人(エント)』は二点持ってる。大須さん、もう結構点数持ってるんだよ」


 わたしは瞬きをして、側にいる『熊のトーテム』と『長老樹人(エント)』を見上げた。


「そうか、点数を持っている精霊と契約すれば、それだけでも点数になるってこと?」

「そういうこと。点数になりそうな精霊と契約する。『活力の小川』の三体契約を有効活用する。マナはいっぱいあるんだから、それを活かして。あとは、谷間カードは解放できそうなら解放する。これである程度は点数を伸ばせるんじゃないかな」


 木の幹のシワや木のウロが樹人(エント)の表情を作っていた。年輪を重ねた樹人(エント)は、穏やかで理知的な笑みを浮かべて、わたしに小さな花を差し出す。並び立つ熊も、静かで優しい瞳でわたしを見下ろして、わたしに向かって花を差し出してきた。

 その向こうには、まだひび割れて枯れ果てた大地も残っているけど、でも花が咲き乱れる野原や風吹く草原、力一杯伸びる木々、輝くようなせせらぎだってある。あれは、わたしが取り戻したものだ。

 樹人(エント)と熊から花を受け取って、頷いた。そして角くんを見上げる。


「できるだけ、頑張ってみる」


 角くんは、わたしの手から花を取り上げると、それをわたしの髪飾りに差し込む。花の蜜の甘いかおりがする。


「ぜひとも、この谷を以前のような豊かな土地に戻してください。姫のこの手で」


 角くんの口調も表情も芝居がかっていて、姫という設定は続行中なのかと頭の片隅で気にはなったけど、それでも周囲の景色の中ではあまりに自然だった。だから花を手放したわたしの手が角くんの大きな手に持ち上げられて握られたのも、なんだかそういう物語のようで、すごく自然に受け入れてしまった。

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