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P.D.A. -Passing Dimension Assistant-  作者: ハイド
第一章
3/63

2

 ゲームを終了し、Pネットの中に割り当てられた自分の《個人領域》に戻ってきたタイマは、すぐにPDAを呼び出した。

 現実世界と同じく、PネットにおけるPDAもまた、いつでも目の前の空間に呼び出すことのできるパネルに他ならなかった。タイマはすぐにメールのアプリケーションを起動させた。どうせまた知り合いが小説を書いたから是非読んでくれだの、飽きたから話し相手になれだの言ってきているだけだろう、そうだとしたらクルーを残してゲームを中断するまでもなかったかな、などと考えながら表示を待っていると、予想だにしなかったものがいきなり目に飛び込んできた。

「差出人、リュー」タイマは思わずパネルに手を押しつけて顔を近づけ、新着メールと書かれた部分をまじまじと見つめた。「あいつ……ついに死んだのか」

 そんな言い方ではPネットがあの世であるかのように聞こえる。だが、どういうわけか何十年もPネットに来ようとしなかったような(タイマに言わせると)物好きであるリューが、今更自分の意思でDゲートを利用するなんてことがあるはずはない。ということは、やはり彼は老衰あたりで死ぬ直前に、生体反応の減弱を感知して自動で起動したDゲートによってPネットにやってきたのだろう。

 この十九歳の身体で、PDAがなければそのまま死んでいたような老齢の親友から、六十七年ぶりのメールが届く。それはひどく奇妙なことに思えたが、同時に非日常的で心惹かれるようにも感じた。こんな感覚は何年ぶりだろうか?

『久しぶりだな、タイマ。PDAコーポレーションが、外の世界を丸ごとPネットに引き込むという計画を開始したのを知っているか』

「おお、外の世界ではそんなことが」珍しい人からのメールは、予想以上にタイマの胸を高ぶらせた。いつの間にか、独り言が漏れ出してくる。「ふうん。そりゃ大いに結構」

『現在、人々はこの計画に賛成するか反対するか決めかねて、社会は混乱を来している』

「おいおい、Pネットに来れば働くことも苦しむこともなく悠々自適に生きられるんだぞ。賛成以外に何があるっていうんだ?」

『早い段階で、人々を導き、我々の味方につけなければならない』

「なるほどそうきたか、納得だ。Pネットの素晴らしさを正しくわかってもらう活動があればいいと昔から思っていたんだ。だが、今更そんなことを言ってどうするつもりなんだ? 俺もおまえも、もはや現実世界に影響を及ぼすことはできないんだぞ」

『ところで、必ず今日のうちに、指定された場所へ来い』

 まだまだ話が続くだろうと思っていたタイマは、急転直下な切り上げに拍子抜けした。

「まあ、構わないか」

残りは会った時に話せばよいだろう。友に会うのは勿論やぶさかではない。最後のメールには地図が添付されていた。すぐに拡大して確かめてみる。見た途端に、狼狽の言葉が口をついて出た。

「どこだよ、これは」

 この地図を見たタイマが何故渋い顔をしたか理解するためには、Pネットの構造を簡単に知る必要がある。Pネットは、仲の良い数人から数十人のグループが、《コミュニティ》と呼ばれる中央の大部屋を囲んでそれぞれのメンバーの個室《個人領域》を持つという構造を一単位とする。コミュニティの外側には、平たく言ってしまえば道路とでもいうべきものが広がっている。現実世界の道路と違うところは、全てが等質なところだ。壁も床も天井も全てがメタリックな青色に統一されており、無駄な空間は一切なく、縦横無尽に広がる全てのコミュニティをつなぎ合わせている。これこそが、Pネットの抱える数少ない問題のひとつだった。二百九十億の人間の等質なコミュニティがひとつなぎになっていて、乗り物のようなものもないPネットでは、変に遠出してしまうとなかなか戻ってくることができなくなってしまうのだ。単純に言えば、何億ものコミュニティを越えた先に住む親戚を一ヶ月かけて訪ねたなら、帰るのにもまた一ヶ月かかってしまう、といったような話である。だから、遠くに住んでいる相手を自分のコミュニティに招待するのは非常識もいいところだったのだ。そして言うまでもなく、リューが指定した場所はタイマのコミュニティとは随分離れていた。

「まあ、あいつはまだこの世界の常識について知らないわけだしな」タイマは一人呟いてみた。「それに、好き好んで辺境の地をあてがわれたわけじゃないだろうし」

 タイマはひとつため息をついた。リューの指定した場所に着くためには十時間は歩かなければならないだろう。帰ってくるときのことも考えたら往復で二十時間だ。その時間をゲームにつぎ込めばどれだけ有意義に過ごせることかと考えると、タイマは少し憂鬱になった。だが、親友との再会を趣味と比べるのも、考えてみればなかなか失礼千万ではないかと思い直す。

 一分もかけずに出発の準備を終え、個人領域から出ると、戦艦のクルーだったデイタとアルカの二人がコミュニティでタイマを待っているのに出くわした。二人ともさっきのゲーム内で着用していた真っ白な船内服そのままの格好だ。

「二人とも、ゲームはもういいのか」

「奇襲を仕掛けてきたソークル星人にやられてしまったのよ」

「そうだったのか、よりによってたちの悪い連中が。あいつら魔法を使えるもんな」

「SFの世界観で魔法を使うなんて反則だよね」

「まあな。しかし……艦長が残っていれば少しは違っていたかな。ごめん。デイタも」

「謝ることはないさ。どうせ初心者お断りみたいなゲームなんだ」

「広く浅く何にでも食指を伸ばす俺たちには厳しかったかもな」

 黒縁眼鏡の青年、デイタは同意の微笑を浮かべたが、すぐに真顔に戻った。「それより、さっきのメールは何だったんだ」

「あ、それは」タイマは一瞬口ごもった。「実はな、リューがようやくこっちの世界に来たらしいんだ。だから、会いに行こうと思ってる」

「本当」茶髪の少女アルカの顔がぱっと輝いた。「そうか、それなら私も会いに行きたいな。私のこと、忘れていなければいいんだけど」

 むしろこっちが忘れていなければ問題ないな、とタイマは少し安心した。リューは昔から偏屈で、友人などほとんど作らないような人間であったので、場合によっては乗り気にならない二人を置いて、自分一人で行かなくてはならないかと覚悟していたのだ。ここにいないリューの名誉のために、そんな心配のことなどおくびにも出さなかったが。

「でも遠いぜ? それにリューの奴、今日じゅうに来いって。距離が距離だから、あいつの指示に従うとしたらすぐにでも出発しなければ間に合わない」

「構わないさ。時間のことを言うなら、少なくとも僕は今すぐ出発してもいいくらいだ。リューには僕も会いたい。現実世界の最新の情勢について誰かに聞いてみたいと丁度思っていたところだしね」

 タイマはわざとらしくため息をついてみせた。先程のメールの文面から察するに、そのような事柄については、リューに会った暁には嫌と言うほど教えてくれそうだ。

「まあ、そういうことなら。それで、アルカの方は?」

「ちょっと待ってね。私、ちょっと服を変えないと」

 言いながら、アルカはPDAを操作し始めた。ま、それはそうだな、とタイマは自分の白一色の船内服を見下ろし、それからPDAの服装変更のアプリを起動した。船内服に身を包んだ黒髪の青年、つまり現在の自分の姿が画面に表示される。画面をタッチするたびに、画面内、画面外両方の《Aスーツ》が同時にその姿を変えていく。

 Aスーツというのは現実世界、Pネットを問わず、世界人類の誰もがいつ何時においても着用している服のことだ。身体の首から上と手の平を除く全ての部分を覆っており、そのデザインは上記のようにPDAの操作によって自由自在に変化させることができる。また、現実世界においては人間の摂取した食物からエネルギーを吸い上げてPDAの充電にあてるという役目も担っていた。そのためPDAとは切っても離せない関係にあり、だからこそPネット、Dゲートと並んでAスーツはPDAの三要素と呼ばれている。

 閑話休題。

 ものの一分で、タイマ、アルカ、デイタの三者はそれぞれよそ行きの格好に変わっていた。まるでビニール袋を着ているかのようにも見えていた船内服は、今や影も形もない。タイマのAスーツの上半身部分は灰色のパーカーに、下半身部分は青色のオーソドックスなジーンズに変わっていた。アルカはふわっとした白いチュニックとロングスカート、デイタは青地にチェックの入ったセーターと黒いスラックスという服装に。三者三様に身なりを整えた彼らは、迷わず自らのコミュニティに背を向け、遠足にでも行くような調子で歩き出した。

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