組合と波乱
迷宮の近くの建物。
大きなビルの中から魔力が漏れ出す。あのDランクの塔型の迷宮と同じくらいの魔力を感じる。
「《日本探索者組合第三支部》か」
いったい何支部まであるのかは不明だが、日本がこういったお巫山戯でここまで大きなものを作るとは思えない。
フェイクニュースの線はないと考えると、ここが迷宮の為のものなのだろう。
「ラテフ、一度戻れ」
「承知しました」
するとラテフは光の粒子となってアキタケの胸に入った。
霊晶核が魂と融合しているので、そういう扱いなのだろう。
「さて、入るか」
見たところあちらの世界似合った冒険者ギルドとは違い、会社という雰囲気が強い。半分飲み屋になっていたあそことは違って、アルコールの匂いもしない。
周りを見渡すと窓口によって受け持つ役割が違うようだ。
買取、販売、パーティー探し、オークションへの持ち込みなど、色々も別れているのがみてとれる。
その数ある部署の中で一番最初に行かなければならないところへ足を運んだ。
「探索者の登録に来た」
受付嬢が少し嫌な顔をしたが気にするほどのことではない。
「身分証明書の提示をお願いします」
「……すまないが持ち合わせていない。無ければ作れないのか?」
帰ってきたばかりで身分証明書など持ち合わせていない。
確かこちらの世界では中学三年の時に家から勘当されたので、年齢は19か20。
古来から陰陽師の名家の一人として育てられてきたが、あまりの不出来さに退魔師の高校の受験に失敗したのが最大の要因である。
故に5年経ったこの日本で、アキタケの存在など誰も気にしていない。
「……そういう訳ではありませんが。危険を伴う職業なので」
「問題ない。ならば偽名でも登録できるのか?」
「できるには出来ますが、入金する口座でバレますよ」
「手渡しでは駄目なのか?」
「問題はありませんが。オススメはしません。大金を持っていたら何処から取られるか分かったものじゃないですから」
「なら問題ない。……そうだな、名前は【ジョン・ドゥ】にしておいてくれ」
勘当されてから5年。ある意味今の状況はそれに繋がるのではないだろうか。
「は、はぁ……名前の変更はできないので」
「問題ない」
もう受付嬢はネタなのではないかと思えてくる。
「次に年齢をお願いします」
「20歳」
受付嬢の横にある時計に暦がかいてあったので質問の手間が省けた。
「登録完了しました、探索者説明は必要ですか?」
「いや、説明書が貰えればいい」
「……畏まりました」
受付嬢が少し嬉しそうだったのは指摘しないでおこう。
あからさまに登録の時に嫌な顔をしていたし、どうやら仕事が好きな方ではないみたいだ。
やりたいことはあと一つだけだ。
それは金を作ること。無一文では生活ができない。
迷宮主としてガチャを引いてハズレが幾つも存在する。
魔物は使い道があるのだが、万物に関しては本当に必要のないものまで出てきてしまう。
その中でハズレとは言わずともあまり余っているものを売ろうと思う。
ポーションだ。
所謂回復薬というやつで、あっても損は無いがポーションを使う自体にここ二百年遭遇していない。
在庫もそろそろ百万の大台に乗りそうだ。
「すまない、買取をして欲しいのだが……この三本を頼む」
今度の受付嬢は仕事ができそうな人だ。
そこに関してはよかったが、低額で買い取られそうで心配だ。今のところダンジョン税なるものがある事しか理解できていないので、相場というものが分かっていない。
「……申し訳ありませんが買取はできません」
「……む? 何故だ?」
値段以前の問題になってしまった。
買取が不可? そんなはずは無い、いくら初級のポーションだとはいえ1000円くらいにはなると思っていたのだが。
「我々組合社員は【鑑定】スキルが必須なのはご存知かと思いますが、鑑定を使ったところ文字化けをしてしまって概要を知ることができませんでした。恐らくダンジョン内で見つけたのでしょうが、鑑定が使えない以上薬品系アイテムの買取はできないのです。ご了承ください」
どちらかと言えばこの受付嬢は疑っている。
本当にその規則があるか分からないが、訳の分からないものを混ぜて言い値で買わせようとしていると思われているような気がする。
加えてこの嘲笑である。こんな愚か者は久しぶりだ。
「そうか、残念だ……なら」
迷宮内にある最底辺ランクの剣を五本取り出し、カウンターへと突き立てた。
「剣を五本売ろう、なに鑑定が使えなくても切れ味くらい分かるだろ?」
「……組合を敵に回すと痛い目にあいますよ」
「面白いな、是非とも……と言いたいところだが後悔しない選択をすればいい、俺は何もしないからな」
「……五本で2万3000円です」
本当に最低額で買われたのが分かる。
もう少し媚び諂えば4万くらいにはなった気がするが、この受付嬢にはそんなもの死んでもしたくない。
「時に受付嬢、一つ面白い商談をしよう」
カウンターに一本の瓶を取り出す。
「これはエリクサーと言われているものでね、君が額を地面に擦りつけて謝り、その剣の査定を最大額まで上げればコレをあげよう。制限時間は5秒……どうだ? のるか??」
「……さっさと帰れ、糞野郎」
どうやら受付嬢に嫌われたようだ。
だが俺も嫌いなので、ある意味相思相愛だな。
こんな性格の悪そうなやつとは御免だが。
……自分のことを棚に上げすぎたな。
「そうか、ならこの瓶をオークションの所へ持って行っておいてくれ。ああ、好きにしていいぞ、壊するも、密売するも売らせないようにするも。恐らくどう足掻いても無理だからな」
「スマートフォンは高いな、カメラ機能があれば今日はなんでもいいのだが……」
ある計画というかこれから起こるであろう出来事のために、映像として残るカメラが必要なのだが、2万3000円では心許ない。
「おーい、お前だよな組合の受付嬢に喧嘩売ったのは?」
わんさかと三人組が現れた。
組合から出て少ししか経っていないのに、随分と早いことだ。
「君達は……と聞くのは野暮だな、早速で悪いんだがスマホを貸してくれないか? 映像が撮りたくてね、なんなら君達が撮っててもいいんだよ、蹂躙ショーとしてあの受付嬢と一緒に観ればいいんだから」
「は? お前何言ってんだよ?」
「支配……携帯を渡せ」
対象は一人だけ。
覚醒魔力の支配を使って人間の機能ごと支配して配下に置いた。
虚ろな目でこちらに歩み寄り、携帯を渡してくる。
よく見ればスマートフォンだったので、カメラ機能は問題なさそうだ。
「ビデオ、これだな。む? これで撮れているのか??」
余りの異常性に残りの二人は理解が追いつかない。
当たり前だ、これでも組合からB級の称号を貰い探索者と成功しつつある猛者なのにも関わらず、催眠系のスキルを使われているからだ。
催眠系のスキルは元々珍しいが、無効になるアイテムを使っているので掛かるはずがないのだが、目の前で掛かっている。
「どうした? 撮影は始まっているぞ? 早く来ないと長くなってしまうからな、早くしてくれ」
「ふ、ふざけ──ッッッ!!!!!」
余りにも遅かったのでアキタケは支配を使って、足の関節を全て逆方向へと折り曲げた。
「悪いなちょっとした見世物だよ。両足複雑骨折、これは……いや、どうせなら斬るか」
迷宮から切れ味のそこそこいい剣を取り出し、複雑骨折をしている相手の両足を切断する。
逃げようとする最後の一人には、持っている剣を投擲して胸に刺さり柄の部分で止まった。
惨殺。
その動画に記されたのはあまりに脆い。
転がっている二人に対してカメラをアップする。
血溜まりや流血、胸に刺さった剣など常識ではありえない光景。
その光景を動画に残すのには意味があった。
取り出すのは瓶。
オークション用にと組合だした瓶と全く同じもの。つまりエリクサーだ。
エリクサーは数万本近く有るので出し惜しみする必要は無い。
それにこれから入る大金のためなら端金のようなものだ。
まずは死にそうになっている方から処置する。
胸に剣が刺さって今にも死にそうに痙攣している方だ。
剣を引き抜いて瓶の中身をかける。
すると男性は瀕死の重傷から、健康的な顔色にまで復活して起き上がった。
「俺は───、え? ──え!?」
今起こす為にかけたがもう用済みなので、支配を使って携帯を渡させた人物と同じように虚ろな目にして直立不動にして動かないようにする。
「…………」
これで瀕死の重傷から起き上がることを証明することが出来た。
次に喚く元気すら失ってショックのあまりに気絶してしまった足切りくん。
それも同じようにエリクサーをかける。
そうすると切った足がくっつくのではなく、新しい足が生えてきた。にょきにょきと気持ち悪いが、全てが元通り。
切れた跡すら残らない。
同じように起き上がって喚こうとするので、三人揃って24時間意識が戻らないように脳に支配をかけた。
「この瓶を組合のオークションにかけた、期限は三日。信じか信じないかは任せる。では、健闘を」
そして最後に作ったばかりの探索者証をカメラに写して動画を終了した。
組合の販売の場所でエリクサーがなかったことは既に知っているし、売られていたポーションも初級か未完成品ばかりアキタケの思う通りに、組合のオークションは大荒れすることになるだろう。
動画投稿サイトにアップされたこの動画によって。
あちらの世界とこちらの世界では強さの基準が違うのでB級は間違いではありません。