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14-2 『わたしの気持ちわかる?』

 このゲームは『レディファースト』の名前の通り、最初はレディ役からゲームが始まる。

 とは言っても、手札がないから最初にできるのは『一口飲む』だけ。わたしはグラスを持ち上げて、そっと唇を付ける。『一口飲む』と、炭酸の刺激と甘い味が流れ込んできた。甘いジュースでどうやらお酒じゃなさそうだったから、ほっとする。

 そうしたら、頭の中に『あなたの夢ばかり見るの』という台詞が浮かんだ。どういうことだろうとグラスを置いて、それから理解してしまった。今のこの台詞は、レディカードの『10』だ。

 このカードの後に出せるのは、レディは『8』以上、ジェントルは『11』か『9』以下、ということもわかった。

 角くんも同じようにグラスを傾けて『一口飲む』。それから口元に手を当てて何か考え込んでいた。

 少し間を置いてから、角くんがわたしの方を見る。


「大須さん、カードわかった?」

「多分。台詞と、その数と……その後どの数が出せるかも、わかるみたい」

「なんだか不思議だ。変な感じ……カードがないなんて」

「うん……そういう世界ってことなのかな、このゲームは」


 わたしの言葉に、角くんは「ああ」と声を上げた。


「もしかしたら、台詞を言うのがカードを出す代わりってことかも」

「え、それって……この台詞を言わないと駄目ってこと?」

「一応ルールだからね、それ。まあ、俺が遊ばせてもらったときは台詞なしだったんだけどさ、恥ずかしいし。でも、ここだと言わないと駄目なんだと思う、多分」


 そう言って、角くんは溜息をついた。

 もう一度、落ち着いて確認したけれど、頭の中に浮かぶ台詞は間違いなく『あなたの夢ばかり見るの』だった。


「この台詞を言うの? え、これ、他の台詞も全部こんな感じなの?」

「どの台詞のことかはわからないからなんとも言えないけど」


 角くんが困ったように眉を寄せて、わたしを見てちょっと首を傾けた。


「ともかく、また大須さんの手番だよ。一枚カードを持ってるから、それを出して『ささやく』でも良いし、また『一口飲む』でも良い」


 無理だ。こんな台詞言えない。

 わたしはグラスに手を伸ばして、またその甘いドリンクを『一口飲む』。『ささやく』なんて、自分にはできそうになかった。




 グラスを傾けて『一口飲む』ことを繰り返して、手札は五枚になってしまった。これ以上会話の開始を引き延ばせない。

 角くんは黙って、グラスを傾けて『一口飲む』。どうやら角くんの方から会話を始めるつもりはないらしい。

 わたしはカウンターにグラスを置いて、でもまだ覚悟ができない。溜息をつく。


「大須さん、あの、あくまでゲームだから。台詞も、カードに書かれてるものだって、わかってるからね」


 隣に座る角くんを見上げる。わたしから見る角くんは、随分と余裕がありそうに見える。この状況でどうして、と思うけど、角くんは元々ボードゲームと名前が付けば割となんでも楽しんで遊んでしまう人だった。


「わかってる。わたしもそれはわかってるけど」

「とにかく、そういうゲームなんだから。手番、どうぞ」


 角くんに促されて口を開く。でも見詰めて『ささやく』のは無理で、目を伏せる。


「『わたしの気持ちわかる?』……これで良いの?」


 そっと見上げれば、角くんは少し考えるように黙ってしまった。角くんの手札ももう五枚だから、これ以上ドリンクを『一口飲む』ことはできない。

 わたしが言った『わたしの気持ちわかる?』の台詞は『4』のカードで、手札の中で一番小さな数だ。角くんは次に『2』か『3』か『5』のカードしか出せない。だから、角くんの五枚の手札の中にその数がなければ、わたしはいきなり勝ってしまう。

 そうすればゲームが終わるけど、そんなにうまくはいかなかった。角くんは変に真面目な顔でわたしの目を覗き込んできた。そして、『ささやく』。


「『すてきな瞳ですね』」


 どうしたら良いかわからなくて、顔を逸らしてしまった。角くんが出したのは『2』のカード。わたしは『2』以外ならなんでも出せるけど、とにかく落ち着きたくて『一口飲む』ことにした。甘いドリンクが喉を落ちると、頭の中の台詞──手札が増える。

 角くんは更に『ささやく』。


「『もっと感じたいです君のこと』」

「ま、待って。角くんどうして平気なの」


 あまりの恥ずかしさに、ゲームを止めてしまった。それまで真っ直ぐにわたしを見ていた角くんは、視線を彷徨わせてからちょっと唇を尖らせる。


「……平気、に見える?」

「だって、わたし、台詞、恥ずかしくて」

「別に……俺だって、恥ずかしくないわけじゃないよ。ただまあ、ゲームだし。それに」


 不意に言葉が止まった。続く言葉を待って見上げると、角くんは目を伏せた。頬の赤さは、灯りの色が映ってるからだろうか。わたしの頬も赤く見えてるかもしれない。


「なんでもない。とにかく、ただのゲームだよ。カードを一枚引くか、一枚出すだけの」

「台詞、言わないと駄目?」

「それはまあ、ルールだし、そうしないとゲームが進まないし。台詞だって、カードに書いてあることを言ってるだけだし」

「それは、わかってるんだけど」

「とにかく、今は大須さんの番だよ」


 角くんは伏せていた視線をわたしに向けると、促すように首を傾けた。

 わたしはさっきの『一口飲む』で手札が五枚になってしまったから、もうこれ以上カードは引けない。出すしかない。つまり、できるのは『ささやく』だけ。

 さっきの角くんの台詞は『5』のカード。手札の中に出せるカードもある。わたしは溜息をついて覚悟を決める。

 それでも角くんの方を見ることはできなくて、口を開くときには目を伏せてしまった。


「『夜は長いわ』」


 言い終えて、これで角くんの番だと振り向いたら、角くんはしれっとした顔でグラスを持ち上げた。ドリンクを『一口飲む』。

 それでまたわたしの番だ。わたしも『一口飲む』ことを考えたけど、なんだか後手に回っている気がする。それに角くんはこれで手札が四枚だから、また『一口飲む』ことができてしまう。そうしたら結局、わたしが『ささやく』ことは変わらない。

 だったらと、もう一度『ささやく』。


「『素敵な夜にしましょう』」


 角くんが、ちょっとびっくりした顔でわたしを見る。小さく口を開いて、でも何かを言う前にためらうように口を閉じる。


「何?」

「ん、いや、その……今の大須さんのプレイ、俺に有利な行動だからね」

「どういうこと?」

「数が大きくなる方が、俺に有利だってわかってる?」

「あ」


 そうだ。『夜は長いわ』は『6』のカードで、『素敵な夜にしましょう』が『7』のカード。数を大きくしたらわたしは負けに近付いちゃう。そう思ってたし、わかってたつもりだったのに。

 それなら『一口飲む』方が良かった? 違う、それでも状況は変わらない。そうか、先に『7』を出してから『6』で数を小さくしたら良かったんだ。順番を考えないといけなかった。

 自分の失敗に気付いて自分の唇に指先で触れる。言ってしまった言葉は戻らない。


「それでも……手加減はしないからね」


 角くんはそう言ってから、小さく「よし」と呟いた。何の覚悟だろうと思って角くんを見上げる。目が合うと、角くんは頬を染めて目を伏せた。そのまま『ささやく』。


「『君は』……『私の宝物です』」

「な……に、その台詞」


 思わずそんなふうに言ってしまったのは、恥ずかしかったから。ゲームだとかルールだとかカードの台詞だとか言っていた角くんも、今回はさすがに恥ずかしかったらしい。耳が赤くなっているのが見えた。


「こういう台詞なんだよ。さっきの大須さんだってさ」

「だって、わたしのだって、こういう台詞なんだし。それに、ルールなんでしょ」

「そう、ルール。ルールだよ、これはゲームだから」


 わたしは落ち着きたくて、グラスを持ち上げると『一口飲む』。角くんも顔を伏せたままグラスを持ち上げて『一口飲む』。

 さっきの角くんのカードは『8』で、わたしが出せるカードは『7』か『9』以上。手札は『1』『9』『10』『12』の四枚だから、もう一回『一口飲む』でも良いのかもしれない。でも、角くんの手札も四枚だから状況はあまり変わらない気がする。それに、さっき『7』のカードを使ってしまったから、手札が一枚増えても今出せる一番小さい数は『9』で変わらない。

 だったら、と角くんの横顔を見上げたけど、やっぱり恥ずかしくなってしまった。結局わたしはカウンターテーブに置かれた角くんの手を見詰めて『9』の台詞を『ささやく』。


「あ……『あなたといると落ち着くの』」


 口に出しても、やっぱり恥ずかしい。声が震えてしまった。恐る恐る角くんを見上げる。角くんはさっと視線を逸らして──また『一口飲む』。そのグラスを持つ手が少し震えていることに気付く。

 ずいぶんと余裕がありそうに見えた角くんも、もしかしたらそれなりに動揺しているのかもしれない。そう気付いたら、ちょっと安心できた。

 それでも、台詞を言うのが恥ずかしいのは変わらないけど。


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