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私の友人と後輩は付き合っていないらしい

「……行ったか」


 後輩である三嶋朋人の背中をその場で見送って、私は小さく呟いた。

 

 三嶋の住むマンション内の敷地に設置された外灯に一人照らされる私と、そこから離れていく後輩。彼が追いかけていったのは、私の友人でもある神楽坂だ。


 なぜだろう。少しだけ寂しい思いがして、胸の上のほうがつん、と痛んだ。


「まるで一人舞台に残されたヒロイン……いやいや」


 そう言いかけて、私は苦笑した。


 何を勘違いしていると言うのだろう。私はこの場においては、ただの傍観者でしかない。


 三嶋から見ても、神楽坂から見ても、私はただの先輩だったり、友人のポジションでしかない。ただ見送って、遠くから二人のことを見守ることしかできないチョイ役のような……。


「いや、だからっ、何を考えてるんだよ私は……」


 首を振る。やはり、今日の私はどこかおかしい。


 原因は、わかっている。


 今はもう落ち着いたが、私のことを師匠と慕ってくれる泣き虫の後輩のことだ。


 出会った当初、コイツはなんて情けない子なのだろうと思った。女の私の前でもメソメソと泣いて、気づけばいつだって暗い顔をして俯いている。


 生徒会でも、五人の中で一番浮いていたと思う。辞めるのは時間の問題だと思っていた。


 だが、私は彼のことを大きく見誤っていた。そして、彼のことを見直し、きちんと向き合って接していくうち――


「……ん?」


 ふと、スカートのポケットが震える。


 携帯電話のディスプレイに表示されたのは、母の名前だった。どうやら心配で電話をかけてきてくれたらしい。


「もしもし、母さん? ……ああ、うん、大丈夫。終わったから、今帰ってるとこ……んなっ!? 何を言ってんの! そんなことあるわけないでしょう!? ね、寝間着もいりませんっ! しょ、しょうぶ……もう、バカ! 切るからね!」


 電話口で残念そうな声を上げる母を無視して、私は強制的に電話を切った。


 まったく、この人は嫁入り前の娘のことをなんだと思っているのだろう。後輩の男の子のところにちょっとお邪魔するだけなのに、勝手に舞い上がって。


 確かに、私があまりにも真面目過ぎたせいで、そういう浮ついた話なんて一切なかったから、物珍しく思う気持ちはわかるが。


「――あ、あの~、」


「うひゃいっ!?」


 突然声をかけられて、私は自分でもびっくりするぐらい飛び上がった。


 恐る恐る振り向くと、そこには、後輩によく似た瞳をした女の子が立っていた。


「き、君は……梓さん」


「はい、三嶋梓です。えっと……なんかすいません」


「っ……!」


 どうやら一部始終を見られていたらしい。全部聞かれていたらどうしよう。訊けるわけがないし、恥ずかしいし。


 顔から炎が噴き出しそうなぐらい熱い。


「あの筆記具一式忘れてたみたいだったので。これ、正宗さんのですよね?」


「ん? あっ」


 鞄の中を探して、初めてないことに気づいた。


 普段はこんなこと絶対にしないのに……やはり今日の私は、夕方からずっと調子がおかしい。


「こんなの、橋村にでもお願いすればよかったのに……あの子はどうした?」


「葵さんには先にカレーを食べてもらってます。まあ、一応はお客さまなので」


「アイツは……明日説教だな。なにはともあれ、ありがとう」


「いえ、どういたしまして」


 私は後輩の妹さんから忘れ物を受け取る。


 橋村や神楽坂はどう思っているか知らないが、やっぱりこの子は彼の妹だな、ということがわかる。

 

 なんというか、犬っぽい。


 出会った当初は壁をつくるものの、そこを乗り越えれば一気になついてくれるタイプの。


「梓さん、その、お願いがあるんだけど」


「大丈夫です、誰にも言いません。……もちろん、お兄ちゃんにも」


「……やっぱり、見てたんだね」


「ははは……でも、私はそういう正宗さんもすごくいいと思います。ギャップがあって。後、そういうの、お兄ちゃんも好きですし」


「朋人くんも……」

 

 であれば、もっと素の私を見せたほうが……いや、ダメだ。そんなことしたらきっと幻滅されてしまう。


 表向きは他人に厳しく、自分にはもっと厳しい風紀委員長。そんな自分を彼は尊敬してくれているはずだ。


 それがこんな……後輩の家にちょっとお邪魔するだけで緊張するようなポンコツをさらけ出す女だなんて、思われたくない。


「それじゃあ、葵さんが待ってるので、私はこれで失礼します」


「う、うん。それじゃあ、また」


「はい。……あ、そうだ正宗さん」


 何か言いそびれたのか、妹さんがこちらを振り向いた。


「お兄ちゃん、今は誰とも付き合ってないそうですし、気になる人、いるみたいですよ!」


「だ、誰も朋人くんのことなんて聞いて……」


「それじゃあまた! 冬になったら、受験のこと色々教えてくださいね!」


 そうして、妹さんは建物内の陰の中へと、姿を消した。


 そして光の中に取り残されたのは、やはり私一人。


「……付き合っていないし、好きな人がいることぐらい私も知っているよ」


 彼のことはいつだって見ているから、そんなのすぐにわかる。というかバレバレだ。本人たちは付き合っていないらしいが。


「……でも、」


 もし、彼らの言っていることが本当に本当で、そして彼の気になる人が、私の思っている人と違う人なのだとしたら。


「私もまだ舞台に立てる可能性、あるのかな……って、いやいや」


 そう独り言ちたところで、私はまた苦笑する。


 やっぱり、今日の私は変だ。こんな私にしたのはいったい誰だろう。

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