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P.D.A. -Passing Dimension Assistant-  作者: ハイド
第一章
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「本当はな、タイマ。おまえが動きさえすれば、いつでもPネットから脱出できたんだ」

 そう言うと、リューは立ち上がって歩いてきて、いきなりタイマの左手首を掴んだ。タイマは彼に命じられるままにPDAを起動した。二人の間に一枚のディスプレイが浮かび上がる。

「ユーザー情報を確認しろ」

 タイマがホーム画面のアイコンのひとつをタッチすると、名前や身体年齢からDNAの各塩基配列に至るまで、ありとあらゆる個人情報がずらりと表示された。

「おまえの個人情報はどうでもいい。一番下にある、おまえのPDAのデータを調べるんだ」

 タイマはリューの気迫に押され、パネルを慌てて操作した。すぐに行き当たったユーザー情報の一番下には、確かに自分のPDAのデータが細々と書かれていた。これまでわざわざ見ることもなかったが、こんな情報まで掲載されていたのか、とタイマは興味深く見回した。

「特に変わったところはないけど」

「OSは?」

「OS1。それがどうしたんだ」

 その言葉を聞いて、リューはにやりと笑った。「デイタもアルカも、自分のPDAのOSを確認してみるがいい」

「OS2だ」

「OS2ね」

「そうだろう。結果は知れている。この世にOS1は一台しか存在しない。残りは全てOS2なんだ」

 タイマはそれを聞くと、PDAをしまって、まだ自分の手首を強く掴んでいたリューの手を振り払った。

「何故俺のOSなんて知ってるんだ」

「そう睨んでくれるな。俺には協力者がいてな。いろいろと教えてもらったよ。例えば、おまえが手にはめているそれが、かつてPDA開発の第一人者の一人であったおまえの父親ナイトによって作られた、いわば試作品のPDAだったということ。そして、その特別なPDAが、OS1という、また特別なOSを採用していること。OS1は、もともとPDA全体を統括するために使用される予定であったこと。そのため、OS1を搭載したPDAをうまく扱えば、全PDAの集合体として成り立つPネットの仕組み自体に切り込むことが可能だということ」

 途方もない話だった。タイマは自分の左手の甲にくっついている小さなパネルを見やった。確かにタイマのPDAは、十歳の頃に父親から貰ったものだった。それも、PDAが公式に販売開始される数ヶ月ほど前に。その点を考えると、その協力者の言っていることは不気味なほど辻褄が合いうる。だが、そうはいっても、これがPDA全体を統括することのできる唯一のPDAだ、などという話はおいそれとは信じられない。

「おい、リュー。おまえ、そんなこと何も言わなかったじゃないか。その協力者というのは何者だ。何故そいつはそんなことを知っているんだ」

 シャークがひどく深刻な顔で、タイマの言いたいことを先に言ってくれた。リューは仲間にも自分の計画の全容を話してはいないのか、なるほど奴にありそうな話だ、とタイマは妙に納得した。

「悪いが言えない。彼女に誰にも言わないよう釘を刺されたのでね」

 リューが落ち着き払って答える。シャークは不快感を覚えたらしく、眉間にしわを寄せた。その顔には紛れもなく疑念が刻まれている。

「彼女ということは、女なのか。しかし、そんな奴の言葉を信用できるのか? もしそいつの言ったことが罠で、俺たちを永遠に厄介払いしようとしたPDAコーポレーションの刺客だったらどうする。俺はおまえを信じてついてきたんだからどうなろうと文句は言わない。だが、おまえはそんなに簡単にリスクを冒せる立場にあるのか」

「大丈夫だ。俺は嘘は決して見逃さない。これまで何十年も一緒に活動してきたんだから、おまえもそのことはよくわかっているだろう。彼女は嘘をついていなかった。だから俺もまた全面的に彼女を信じた」

 あー、あったなあ、それ。

 タイマは一人苦笑した。タイマは一度リューの目の前でひどい出任せを喋ったことがある。具体的に言えば、「ま、トータルで考えればリューも俺にはかなわないだろうね。ほら俺スーパーハッカーの叔父さんがいるじゃん? 俺もいろいろ教えてもらってるから、ハッキングしてホームページにウイルスねじこむくらいなら余裕なんだよね」などと放言したのだ。小学校の頃のことだった。自分のクラスに転校してきて一週間も経たないうちから、剣道やらバイオリンやら習字やら何をやらせても一流だとクラスで礼賛の的となったリューへの、子供らしい嫉妬から出た言葉だった。そのときリューの奴は鼻で笑ってこう言ったのだ。

「君らしい、面白い嘘だな。まあ、そういうことを言いたくなる年頃なんだろう。どうぞ続けてくれたまえ」

 今考えるとあちらさんもそれなりに子どもっぽいことを言っているのだが、そのときのリューの言葉は小学生の耳にはあまりにも大人びて聞こえた。そのまま言い返すことができず、当然の成り行きでクラスじゅうの笑いものにされたのは、あまりいい思い出だとはいえない。

 いや、ぶっちゃけて言えば、物凄く嫌な思い出だ。

 もっとも、その悔しさをばねにして中学校の時本当にハッキング、クラッキングに手を出し、やがてはそれによってテロリストの行動を探り逮捕に貢献するほどに大成させることができたわけだが。

「ハッキングだ」

 突然のリューの言葉に、追憶にふけっていたタイマは心の中を覗かれたような気がしてはっとした。

「このPネットの仕組み自体にハッキングを仕掛けて、Dゲートの起動を不能にしているシステムを書き換える。タイマ、PDAを総括する力のあるOS1とハッキングに関する知識を併せ持つ君だからこそできることだ」

「俺は……」

「待ってくれ。しかし、俺にはどうも信じられない」タイマが口ごもった隙をついてシャークが横槍を入れた。「特別な存在だとはいえ、OS1にそこまでの力があるとは思えない。そもそも、このPネットが内部からのハッキングなんて受け付けると――」

「それ以上言うな、シャーク。まあ、実際にやってみればすぐにわかることだ。さあ、タイマ。久しぶりに、どうだ」

 シャークは軽く舌打ちをすると、目を反らして黙ってしまった。今度はタイマが話す番だ。張り詰めた空気の中、全員がじっと待っている。

「おう」一瞬、面倒ごとに首を突っ込みたくないという想いが頭をかすめたが、それを振り払うようにタイマは力強く返事をした。「望むところだ」


 ハッキングを開始するにあたって、タイマがまずやったのはPDAのパネルをできる限り大きく広げることだった。ものの数秒で、リューのコミュニティの対角線上に、巨大なパネルによる仕切りができた。タイマたち五人は出入り口のある側に集まっていた。タイマはパネルの前に立ち、残りはその後ろで見物を決め込んでいた。リューとシャークは立ち、アルカとデイタは動かして並べた椅子に座っている。

「現実世界に戻ったら、皆でどこへ行こうか」

「私は久しぶりに家に戻ってみたいかな」

「それは確かに面白そうだね、僕も賛成だ。しかし、六十七年も放置しているわけだからね。言うまでもないが、戻るなら、いろいろと覚悟しておかなくちゃならないよ」

「きっと、ほとんど変わってないと私は思うけど」

「君は百歳のおばあちゃんのくせに小学生みたいなことを言うね。いや、けなしているわけじゃないが、ただ、深く考えることなしに盲目的に信じていると、裏切られるということも……」

「けなしてるじゃない。それに、ちゃんと推定の根拠だってあるんだけど」

「そ、そうなのか。ごめん。タイマ、アルカのためにも頑張ってくれ」

 そんなのんきなやりとりが後ろから聞こえてくる。タイマはこれから幕を開ける長く苦しい戦いを想い、緊張し始めていた。その緊張を今分かち合ってくれるのは、全てが娯楽でしかないPネットに根をおろして生きるアルカやデイタではなく、黙りこくって立っているリューとシャークだ。

「では」タイマは厳かに宣言した。「始めるぞ」

 タイマは「機能設定」のプログラムを開くと、いくつかの過程を経て、PDAの動作と設定を司るシステム最奥にたどり着いた。ここまでのシステムは昔、現実世界で見たものと何も変わっておらず、国連在籍時代にあらかじめPDAへのハッキングのとっかかりをいくつも作っていたタイマにとって、赤子の手をひねるよりも簡単に事が済んだ。問題はここからだ。PDAコーポレーションがPネットに施している防御は、犯罪組織などが機密情報に施すそれなどとは比べものになるはずがなかった。

 まず、数重に稼働しているはずのセキュリティソフトを全て無効化しなくてはならない。それをやらずに失敗したら、逮捕こそされなくとも、二度目のチャンスを与えてもらえることはまずないだろう。

それが終わったら、何万ものプログラムの山の中から、書き換え及び書き込みを不可能にしているプログラムを探し、これも無効化する。

ここまで終えて、ようやく序の口だ。まだまだ、Dゲートに関する未知のプログラムを探し、どうにかして書き換えて、思い通りの結果を確実に導けるようにするという大仕事が控えている。

 タイマは、白字のプログラムに覆い尽くされた、透明感のある青のパネルをじっくりと見つめた。

 自分でも驚くくらいに興奮している。何かが腹の奥から大瀑布のような音を立てながらこみ上げてくる気分だった。ゆっくり手を伸ばして、パネルに指先で触れた。水面に手を突っ込むような感覚。手を離すと、パネルに波紋が広がった。

「おい、軽々しく触れても大丈夫なのか。セキュリティの解除はまだなんだろう」

 リューの小言をタイマは無視した。波紋はゆっくりと、パネル全体に広がっていく。

 しばらくして、妙な変化に気付いた。波紋に触れた部分から順に、表示されていた白い文字の形がゆっくりと崩れ始めた。やがて、それらは溶けるようにばらばらになって白い粒子となると、タイマがさっき触れた部分へとひとりでに集まってきた。その部分を中心とする純白の円が、遠くから移動してくる新たな粒子によってどんどん大きくなっていく。

「何かが……起こっているみたい」いつの間にか立ち上がっていたアルカが言わずもがなのことを言った。「これがハッキングなの?」

「そんなわけないだろ。俺だって何が何だか……」

 タイマの言葉が途中で途切れた。白い粒子はほんの数秒の会話の間に、PDAの画面全体を覆い尽くすほどになっていたのだ。眩しく感じるほどに真っ白なパネルを見つめて、誰もが言葉を失っていた。

 やがて、一番最初にリューが平静を取り戻した。一歩踏み出して、画面に触れてみる。途端に、びくっとして手を戻した。

「信じがたいが……今、Dゲートをくぐったときと同じ感覚がしたぞ」

「え……えっ……ええっ?」

 リューの信じがたい言葉に間の抜けた反応を返した直後、パネルの放つ光が、部屋中の全てを真っ白に塗りつぶしていった。

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