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私と後輩は付き合っていない

 ☆


 後輩、つまり、現在生徒会で庶務を務めてくれている三嶋朋人と私が出会ったのは、彼がウチの高校に入学してから少し経った時のことだった。


 新生徒会が発足した当初、メンバーは小学校からの友人である香織と、それから家族ぐるみの付き合いで産まれたときからの腐れ縁である敦の三人だけ。


 先代の生徒会はその倍の六人で仕事を回して適正だったから、単純に一人頭で倍の仕事をする必要があった。


 さすがにそれは大変だと、すぐに生徒会顧問に相談して人員の確保をお願いしたが、予想通り、なり手がいない。こちらでピックアップして戦力になりそうな生徒を誘ってはみたものの、無視されたり、やんわり断られたりと全滅だった。


 そんなときに、とある一年生クラスの教諭から紹介された二人のうちの一人が、三嶋朋人だったわけである。


『……三嶋です。どうも』


 目が隠れるほどに伸びたボサボサとした前髪。猫背で覇気のないの姿。


 聞き取るのも困難なほどぼそぼそと自信なさげに喋る後輩を見て、無理矢理頼まれて断りきれなかったであろうことは明らかだった。


 教諭に少し話を聞くと、新しいクラスに馴染めずに孤立してしまったという。生徒会のほうで仲良くしてやってくれないか、と頼まれてしまった。


 私たちは新たな友人でなく、戦力を求めていたのだが――顧問に対して不満はあったが、しかし、背に腹は代えられない。教えながらやっていくことを決め、私たちは後輩を迎え入れた。


 そして、ある日のこと。


『ねえ、美緒。どう思う?』


 一年生二人を帰して三人だけになった後、香織が口を開く。


『どうって、なにが?』


『わかってるでしょ。三嶋君のこと』


 新たに加入した二人はどちらも性格に難ありと話は聞いていたが、一人はサボり癖がひどいことを除けば要領も頭もよく、すでに教えたことは一人で出来るようになっていた。


 問題なのは後輩のほうだった。基本的に物覚えが悪く、何度教えても間違えることがしばしばあった。わからないことは訊くように言っていたが、聞いてもこない。


『客観的に言ってしまえば、四人でやったほうが捗る……かな』


『……だよね。大和君はどう思う?』


『僕としては、頑張って欲しいと思ってはいるけど……』


 善意で手伝ってもらっている立場で申し訳ないが、三人とも同意見だった。


『まあ、元々本人も嫌々やってるんだろうし……私のほうからちょっと話してみて――』


 ――バサッ。


『ん?』


 ふと、扉の向こうで何かが落とされたような音が私の耳に飛び込んできた。


『どうしたの、美緒』


『ああ、外から紙束か本かなにかが落ちたような物音が聞こえて――』


 それが何であるか気づいた瞬間、私の首筋にぞわりとしたものが走る。


 弾かれたように動いた私は扉を開けて、向こう側で私たちの話を聞いていたであろう後輩の手を取った。


『後輩君、その』


『あの……途中で帰るのもなんか悪い気がして、こっそり資料を持ち帰ってて……終わったので、一応チェックしてもらおうって……すいません』


『っ……』


 俯き、申し訳なくか細く呟いた後輩の姿を見て、私は先ほど口走ったすべてを後悔した。胃のあたりを、罪悪感という名の、重い鉛のような何かがずしんとのしかかる。


 きっかけは嫌々だったかもしれないが、彼は彼なりに私たちに向き合ってくれていたのだ。わからないことをそのままにしていたのは、仕事に追われている私たちに迷惑をかけたくなくて、言い出せなかったからだ。


 私はこれまでの自分の行動をすぐに省みる。


 あの子は使える。この子はちょっと難しいかも――。


 仕事ぶりを評価すると言えば聞こえはいいかもしれないが、後輩を委縮させていたのは、それが原因だったのではないか。


 いつから、どこから聞かれていた? もしかしたら、全部知られているかもしれない。そんなこと、訊けるはずもない。


 私たちのせいだ。彼のいないところで、陰口のようなことを叩いていた三人の、いや、途中で気づいて二人をたしなめることが出来なかった自分の。


『後輩君……いえ、三嶋朋人さん』


 私はすぐさま膝をつき、額を床に擦り付けた。


『お願いです。まだ生徒会に居てください。私たちを助けてください。私たちには、あなたが必要なんです』


『え……!? え、えっと、あの……』


 咄嗟にとった衝動的な行動だが、それが私の本心だった。後輩は驚いているようだったが、関係なかった。ここでこれが出来なければ人としてダメだと思った。


『……私たちからも、』


『お願いします』


 気づくと、香織と敦も同じ体勢になっている。


『お前たちまでやらなくてもいいと思うが……』


『ううん、やらせて。発端は私だし。……それに、そうじゃないと私、一生自分のことが許せなくなる』


『だね。せっかく頑張ってくれていた三嶋君に謝るには、これしかないと思う』


 そうして、私たち三人は後輩に頭を下げた。


『あの、先輩方。わざわざそこまでしなくていいですから。とにかく顔を上げてください。悪いのは、元は全部俺のせいなんですから』


 後輩は慌てて私たちに駆け寄って体を起こす。罵倒の一つや二つ浴びせてもバチなんか当たらない状況でも、私たちのことを気遣ってくれる。


 二人とも大事な仲間だが、私たちが本当に離してはいけないのは、こちらのほうだ。今、仕事が出来るか出来ないかは関係ない。


『その……いつも迷惑ばかりですけど……こんな俺で良ければ、こちらこそよろしくお願いします』


 そう言って、彼は快く私たちの謝罪を受け入れてくれ、そして、その日を境に、私と後輩の関係性が決まったのである。


 それからというもの、私はとにかく後輩のことを甘やかしまくった。自分の仕事などそっちのけで付きっ切りで教え、生徒会活動外でも、できるだけ後輩が寂しい思いをしないよう、ことあるごとに行動を共にしていた。


 そこから後輩は、見違えるように内面も外面も変化していく。少しでも私たちの役に立ちたいと生活態度を見直し、学業面も大きく改善させ、そして生徒会の仕事も、会長だけでなく、会計や書記の仕事もサポートできるまでになっていったのだ。


 私の言葉に耳を傾けて、スポンジのようにすべてを吸収して成長していく後輩はとてもかわいかった。時折、そんな私と後輩のことを『ご主人様と犬』と評する輩もいたが、全く気にならなかった。


 私は末っ子で、兄たちは皆すでにいい大人だから、歳の近い弟が出来たようで、とても嬉しかった。


 告白されるのも時間の問題だった。


 そして、私は振った。


 理由はわからない。ただ、告白されて、うれしくて舞い上がって、しかし、気づいたときには私は後輩のことを振っていた。


 その時の記憶は私も定かではない。


 しかし、これまで過ごしてきた学生生活の中で、もっとも後悔する事柄の一つであることだけは、はっきりとしている。


 だから、私と後輩は付き合っていない。

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