第3話 魔王、絶望する
今回は魔王のターンです。
激甘パンケーキに苦戦しながらも楽しそうな女の子、勇者コロンの隣で我は何ともいえないもどかしい想いを抱えていた。
この気持ちは…いったい何だというのだ。
「ラミス…早くミッツウを起こすのだ」
我はまとまらない思考の中、ようやく今やるべき事を理解した。
勇者が隣に居るとソワソワして落ち着かない。魔王たる我が緊張している。…つまり、勇者の能力は精神攻撃で間違い無いはずだ!
「カラン様ぁ?師匠なんて起こしてぇ…どうするのぉ?」
「我は…精神攻撃を受けている。早くここから逃げなければ不味い」
「く、くふふ…そうきましたかぁ…」
「な、なんだ?その小馬鹿にした様な笑い方は」
「いぃえぇ…なんでも無ぁいけどぉー」
次の瞬間我は自分の目を疑った。おそらくこの魔女こそが真の魔王なのでは…なんて、そんな畏怖さえ抱いた。
「師匠ぉー…朝ぁでぇすよぉー…」
こともあろうに魔女ラミスは魔導師ミッツウの口に唐辛子を詰め込み始めたのだ。
元々唐辛子に身悶えて轟沈していたミッツウの口に更なる唐辛子を詰め込むラミス。…魔女とはかくも恐ろしい、魔女狩りもやむ無しと思わせる光景に目を覆いたくなる。
「一本…二本…三本…四本…五」
「ふがあぁぁあああ!!ひぃゃああ!」
「わぁい…起きたぁ…」
「みず!みずううぅぅうう!!ああああああああああ!!」
「師匠ぉ…水ならぁ…ここにぃ……あ、あー、師匠ぉ?」
ミッツウは錯乱して店を飛び出す、可哀想だが…これはチャンスだ。
「ミッツウ!大丈夫かー!」
配下であるミッツウを心配する体で我も店を飛び出す。
ふははは、支払いは任せたぞラミス!これくらいの仕返しはさせてもらう!
はず…だったのだが…我の耳に聞こえてきたラミスの一言がそれを許してくれなかった。
「ねぇ…女にお金を出させる男ってぇ…どぉ思いますぅ?」
はぁ!?ちょっ、何で勇者にそんな事聞くのだ!?いや!いやいや!構わないけど!?別に勇者なんかにどう思われようと構わないけど!?
…構わない…けど…。
「…おっといけない。我とした事がお金を支払っていなかったな」
うん、勇者にどう思われても構わないけど、ほら、魔王としてね、うん。やっぱ部下に対しての威厳とかさぁ、必要じゃん?
店内に戻ってきた我は持っていた宝石を一つテーブルの上に置いた。
それは真っ赤な宝石、確かルビーと言ったか、この手の財宝はたくさんあれど使い道が無く宝箱に閉まっていたのだ。
人里に赴くのなら使う事もあるだろうと思い持ってきていたものだったりする。
「すまんが先程の料理がどれだけするのか、人間の…いや、この国の通貨も良く分からないのでな。しかしこの宝石一つで十分な価値はあるはずだ。釣りはいらん」
よし!今度こそこの場を去れるはずだ。
「え!?これ凄く高価なものじゃ!?店長のアカツキさん呼ばないと…」
「いや!構わぬ!さらばだ!」
そう言い捨てるとようやく店から逃げ出す事に成功した。
さてと…一応ミッツウの奴でも探してやるとするかな。
町を散策しているとミッツウは割とすぐに見つけることが出来た。
というか、めっちゃ注目を集めていたからすぐに分かった。
広場の噴水に打たれるようにして水を飲んでいた。
あー、そりゃあな?魔族だし?あいつなら多少汚い水でも飲めるだろうよ。でもなぁ、いくらなんでもそれはちょっとなぁ。あいつこんなにバカだったかなぁ。
「おいミッツウ、魔族だとバレるぞ。もうやめろ、今なら変なおっさん程度で済む」
「…はっ!カラン様!わ…私は何故こんな事を…くぅっ、あまりの辛さに我を失っていたようです!一生の不覚!」
「一生の不覚が弟子の仕業とか…おまえ本当にもうラミス見限れよ」
「魔力量だけは…私以上の逸材でして…でも、そうですね、検討します」
「あぁ、お師匠ぉ…こんな所にいたぁ…って、あれぇ?どうしてびしょ濡れなのぉ?」
遅れてやって来たラミスはいつも通りの気の抜けた様子で平常運転だ。この惨状が自分のせいだとは思っていないのだろう。
我はミッツウと視線を合わせた後、深く溜息をついた。
「とりあえずぅ…うち寄ってからぁ帰りません?そんなに濡れてたらぁ…皆驚くしぃ」
「そうだな…そうさせてもらおう…」
その後ラミスの家に寄り、風呂から出てきたミッツウが真剣な顔で我の元へ近付いてきた。さっきまで錯乱してた奴とは思えない程にシリアスフェイスだ。
「どうしたミッツウ、ラミスを見限る決意でもしたのか?」
「……………いえ、その事ではありません」
「沈黙長かったなおい、少し考えたろ」
「…少しだけ。…では無く!勇者の事です!」
「ふお!?ゆ、勇者ぁ!?あ、あんな小娘がど、どどどうしたと言ふ…言うのだ!?」
「狼狽え過ぎですカラン様。…勇者の能力についてです」
「なんだその事か、精神攻撃だろ?分かっておるわ」
「おお、流石魔王カラン様、そこまで気付いておいででしたか。…しかし、あれを攻撃と言って良いものか…とは思いますが」
「んむ?どういうことだ?我にはとても危険な攻撃に思えたが?」
「ある意味…そうでしょうね。あれはヘイトダウンの類いだと思われます」
ヘイトダウン?相手からの敵意を下げるものだな。あれ?我の考えとは大分違うな。…でもなんかミッツウからの株は上がってるし、それっぽい事言っておこう。
「ふむ…そういうことか。良いぞ、ミッツウの見解を聞こう、話せ」
「はい。警戒心も無く見知らぬ我らに絡んできた事から察するに勇者コロンは他人からの敵意を感じた事が無いものと推察されます。それがヘイトダウンに類する能力であれば町周辺に配備した魔物達が勇者に対しての敵意を失った事にも納得がいくのです」
「なるほど…な。まぁだいたい我の見解と似た感じだな、うん、流石はミッツウだ。これからも参謀として頼りにしてるぞ」
「はっ!ありがたき幸せ!」
よし、これで何とか威厳はキープしたかな。なんかラミスの視線が痛い気がするが…気のせいだろ、うん。
「茶番はぁ…終わりましたぁ?私はここに残るのでぇ…後は二人で魔王城まで帰ってほしいかもぉ。私はぁ…今日はもうオフってことでぇ」
「そうだな。ラミスには酷い目に合わされたが、収穫もあった。今日はもう休め」
「わぁい…ふふふふ」
「…?いやに嬉しそうだな」
「ちょっとだけぇ…臨時収入が入ったからぁ」
ラミスの鞄が…膨らんでるような?まぁ、気にする事でも無いだろう。
「まぁ、正当な金なら文句は言わんさ。ミッツウ、城に戻るぞ」
「はっ!」
……… …… …
城に戻った我を迎えたのは門を守る魔物、翼の生えた動く石像ガーゴイル。
ガーゴイルは我を見つけた途端飛んできて今日一番の絶望を告げた。
「魔王様!四天王の一人、狩猟姫のユーキ様が魔王城の引越し祝いに来られるそうです!」
「な、なんだってええぇぇぇえ!!」
歴代最強の四天王、狩猟姫ユーキ。歴代最弱の魔王である我よりも強い存在。それは実質この世界で最強の女である事を意味する。
奴には勇者の事は内緒にしていた、勇者飼い殺し計画の一番の障害になるからだ。
リアルでヘイトダウン持ちの人っていますよね。
何故か許せちゃう系の人。…羨ましい限りです。