逃がすわけにはいかないから
微動だにせず、まるで空間に固定されたかのように浮遊する黒い球体。その大きさはさっきまでのベヒモスとは比べ物にならないほど小さいが、それでも直径が俺の身長ぐらいはある。
「「「「「「「「わぁーーーー!」」」」」」」
遠くから歓声が聞こえる。クラスのやつらだろう。突然ベヒモスの姿が消えて、倒したのだと思っているのだろうか、たぶんこの球体・・・核は見えていないのだろう。
「倒した、の?」
ミナがそう呟く。
「いや、まだベヒモスは死んでない。」
「やっぱり、あれが・・・。」
みんなも薄々気付いているみたいだ。
「ねぇ孝介、あれって・・・。」
「あぁ、ベヒモスの核だな。今あそこにあると言うことは、」
あまり信じたくはないが、その現状が物語っている以上、信じざるを得なかった。
「ベヒモスは死んでおらず、そしてベヒモスの核は消滅のエネルギーで消えない、ってわけじゃな・・・。」
そう、5分も溜めて放った消滅エネルギーでさえベヒモスを消すことはできなかったのだ。
それでも、ベヒモスの肉体の部分はすべて消すことができている。あとは、あの核がどう動くのかということだ。
「ねぇ横井くん、もっと消滅を溜めてから放てば消せるんじゃ・・・。」
「それはどうだろうか。消滅のエネルギーはいかなるものをも消すから消滅なんだ。微量でもそれに触れれば消えるはず。なのに消えなかったベヒモスの核にこれ以上溜めて放ったところで、うまくいくとは思えない。」
「そうじゃの。根本的に消滅エネルギーに対して耐性を持っておると考えるのが妥当じゃろう。」
その現実に、全員が口をつぐんでしまう。未だに遠くから聞こえる歓声に、少しばかり苛立ちを覚える。
「で、でもなにもしなかったら意味がな・・・。」
そんな空気を断ち切ろうとあかりが話始めた瞬間
ゴゴゴゴゴゴッ!
激しい地鳴りのような音が響く。全員が一瞬驚くものの、すぐに"核"の方を見る。その核は・・・
激しく振動し、そして徐々に変形を始めていた。
「やばい、」
ヒュッ、シュヴゥン!
咄嗟にミナが消滅を付与した矢を放つ。それが核に触れるか触れないかというところで、
カァッ!
突然消滅の矢が異常なほど発光したかと思うと、矢が跡形も無くなっていた。
「なっ!マジかよ。」
これでは攻撃も愚か、近寄ることすらできない。そう考えているうちにも変形は進み、ベヒモスの核は・・・人の形をなしていた。
「人、だよね?」
「形はな。」
下手に手を出すことはできない。核の変動が終わるまで、全員が武器に手をおいたまま核を睨んでいた。少しして地鳴りが収まり、核が完全に人の形となった。といってもそれは形だけで、顔のパーツなど細かいところは全く人らしさを感じない。ただただ真っ黒な塊だった。
そして・・・顔の右側に一つだけ、真っ赤な目が光っている。
それからもしばらく睨み合いが続いた。
『・・・イ、イヤダ、』
突然、頭のなかに響くような声が聞こえてきた。その声は、すぐにベヒモスの物だと分かった。
「い、嫌だ?」
「どうゆうことでしょうか。」
その言葉の意味は分からない。それでも、その言葉に"怯え"の感情が含まれていることだけは分かった。また声が響いてくる。
『シニタクナイ。』
「し、死ぬ?」
『イママデ、コンナニオイツメラレナカッタ。イツモアッショウダッタ。ナノニ、ナノニ!』
片言な言葉で、突然怒りのこもった言葉をぶつけてくる。それは言葉とは思えないほど、質量を持っているように思え、俺たちは数歩後ずさる。
『マケタ、マケタマケタマケタマケタ‼ナンデ!マケルハズガナイノニ!』
少し自意識過剰な感じがするが、それが当たり前だ。世界を破壊するほどの力を持っている。負けたことなんてなかったんだろう。
「でも、俺の渾身の攻撃をお前の核が耐えた。まだ負けてはないんじゃないのか?」
会話ができるのか、それを確かめるべく話しかける。
『コノジョウタイニナルト、コウゲキガデキナイ。ニゲルシカナイ。』
会話はできるようだ。それに、きちんとした理性も持ち合わせているらしい。
『デモ、スグニニクタイヲテニイレ、コンドハオマエゴトセカイヲケシテヤル。ソレマデ、マッテイルガイイ!』
そう吐き捨てるように言うが早いか、ベヒモス(人型)は両手を広げる。すると、ベヒモスの回りには波が発生する。それは空間自体を歪ませて、ベヒモスを飲み込んでいく。
「っ!ま、まさか!旦那様!ベヒモスは別世界へ逃げる気じゃ!」
「別世界⁉」
「そうじゃ!ベヒモスは世界間の移動ができるのじゃ!」
そりゃそうか。でないと世界の破壊ができないもんな。でもこんなところで逃げられる訳にはいかないんだよ!
「すまん、みんな。俺は奴を追う。帰ってくるかは・・・。」
正直この先がどうなってるかは分からない。よって、俺が帰ってこれるかも分からないのだ。
きちんと話をするべきだろうが、今は時間がない。俺もベヒモスを追おうと世界間移動をしようとしたそのとき、
「・・・待ってるから。帰ってくるまで。」
「え?」
「孝介が帰ってくるまで待ってるから!例えどれだけかかっても。」
あかりがそう叫んでいる。その目には、涙がたまっていた。他のみんなも目に涙を溜めてこっちを見ている。
「わたしも、待ってる。孝介様のこと。」
「妾もじゃ!旦那様の帰りを待たない妻がどこにおるのじゃ!」
「わ、わたしも待ってます。横井くんがちゃんと帰ってきてくれるまで。」
「みんな・・・。」
それでも、みんなの顔は笑顔だった。
日本にいて、こんなに信頼して、そして自分の帰りを待ってくれる人がいることなんてあっただろうか。その気持ちに、俺まで感極まって泣きそうになってしまう。だが、
「ありがとう。大丈夫だ、ちゃんと帰ってくる。だって・・・
妻を置いてどっかにどこかに行くわけには行かないからな。」
自分の帰りを待ってくれる人がいる。だから、死ぬなんて選択肢はない。
みんながサムズアップしてこっちを見ている。だから俺も同じようにサムズアップして、
「《世界間移動》!」
空間の波に飲まれていった。
ちょっと苦しい感じになってしまった気もします。
次話、またはその次ぐらいで完結です!