第2話 勇者VS魔王!…にはならず
今回は三人称視点から二人の心情を書きます。
ラブコメ回です(笑)
魔王カランは内心ドキドキしていた。過剰に高鳴る脈拍を抑えるので必死だった。
それは純然たる恐怖に他ならない。カランが何よりも恐れる物…いや、者が近くに居るのだ。その者は…勇者。勇者コロン。
─── ── ─
自分の配下の魔女、ラミスに連れられて入った店にて空腹を満たすのと同時にこれからの戦略を立てよう。…なんて考えていた矢先の出来事だ。
店の名前はアカツキ亭。シックで落ち着いた雰囲気の小洒落た店内。カランとミッツウは人間の食べ物なんて分からないから料理の注文はラミスに任せて机でくつろいで居た。
そこに現れたのが一人の女の子、ここの店長とは知り合いらしく親しげに会話していた。…のだが、次第に声を荒らげ店長に絡みだす。
はて?酔っ払っているのか?カランはその女の子が気になり視線を送る。
「アルコールの匂いもせんのに…人間というのはリンゴの搾り汁で酔えるのか?全く…店の雰囲気にそぐわぬ……ん?んん?はぁ!?ちょっ…あいつ!」
カランはその女の子の顔を見た事があった。それはラミスが持ってきた勇者のプロマイド写真。その写真に映っていた人物が今正に同じ店内に居るのだ。
「ミッツウ、ラミス、店を…変えないか?」
「カラン様、それは逆に怪しまれます。むしろ勇者を近くで観察する良い機会かと」
「私も…そう思うかもぉ。…というかぁ、お腹すいたのぉ」
「くっ、ラミスはともかくミッツウの言う事はもっともだ。目立たないよう心掛けよ!」
しかしその思惑は全くの無意味であった。
ただでさえ町では珍しい余所者、しかも三人の格好は人間が好んで着るような服装では無い。一人は薄灰色の大きな三角帽子、一人はくたびれた大きなローブ。
そして何より…魔王カランが角を隠す為に被っている不自然に膨らんだフード。
その異様な出で立ちの三人組を見て、勇者コロンは興味を隠せない。
勇者コロンは魔王カランへと歩を進めていく。それに比例するかのようにカランの表情は険しくなっていった。
コロンが一番に興味を引かれるのはやはりカランだった。
切れ長で鋭い目付きは風格さえ感じさせ、強面のイケメンだというのに果てしなくダサいフードを被った男に対して興味を隠しきれない。
普通はそんな怪しい男が居たら近付こうなんて思わないだろう。
そう、コロンは警戒心や恐怖心が欠如していると言わざるを得ない。
領主にも平気で意見するし、町を囲うモンスター達とも普通にコミュケーションを取る。コロン本人は自覚していないが、コロンの神経は驚く程図太いのだ。
「あの!すみません!町の人じゃないですよね?どこから来たんですか?」
コロンの第一声は純粋な疑問だった。どこの町から来たのか、道中のモンスターには驚かなかったのか、どこかモンスターの手薄なルートがあるのか。コロンの聞きたかった内容はそういう類の物だった。しかしカランは動揺を隠せない。
「ん…んん!?ま…町の人だぞ!?どこからだって?西の…あ、魔王城からじゃあ無いからな!それだけは断じて違うからな!」
それを聞いてコロンは呆気にとられる。町に住んでる人間に対してそんな嘘が通じるはずが無い。今までこんな人達は見た事が無い。
カランの受け答えに対して必死に笑いを堪えていたのは配下であるはずのラミスだった。
「くふ…ぷふふぅ…へ…へたくそかぁ…くすす…」
「やめなさいラミス。カラン様のお顔が真っ赤になってるじゃないか」
ラミスは仕方ないなぁとばかりにコロンに説明する。
「くふふ…あぁー…あのですねぇ、私達最近この町の空き家を借りたのでぇ、一応町の人って事になるかもですぅ。…町の西の方でぇ、魔王城のある方角だけどぉ魔王城から来た訳じゃ無いよぉなんていうちょっとした冗談が空回りぃ…みたいなぁ?」
とっさにフォローに入ったラミスの言葉に耳を傾け、コロンはうんうんと頷く。
「ほほう、なるほどなるほど…ふふ、顔に似合わず可愛い人なんですね」
そう言って笑ったコロンに悪気は無い。
強面のフード男が険しい顔をしながら冗談を滑らせて赤い顔でテンパっていると解釈し、それはただ純粋におかしく、可愛ささえ感じてしまったのだ。
「わ、我が…可愛いだと…」
そう言って凄んでみせたカランの口元は緩み、照れてしまって顔は更に赤くなる。魔物の王たるカランは可愛いなんて言われた事が無かったのだ。
警戒心も屈託も打算も無く絡んでくるコロンに押されて返答に詰まってしまっていた。
そんな時、アカツキ亭のウェイトレスによって駄目押しの一手が運ばれてきた。
「お待たせしました。ハチミツ入りパンケーキのシロップ漬けです」
ラミス以外の一同が固まった一瞬であった。
運ばれて来た物はハチミツとシロップでドロドロに溶けたパンケーキ、アカツキ亭が誇るチャンレンジメニューだ。常連であるコロンですらクリアした人を見た事が無い。
「あ、それはぁ、そこのフード被った人の所に置いて欲しいかなぁ」
カランは唖然とした表情でラミスを見つめる。ラミスはその顔が見たかったとばかりに再び笑いを堪えていた。
「くふ、…ふふ、…注文を任せたのはぁ、カラン様なのでぇ、文句は受け付けませんのでぇ…ふふふ、が…頑張って欲しいかもぉ…ふふ、くふふ」
「おま…これがやりたくてこの店選んだじゃなかろうなあ!」
驚愕の表情を浮かべるカランとは対照的にコロンの顔は期待で満ちていた。
「カランさん?って呼んで良いですか?」
「あ?あ…ああ。許す」
「カランさんて甘党なんですね!?私も甘いの好きなんですけど、私はそれ半分でギブアップしちゃって、食べ切れる人見てみたかったんですよ!」
「んな!?」
コロンの期待に満ちた顔でカランは悟ってしまった。
…これ、食べないと収拾つかないやつだ…と。
それでも何とかならないだろうか?そう思ったカランは最後の望みをかけてミッツウの方に視線を送った。…しかしその望みも砕け散る。
「お待たせしました。唐辛子スティックの食べ比べ欲張りセットです」
ミッツウに運ばれてきた料理は唐辛子を食べやすくカットしただけの物の詰め合わせ。赤や緑、細長い物から丸みを帯びたものまで様々な唐辛子達。
これは辛い物が好きな人の為のチャレンジメニューであり、他の料理のトッピングとして楽しむのが本来の姿である。
更に言えば、大抵の人は処理しきれずに持って帰る。
「ほらほらぁ…師匠辛いの好きぃって…言ってましたよねぇ」
「…」
「師匠…?」
「…」
ミッツウの思考は真っ白になり言葉を失ってカタカタと震える。
それを見てカランは思ったのだ。…あれよりはマシなのかもしれない…と。
……… ……… …… …
その後はもう悲惨なものだった。
カランは半分食べた辺りでフォークが止まり、悟りを開きかけている。
ミッツウは身体中から汗をかき、涎を垂らして失神。
そしてそれを後目に普通のトマトソースのスパゲッティを食べてるラミス。
コロンは…正直心が震えていた。コロンは楽しかったのだ。
なんだこの変な人達は、こんな人達見た事が無い。面白い。
それは冒険に出れなかった自分の元にやってきた新たな物語、コロンは心の中で、自分だけの物語が動いた様な、そんな不思議な高揚感を感じていたのだ。
コロンはカランの横に座り、カランの手からフォークを抜き取る。
「残り半分、手伝いますよ」
「へ?あ、ああ…助かる………ん?」
カランは激甘ベタベタパンケーキから逃れられるという気持ちからコロンの進言を無意識に了承していた。…しかし気付いてしまったのだ。
…これ、間接キスじゃね?…と。
カランはドキドキしていた。過剰に高鳴る脈拍を抑えるので必死だった。それは純然たる恋心に他ならない。
ラミスがそれに気付いてニヤニヤと笑うが、カランはそれに気付かない程にドキドキが止まらかった。
魔王の妻という地位を狙って絡んでくる女は何人も居た。しかし、魔王という立場に関係無く、警戒もせずに絡んでくるコロンに…惚れてしまったのだ。
私的にはですね。神経の太い人って最強だと思うんですよ。
さておき、この魔王チョロいですね(笑)