最終話 やっぱり勇者には勝てなかったよ
タイトルでネタバレしていくスタイル。
二回に分けるか悩みましたが、ラストなので少し長めにしてまとめました。
勇者コロンの冒険譚、最初の外泊はラミスの家だった。宿屋でも野宿でも無い、ただ友達の家に遊びに行く。きっとコロンの冒険はこれが最初で最後になるだろう。
町から出てすらいないのに明日が最終決戦だと言われたコロンは気分だけでも…という想いから実家以外の場所で泊まりたかったのだ。
しかし同じ町の中である以上迎えた朝の景色に大差は無かった。大きな違いと言えば…家主が母親では無くラミスだという事くらいだろう。
「コロンちゃんの作戦…んー、作戦ですら無いけどぉ、上手くいくと思うよぉ」
コロンが目を覚ました30分後くらいだろうか、緊張感の無い寝惚け眼のラミスがコロンに声をかける。
「あ、ラミスちゃんおはよう。私は正直緊張してるかな。朝早くに目が覚めちゃったよ」
「んふふ、大丈夫だよぉ。…ふわぁ~、私はまだちょっと眠いかもぉ」
「あはは、ならもう少し寝とく?」
「うん、そうしようかなぁ…」
そんな二人の微睡みを壊したのはけたたましいまでのドアのノック音だった。
こんな朝早くにいったい誰が?そう思ったコロンが窓から玄関の方を覗き込むと、そこに居たのは魔王カランその人だった。
「おい!ラミス!…と、コロン。もう昼近いぞ!何してるんだ!」
コロンとラミスは目を合わせた後、二人同時に時計を確認する。時間は11時を回った所だった。起こす人が居ない、それは時にこんな悲劇を招く。
コロンはラミスに身支度するように言った後、玄関越しにカランに話しかけた。
「大丈夫です。起きてますよ。ええ、起きてましたとも。でも今日は大事な日でしょ?女の子の身支度は時間がかかるんですよ。歴史に名を刻む一戦ですから、ほら、髪型とか…ね。色々やってるんですよ。あと30分待ってください」
「お、おお…そういう物なのか?ならば仕方あるまい」
「……ちょろ過ぎて心配になりますね」
「ん?何か言ったか?」
「い、いえ何も!私ももうちょっと支度して来ますね」
そうして寝癖を直し、装備を着込み、実質30分で身支度を済ませたコロンとラミスは何食わぬ顔でカランと合流した。
「ん?身支度に時間をかけた割には普段通りだな」
「え?そうですか?ほら、可愛くないです?ほら、ほらほら」
コロンがそう言いながらカランに詰め寄ると、カランは頬を紅くして目を背けてしまった。カランの初々しい反応が楽しくてコロンは更にカランに顔を近付ける。
「ほーら、良く見てくださいよ」
「分かった!分かったから!かわい…って、あーもう!敵はいつ来てもおかしく無いんだぞ!もっと緊張しろ!」
「えへへ、わかりました。ほんとちょろいですね」
「おい、今度は聞こえたぞ」
「え?…えへへ、聞かなかった事にしてください」
カランが反論しようと口を開く。…が、しかしその声よりも先に第三者の声が二人を制した。それは女性の声でありながら重く、怒気をはらんでいた。
「おいおい、これぁどういう事だ?なぁ、魔王様よぉ。何で魔王と勇者がイチャイチャしてんだぁあ。既にそういう仲だったって事か?ああ?」
声の主は奇襲なんて考えてもいないのだろう。堂々と正面から現れた猫の獣人、狩猟姫ユーキ。恐ろしいのは堂々と現れたにも関わらず気配を感じなかった事に他ならない。
しなやかな身体を活かして敵を翻弄し、静かに素早く移動出来る足を持ち、強靭で伸びのある筋肉を活かして的確に獲物を仕留める生粋の狩人。
猫の獣人だと侮る事は出来ない、人間サイズである以上それは猛獣だ。
事実ユーキに勝てる者はこの世界に一人として存在しなかった。そこには魔王カランですら含まれる。歴代最弱と言われた魔王カランと、歴代最強の四天王とうたわれた狩猟姫ユーキ。その差は魔王と四天王の立場さえも覆す。
…しかしその実力と性格の荒々しさとは裏腹に見た目の可愛さは猫科のそれであり、体躯も決して大きいとは言い難い。
「わぁ、私猫の獣人て初めて見ましたー。カランさんのお知り合いですか?」
コロンは不用意に近付こうとした。…が、その足はすぐに止まり、慌てて後方へと飛び退く。そうしないと死ぬ、明確な殺意を感じ取ったのはコロンの人生において初めての出来事だと言えた。
…が、足りない。危機感が、スピードが、跳躍力が、全てが足りない。
狩猟姫は音も無く地面を蹴り、気が付いたら目の前に居て、音も無く爪を振るう。
見えている場所に居ながらにしてその攻撃が全て奇襲となり、獲物はただ狩られるのみ。ゆえに狩猟姫の二つ名を持つ存在、それがユーキなのだ。
しかしそれでもユーキの爪はコロンには届かなかった。足りなかった回避距離を伸ばしたのは魔王カランだ。カランはコロンを掴み更に後方へと引っ張っていた。
「コロン!あいつが狩猟姫だ!構えろ!」
「ふあぁぁ……こわかったぁ」
距離を取り直して構えるカランとコロンを見てユーキは割りと上機嫌だった。
「へぇ~…良いねぇ、あたしの殺気を察知出来るなんてなぁ、流石は勇者といったところか、いたぶりがいがありそうだぁ」
コロンからしたら冗談では無いだろう、カランが居なければ今の一撃で死んでいた。いくらなんでもレベル差があり過ぎる、一撃喰らえば即死は免れない。
しかしコロンは静かに微笑んだ。自分の作戦が上手く行くという確信を得た。
「ああ?何笑ってんだあ?可愛い顔してバトルジャンキーかあ?」
「いいえ?怖くて仕方ないですよ?あとあなたの顔も凄く可愛いです。私達が勝ったら後で耳触らしてください」
「くははは、勝つ気でいやがるのか。良いぜぇ、好きなだけ触れよ、勝てれば…な」
再び襲いくる無音の即死攻撃がコロンに迫る。それを咄嗟に避けようとはするもののやはり実力の差は埋まるはずも無く、ユーキの爪はコロンの喉元を捉えていた。
…が、またもやその攻撃はコロンに届かない。
コロンが偶然にも石に躓き転んでいたのだ。そのおかげでユーキの爪は空を裂くだけにとどまった。
もちろん追撃すればユーキの勝ちは確定する。…が、ユーキは深追いせずに跳び退き距離をとった。
それもそのはずだろう、さっきまでユーキが居た場所の地面には多数の矢が刺さっていた。真っ黒で、炎の様に揺らめく矢、明らかに魔法による物だ。
「ちっ、やはり当たらぬか。作戦上広範囲魔法が使えぬのが痛いな」
漆黒の矢を放ったのは魔王カラン、カランは種族的には魔法使いに属する為本来の立ち位置は後衛なのだ。そこで前衛を買って出たのがコロンになる。
しかしはたして初期ステータスのままの勇者にそんな大役が勤まるのか?
……実は務まるのである。弱いからこそ、ユーキとの差があり過ぎるからこそ、前衛として成り立つのである。
ユーキの攻撃は一撃でコロンを殺すだろう。その一撃一撃が必殺となる。当たれば必ず殺せる。だが、だからこそ一撃も当たらない。
勇者の加護の一つを思い出してみてほしい。そう『魔王を討ち取るまでは何故か生き残る』。これこそが魔王が勇者に勝てない最大のポイントだ。
つまり、一撃でも当たれば死ぬ、という事は一撃も当たらないという事になる。
このからくりに気付けばユーキに勝ち目はあるだろう。だが一撃で余裕で殺せるはずの相手が殺せそうなのに殺せない、このジレンマがユーキの冷静さを奪う事になる。
綱渡りな作戦であるにも関わらずコロンはグイグイ前に出る。
「てやあぁああああ!」
そして驚く事に武器となる物を持っていない。
手に馴染んだ武器はクズ鉄の剣しか無いのだ、重いだけのゴミは持っていても仕方ないし、魔王が持っている財宝の武器だって扱いきれなければ達人相手には意味が無い。
つまり武器は必要無いのだ。なんなら防具すらいらない。ただ前に出るだけで良い。
「舐めるなよ雑魚があ!」
ユーキの目には勇者が舐めプかましてるようにしか見えていない。ユーキは強い、負けた事が無い、猛者揃いの魔王軍においても恐れられる存在だ。
だからこそ……煽り耐性がガバガバだった。
ユーキが完全にキレた時点でコロンの勝利は確定したようなものだった。ラミスは帰り支度を始め、戦いが終わるのを気だるげに眺めている。
「…今度はアクセサリーとか、欲しいかもぉ」
ラミスの鞄には大量の金貨が入っている。アカツキ亭での支払いを立て替えたラミスはカランの宝石を横領していたのだ。
もう戦いなんて見ていない、金貨の枚数を楽しげに数えている。
日が傾き、地面に寝転んだユーキとコロンが「おまえ、やるじゃねぇか」「おまえもな」的なムーブをかもしてる中、ラミスの姿は既に町中へと消えていた。
………… ……… …… …
……… …… …
…… …
「そういえば、カランさんはどうしてあんな場所に魔王城なんて建てたんですか?」
「む……言っただろう。勇者と敵対せぬように…だ。勇者が強くならないように監視し…普通の女の子として…普通に幸せに寿命で死んでもらえば我の勝ちだろう」
「幸せ…に?」
「うむ、現状に満足しておれば力は覚醒せぬだろう?幸せになって貰うのは絶対条件だ」
「あー…それはちょっと難しいかもしれませんよ?」
「なんだと?勇者コロンよ、お前の幸せとは何だ?」
「そうですねぇ。素敵な男性と結婚して、可愛い子供を産んで、夫婦で仲良く子育てして、子供が幸せに暮らせる世界を眺めながら死ねたら幸せです」
「何だ、普通の女の子らしい願いではないか。何がそんなに難しいのだ?」
「んふふー、私の狙ってる男性がですね?…魔族の王様だったり…するからですよ」
「ほほー…魔族…の………んん!?」
「私の幸せは絶対条件なんですよね?幸せにしてくださいね?」
「んな!?ちょっ!ふざけるなよ!?」
「あれれー?顔が紅いのは怒ってるからですかー?それとも…照れてますー?」
「くっ!…やっぱり勇者には勝てないのかぁ!!」
◾ ◆ ■ ◆ ◾
勇者コロンの死後、魔王カランは寿命の差で勝利し、世界を魔族の物に…と、なるはずだったカランの計画はカランとコロンの間に産まれた子供たちによって壊されてしまった。
人間と魔族のハーフが幸せに暮らせる世界を作る。それはコロンの寿命の長さだけで叶うものでは無い。
コロンの死後もカランは世界を変える為に生き、その想いを子供達に託す為にカランもまた自分の寿命を消費した。
「…ああ、そろそろ…我もコロンの元に行く時が…来たようだな。…ふふ、やっぱり勇者には…勝てないんだなぁ」
「親父…母さんの尻に敷かれてたもんな。あの世で再開出来たらよぉ、安心してまた負けてこいよ。この世界は俺たちに任せな」
「はは…ははははは……1回くらいは…勝ちたかったなぁ」
「親父…幸せそうな顔で言う台詞じゃねぇだろ………親父?…ああ…お疲れ様…」
これでこの物語は終わりとなります。
ここまで読んでくださった優しい皆様に感謝でございます。
私にしては珍しく優しい世界が書けたかな、と思います(笑)