第1話 勇者の理解者
勇者のターンです!
旅立ちの日の朝に旅立てなかった私はとある家の玄関にて大きくため息をついた。
そう、自分の家ですよ。何故自分の家に戻ったかって?
そりゃもうやることは一つです。
「あらコロン、お帰り。領主様の所には行ったの?」
「……行ったよ」
「そう、じゃあとうとう旅立つのね。コロンが家を出たら私一人で寂しくなるけど…覚悟はしてたわ。だって!私は勇者の母ですもの!」
勇者の母という言葉を大袈裟に強調する母さん。町ではそれが母さんのステータスになっているらしい。
この町は町興しのネタに私を利用してるし、それも頷けるというものだ。
しかし…勇者饅頭とかいうデフォルメされた私の顔を焼印しただけの普通の饅頭が町中で売られているのは正直恥ずかしいから止めて欲しい。
その売り上げの一部は母さんに回ってくるのだから母さんにとっては勇者の母というポジションは良い事尽くしなのだ。
逆を言えば…私がちゃんと勇者として活動してくれないと居心地は悪くなっていくということでも有る。ニート勇者の母なんてレッテルは願い下げだろう。
「あー、うん、そうね。旅立ち…ねぇ」
まぁ、私も旅立ちたいのは山々なんですがね、仕方ないよね、町出れないもの。
「…コロン?何で部屋着に着替えてるの?」
「ライトアーマーとは言っても重くて、この町の鎧ってあまり良い鉄使ってないし」
「素早さ重視ってことね?にしたってラフ過ぎない?」
「そりゃ着込んでたら寝れないからね」
「何でナチュラルに布団に潜り込んで行くの!?」
「あぁぁぁ、布団だけだよぉ、私を優しく包み込んでくれるのはぁ」
「コローーーン!起きなさい!もう昼ですよ!っていうか旅立ちなさーい!」
「旅立とうとしたもん!無理だったもん!私を理解してくれるのは布団だけだもん!」
「いいから行きなさーい!」
「じゃあ旅立つ為の案を出してよ」
魔物に紳士的に阻まれてるせいで町の外に出れないのは母さんには既に相談済み、つまり母さんにも打開策が無いのであれば文句を言われる筋合いも無い。
「え?……………えーと……」
「………無いじゃん、寝る」
「あああああ!じゃ、じゃあ…ほら!あれよ!町の人と話して情報集め!ね、だれか何か良い事知ってるかもしれないし、ほら名案、ね!」
他力本願ではあるが…確かに有効かもしれない。
「むぅ………分かった……」
情報が集まる所と言えば…酒場?とは言え今は昼、飲んだくれてる人はいないとは思うけど、昼は食堂として経営してたはずだし、それなりに人は居るはずだ。
え?歳頃の女の子が酒場なんて行って絡まれないのかって?
ふふーん、私は一応勇者ですよ?いくらレベル1でも町人よりは強いのです。女神の加護によりステータス全てに補正が入るからね!
【Str(力):3+5】
【Int(智):5+5】
【Agi(速):7+5】
【Dex(技):7+5】
【Vit(体):3+5】
【Luk(運):5+5】
ここ!+の所!凄いでしょ?大盤振る舞いでしょ?
…あ、しょぼいって思った人いるね?いるよね?
では少しステータスについておさらいしましょう。
まず第一に、これはその人の現在の能力値を可視化したもの、…という訳ではありません。ゲームじゃないんですから、人間の能力全て書き写してたら膨大な量になりますよ。大量のステータスとスキル、そこから派生する筋力の分配とか頭おかしくなりますよ。
これはですね、その人が持つ潜在力。伸び代、期待値、成長速度、そういったものを現した数値なのです。分かりやすく言うと平均点が5の通知表ですね。
誰が誰に送る通知表かって?そりゃ女神様ですよ、女神様が人間に送った通知表、それがステータスなのです。
つまりオール+5っていうのは、めっちゃ平均点な人間のステータスが一人分そのまま私に乗っかってるって事。
人間二人分の成長速度で人間二人分の伸び代がある、それが今の私のステータスが指し示しているポイントになるのです。
ね?相手が成人男性でも勝てるでしょ?まぁ、相手が複数いないことが前提になるけど。
そしてこのステータスを限界突破させて上昇させるのがレベル。
人間の限界を突破するのだから実はレベルというのはそう簡単には上がらない。
レベル1なのが普通だったりする。名を上げた冒険者でもレベル2とか3とか、レベル5もあったら王宮の近衛騎士団長になれる。
と、長々と説明したは良いけども…私のレベルは上がりそうに無いのが現実な訳で。
今日の朝に会話したあの気さくなオーガさん、彼を倒すにはレベル7以上、英雄クラスの能力が必要になると言えば私の絶望感は伝わりやがりますでしょうか。
女神の加護が付いた私ならもっと早い段階で勝てるかもしれないけども、そのオーガクラスの魔物が町を方位するように巡回している、そう言えば私の絶望感…いえ、もう伝わってますよね。つまりさっさとやる事やって母さんに「無理だった」って報告して不貞寝するしか無いのですよ。
というか…別に魔物も襲って来ないし、なんならフレンドリーだし、もう私旅立つ必要無くないですかね?
ああ…ベッドが恋しい。
私の苦労を分かって癒してくれるのはもうお布団だけなのです。
もうお布団と結婚する…。
……………
……………………………
【酒場兼飯所:アカツキ亭】
「あああああ~……私を分かってくれるのはお酒だけだよぉ~」
木製のジョッキに注がれた液体から発する芳醇なリンゴの香りが私の鼻を幸せでいっぱいにしてくれる。もう飲まなきゃやってられないよ。
もうお酒と結婚するぅ~。
「コロンちゃん、飲み過ぎ」
私の心配をしてくれたのはここの店長のアカツキさん。
店長兼料理人…というより食べるのが好きで料理を始めたらしく、そうしているうちに店まで持ってしまったという、典型的な趣味を仕事にしたタイプの人。
お酒の要望も多くなり夜は酒場としてお店を開いているがアカツキさん本人はアルコールに弱いんだとか。…まぁ、飯所から始まった事もありツマミが美味しいと評判らしい。
今は店も大きくなったので弟子が料理をしている。
「何ですかー!もー!やってられませんよー!もー!私だって好きで町に留まってる訳でも無いのに皆して文句ばっかりー!」
「はぁー……すっかり出来上がってるねぇ。それアルコール入って無いのに」
「はぁー?何言ってんですかぁ?私シードル頼んだじゃないですかぁ、分かります?リンゴのお酒ですよ、シードルはぁ」
メニュー表にそう書いてあったんだから間違い無い。
リンゴのスパークリングワインって書いてあったもん。
「コロンちゃん…そもそもお酒飲んだ事無いでしょ?それはただのリンゴジュース。ジュース出されても気付かずに飲んでる時点でお酒はまだ早い」
「なん…だと…通りで飲みやすくて美味いと…お酒なんて所詮こんなものか、なんて思って大人の仲間入りした気分でいたのに…酷い。アカツキさん酷い」
「注文と違うもん出したのは悪かったな。そのリンゴジュースは俺の奢りだ」
「わーい、アカツキさんやさしー」
「変わり身早えなぁおい」
「美味しいジュースがタダで飲めましたから。…ところで、アカツキさんは魔王について何か知ってる事あります?もしくはこの町からこっそり出る方法とか」
「さぁねぇ、魔王の事なんて知らねぇし、町を出る方法にしたってなぁ、魔物の奴ら荷馬車の中まで確認するし、ちょっと思いつかねぇなぁ」
「そっか、まぁ…そうですよね」
「他の客にも聞いてみたらどうだ?」
「そうしますかねぇ」
店内を見渡した時、本来なら目立たないはずの隅のテーブルに目を奪われてしまった。
テーブルは目立たないが座っている三人組がやたら目立っていた為だ。
一人は薄灰色の大きな三角帽子とマントを纏った女の子。
一人はくたびれた大きな黒色のローブを纏った大人の男性。
一人はフードを不自然に膨らませて被っている私よりも少し歳上くらいの男性。切れ長な目付きとか風格あってけっこう格好良い部類なのに、不自然に膨らんだフードがダサい、果てしなくダサい。全てを台無しにしている。
何なのあのフード、角でも隠してるの?…角?オーガ?いやいや、まさかね、流石にオーガなら体格で気付くし、魔物が町の中まで入って来た事は今まで一度も無い。
……じゃあ…あの人達何なんだろう?
話しかけてみよう…かな?
レベルとかステータスの概念はあまり気にしなくてOKでございます。
町人よりは強いけど町を包囲する魔物には手も足も出ない。ということだけ伝わればな、と!