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P.D.A. -Passing Dimension Assistant-  作者: ハイド
第四章
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 今やPDAコーポレーションの手先であることが確定したミハイルが、決してたどり着けない場所が必要だった。

 相手は猛スピードで大地を駆け、ある程度は追跡対象の位置を補足し、おまけに不死身という人智を超越した化け物である。生半可な場所に隠れたところで、すぐに見つかって一網打尽にされてしまうだろう。

 少なくともPDAコーポレーションがデータ化を実行に移すと宣言している日までは、決してミハイルの襲撃を受けるわけにはいかない。

 その条件に合致した唯一の場所は、宇宙ステーション。

 ナギサの操縦する個人ジェットは、自身の所有物である軌道エレベータのふもと、シンガポール沖のカリムン島へと全速力で飛んだ。着陸するや否や、ナギサは彼女がトップを務める企業フェニックス・コーポレーションの最高責任者権限を用いて、有無を言わさずエレベータのかごを手配した。

 かごに乗ることができたのは四十五名。飛行機に乗ってやってきた、ナギサやその《チルドレン》を含む十二名。さらに、軌道エレベータの地上で勤務していた《チルドレン》のうち、とりわけナギサへの忠誠心の高い十六名。残りの十七名は、イギリスのベス大統領や、アラブ連合のアズハル事務局長など、飛行機の中でリューが連絡をとって至急呼び寄せた、国連会議に参加した各国の首脳の生き残りの一部である。

 軌道エレベータで、上空約五万キロの地点にある宇宙ステーションへとたどり着いた一行は、まずかごを吊している全てのケーブルを躊躇なく切断した。こうすることで、もはやミハイルがかごを奪取したとしても宇宙ステーションまで上ってくることはできなくなった。地上へ戻る際は、ナギサが宇宙ステーション内に保有している宇宙往還船を使用するという合意がなされた。

 そういう経緯を経て、タイマは五月二十九日現在、自分に割り当てられた部屋の中で、窓から見える宇宙と、真下の巨大な地球を眺めていた。

 Pネットの中でも、SFの世界を題材としたゲームの中などでこのような景色を見たことはあったが、所詮どれほど精巧に作られていても見せかけに過ぎない。それに対して現実世界で俯瞰する地球はあまりにも青く、美しくて、壮大だ。これほど巨大なものを、PDAコーポレーションがたかが自社製品の力だけでデータに変換することができるとは、タイマにはどうしても思えなかった。

 奢侈なベッドに靴をはいたまま寝転び、電源を入れ直したPDAを数十センチメートル上にかざす。連絡先のリストを画面に表示する。何度見直しても、シャークの名前の表示は光を失っている。その名前を何度タップしても、連絡を取るためのメニューは出てこない。きっとこれからはずっと、この画面を見るたび、喪失感にさいなまれることになるのだろう。

 それにしても、撲たれた頬がじんじん痛む。

 宇宙ステーションに着いてそうそう、シャークを置き去りにしたことについてリューに抗議したら論争になって、それが案の定掴み合いの大喧嘩にまで発展したのだ。目をぎらぎらと輝かせたリューは異様に手強く、結局、Dゲートが発動してしまわないか不安になるくらいこてんぱんにのされてしまった。とはいえやられっぱなしで終わったわけではなく、リューの方にも数発のパンチとキックを入れてやった。

 ひとしきり暴れた後、シャークにまつわるいざこざについてはそれで手打ちとすることになった。今はいがみ合っている場合ではない。怒りを向けるべきは、デイタやシャークをあんな目に遭わせたミハイルとPDAコーポレーションだ。今のタイマは、名実ともにデータ化反対派だ。データ化を何としても食い止めるため、互いに全力を尽くし合うことを約束した。

 現在、リューは大統領の権限を生かして、日本にいる部下たちに指図したりメディアでデータ化の恐ろしさをアピールしたりしているところだ。無事に助け上げた他国の首脳たちにも働きかけて、世界中にデータ化反対の世論の種を蒔き続けている。

 それに対して、いまだにタイマの実績はゼロ。タイマの現実世界への帰還に関する情報は、自身の要望でいまだに伏せられている。

 リューはOS1が全てのPDAを統括するために作られたOSだと言った。だとすれば、ひょっとすると、その隠された機能を引き出すことで、あらゆる人に同時にメッセージを届けられやしないだろうかと、そうタイマは考えていた。

「流石に勘がいいわね」

 いつの間にか、イサが部屋に備え付けのソファに腰を下ろしていた。いつからか独り言を聞かれていたらしい。タイマはけだるそうにベッドから身体を起こすと、そちらをじろりと見た。イサは人の部屋だというのに随分とくつろいだ様子で、ソファに空いていた小さい穴から中味の羽毛を引っ張り出して遊んでいた。

「また出やがったな」

「出るって何よ。それが女の子に対する態度? 忠告しておくけど、アルカちゃんに対してはそんなこと言わない方がいいわよ」

「心配しなくても、おまえ以外にこんな態度取りやしねーよ。それで、今度は何の用だ」

「データ化を食い止める上で、OS1を持つあなたに重要な話があるの」

 OS1、か。

 リューは秘密にするという約束だと言って語ってくれなかったが、タイマをPネットから引きずり出す方法をリューに教え込んだという協力者の正体がイサだということは、既に推測がついている。

 他にOS1に詳しく、ことさらにタイマ一行にちょっかいを出してこようとする女などいるわけがない。

「見るからに高級そうなそのソファを台無しにするのをやめたら聞いてやる」

 タイマはため息をつきながらも、ベッドの縁に腰掛けてイサと対面した。イサはひとつなぎになって出てきた羽毛を丸めて、ティアードスカートのレースの部分に作られたポケットに入れた。何に使うつもりであろうか。

「OS1は、ひとつの世界にふたつ。まずはその前提から話しておこうかしら」

「ん? ちょっと待ってくれ」その話は、リューが語ってくれた話といきなり食い違う。「OS1は俺のものだけじゃなかったのか」

 リューの話がイサの受け売りだったとすると、イサは二枚舌を使っていることになってしまうが。

「そうよ。あなたの父親、ナイトはPDAのプロトタイプとしてふたつの空っぽの器を作り、その両方にOS1をインストールしていたの。そのひとつがあなたに渡り、もうひとつはシャーク……いいえ、あなたの叔父、カイトに渡った」

 それを聞いて、タイマは反射的にベッドから立ち上がった。ずっと昔タイマが慕っていたのに、中学時代には疎遠になって、そのまま行方不明になって結局連絡がつかなかった叔父が、シャークの正体?

「何だよそれ」力なく笑いながら、イサに向かって首を振る。「大嘘をぬかしてんじゃねーよ。いくら延齢技術があるからって、俺が生まれるより前から、百年以上この世界で生きてる人間が、リューより若く見えるわけがない。第一、叔父さんとシャークとでは、顔がそれこそマッコウクジラとペチュニアの鉢植えくらい違うだろう」

「……あなたの知らないところで、整形技術は行けるところまで行き着いていたのよ。カイトはPDAコーポレーションに反旗を翻した結果、暗殺者に狙われるようになったため、潜伏して顔を変えた。それからいろいろあって、もともとPDAコーポレーションにいい印象を持っていなかったリューのもとについたというわけ」

「そんな馬鹿な……。いや、しかし、何でそんなにシャークに詳しいんだ。何から何まで口からでまかせなんじゃないだろうな」

 タイマは心を落ち着かせるためにベッドに深く腰掛け直すと、イサに対し懐疑的な視線を向けつつ、二枚舌について指摘してみた。するとイサは表情ひとつ変えず、冷静に弁解してみせた。

「シャークは潜伏中、万が一にもOSから身元がばれることがないように、OSもアップグレードして、ずっとOS2に見せかけていたの。だからシャークの身の安全のためには、例えあなたたちにでも彼がOS1を持つということをばらすわけにはいかなかった。しかし、シャークもOS1もともに失われてしまった今となっては、もはや隠す必要もなくなった。だからあなたに今この話をしているというわけ」

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