18-7 最終試験の主席、つまりゲームの勝者
兄さんは順調だった。
まずは『深淵徴集薬』を飲んで、抽出器の一番下の段から、青と黄色と黒を一つずつ取る。それから『知恵薬』を飲んで、二つ並んだ黄色の片方を取る。その後残った黄色を取れば、転がってきた青がぽんと音を立てて爆発した。青の爆発の後には黄色が転がってきて、またぽんと音がして爆発が起こる。
兄さんが集めた材料は、青が四つと黒が一つ、黄色が六つだ。
こんなに黄色を集めたのに、兄さんのレシピでは黄色が必要ない。十一点の『知恵薬』のレシピは、赤が二つと青が四つと黒が一つ。
兄さんは赤を一つ持ち越していたけど、『知恵薬』を作るには赤がもう一つ足りてない。どうするのかと思ったら、兄さんはそこで『盲目愛薬』を飲んだ。
あ、と思って自分の作業台を見る。わたしの三角フラスコには、赤と黒が一つずつ入っていた。
薬を飲んだ兄さんが、にやにやと笑ってわたしを見た。
「くれるよな?」
これは薬の効果だから拒否できない。わたしは魔法の杖を持ち上げて、それを三角フラスコの上で振った。
わたしが持っていた材料が、兄さんのビーカーに飛び込んでゆく。
「助かったよ、ありがとうな」
にやにやしたまま、兄さんがそう言う。わたしは何も答えずに、横を向いた。『盲目愛薬』を使われるのって、こんなに悔しいんだ、と思う。
わたしが『盲目愛薬』を使ったときは、角くんや兄さんから材料をもらったというつもりでいた。でも、自分が使われると奪われたという気持ちになった。
つまり、わたしも奪ったってことだ。でも、こうやって奪ったり奪われたり、それで嬉しくなったり悔しくなったり、それもゲームの一部なんだって気がした。
きっと角くんは、それも含めて楽しんでいる。だからわたしも、悔しいけど、ゲームを楽しんでいたい。
結局、兄さんは十一点の『知恵薬』を完成させてしまった。さらに、それが三つ目の『知恵薬』だったから、胸に飾られた『技能トークン』のバッジまで増えてしまった。
兄さんが受け取った『技能トークン』が四つ目なので、誰かが後一つ『技能トークン』を受け取ったらゲームが終わる。
この手番に兄さんが手に入れたのは十五点、追い付けるんだろうか。もしかしたら、もう追い付けないかもしれない。
それでもわたしは、最後まで頑張っていたい。それが楽しむってことなんだと思う。
角くんは、どこか苦しそうに抽出器の前に立つ。
「すみません、きっと長考すると思います」
その宣言に、兄さんはにやにやと笑って「どうぞ」と応えた。
角くんはそのまましばらく抽出器を睨み付けるように見詰めていたけど、やがてぐったりと息を吐いた。
「駄目だ、どうやっても後ちょっと足りない」
悔しそうに呟いて、それでも顔を上げて動き始めた。
まずは『深淵徴集薬』を飲んで、抽出器の一番下から四色の材料玉を一つずつ取った。それから、四つ並んだ赤の中の一つを取る。残りの三つがぶつかって爆発する。『助力』で黄色を一つ取ってもらって、角くんは作業台の前に戻った。
それで、九点の『時砂薬』を完成させた。完成させたというのに、角くんの表情はとても悔しそうだった。
「角くん、大丈夫?」
そっと声をかけると、角くんは振り向いて、いつもみたいに微笑んだ。
「大丈夫だよ。ちょっと……かなり悔しいけど。本当は、薬を二つ完成させたかったんだけど。まあ、完成させても、いかさんには勝てなさそうなんだけどね」
「そうなの?」
「多分。今回俺が二つ完成させていれば、ちょうど今いかさんに追い付けるくらいだと思う。そうなったとしても、いかさんが薬を完成させたら引き離されちゃうから」
わたしの点数はどのくらいになってるんだろうか。わたしは角くんみたいに点数を把握できてない。それでも、なんだか兄さんには追い付けていなさそうな気がしていた。
きっとわたしも、兄さんには勝てないんじゃないだろうか。それが、悔しい。
「これから大須さんの番なのに、勝てないかもなんて話しちゃってごめん。ともかく大須さんは、自分の薬を完成させて、自分の点数を伸ばすことだけ考えたら良いと思うよ。勝ち負けなんか、最後だけ気にしたら良いんだから」
角くんがわたしの顔を覗き込んできて、そう言った。その表情はいつもと同じで、きっとわたしを安心させようとしてくれているんだと思う。
わたしは頷いて、角くんを見上げる。
「とにかく、頑張って薬を完成させてみるよ」
わたしがそう言えば、角くんはほっとしたように目を細めた。
「頑張って」
もう一度頷いて、わたしは抽出器の前に立った。
そう、とにかく自分が持っているレシピで薬を完成させるしかない。
一つは、赤二つと黒三つで作れる『多彩歓喜薬』で、これを作れば五点になる。
もう一つも五点で、青三つと黄色二つで作れる『盲目愛薬』だ。こっちは、フラスコに青が一つ分、もう入っている。それに、これが完成すれば『盲目愛薬』が三つ目で、『技能トークン』の四点がもらえる。
二つ完成できれば、全部で十四点。それを目指して頑張ろうと思う。幸い、わたしにはまだ使ってない薬がいっぱいある。
まずは、緑色の『深淵徴集薬』を飲んでみる。この薬は、なんだか塩っぱかった。飲み切って、抽出器の一番下から黄色と青と赤を一つずつ取る。
爆発を狙って、黒二つずつに挟まれた黄色と青を取ることにする。『助力』で青を校長先生に取ってもらって、黄色を自分で取る。二つの黒どうしがぶつかって、ぽん、と爆発が起こる。
足りないのは赤が一つ。逆に余っているのは黒が一つ。
ここでわたしは『多彩歓喜薬』を飲んだ。三角フラスコの中に入っている材料の色を無視して置くことができるこの薬を、一つだけのために飲むのはもったいないような気がしたけど、わたしに残っているのはあとは『盲目愛薬』だけだ。『盲目愛薬』は、角くんか兄さんがちょうど良い色を持ってないと意味がない。
甘ったるい飴のような薬を飲み込んで、余っていた黒を赤の代わりに『多彩歓喜薬』のフラスコに入れる。
そして、火にかけた二つのフラスコの上で杖を振って、二つ分の薬を一度に完成させた。
校長先生がやってきて、両方のフラスコにリボンをかけてくれる。それから、わたしの胸元に『技能トークン』のバッジも増えた。
わたしが受け取ったバッジが全部で五つ目だったから、あとは兄さんの手番でゲームが終わる。
わたしはできる限り頑張ったと思う。楽しんだとも思う。
でもきっと、兄さんには勝てていない。それはやっぱり、すごく悔しいことだった。
兄さんは最後まで容赦なかった。
残っていた『知恵薬』の効果を使って、『助力』も使って、七点の『多彩歓喜薬』を完成させる。その『多彩歓喜薬』も飲んで、持ち越していた黄色三つの材料もあって、八点の『知恵薬』も完成させた。
「そこまで」
校長先生の声によって、最終試験の終了が伝えられた。ゲーム終了だ。
みんなで薬にかけられたリボンの点数を数えてゆく。
「俺は、薬で五十一点、『技能トークン』一つで四点、『助力』五回でマイナス十点。全部で四十五点です」
角くんが悔しそうに自分の点数を告げた。わたしも続く。
「薬で四十五点、『技能トークン』二つで八点、『助力』は五回でマイナス十点、だから四十三点、かな」
わたしは角くんにも負けてしまった。小さく溜息をつく。
「薬の点数で六十七点、『技能トークン』が二つで八点、『助力』五回でマイナス十点、で合計六十五点。俺の勝ち、だな」
兄さんがにやにやとそう宣言する。圧倒的な点数差だった。
校長先生がやってきて、兄さんの首に主席のメダルをかける。兄さんは自慢げにそのメダルを持ち上げてみせた。
悔しい。
今までだって、負けて悔しいって思ったことはある。でも、なんだか今日は、今までで一番悔しいかもしれない。
どうしてだろう。今まではどこかで、負けて当たり前だって思っていたのかもしれない。
もしかしたら、わたしは今までよりも、ずっと、ゲームに勝ちたいって思ってるのかもしれない。
そんなことを思いながら兄さんのメダルを見ているうちに、ゲームは終わって、気付けば元の──兄さんの部屋に戻っていた。




