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猫は死ぬ  作者: 和田好弘
其の壱 ボルトン農場
8/17

壱ノ六 男爵は敬慕する。


 マリアマリアはゆっくりと、足元に転がる遺体を踏まないように奥へと歩を進める。その後を、バルトロメが続く。


「なんというか、よくわからない状況ねぇ」

「よくわからない?」


 マリアマリアの呟きに、バルトロメが訊いた。


「うん。一見、無茶苦茶に見えるけれど、被害者の解体自体は丁寧に行われてるもの。いわゆる、狂人の仕業というわけではないわ。

 でも、まともな人間かというと、そんなこといえないでしょ、この有様を引き起こした奴が」


 マリアマリアの言葉に納得する。

 いったい、どういう神経、精神状態の人間ならば、このようなことができるのか?


 調理台の端に並べられた腕と脚。

 腕は十本。足は九本。

 ……一本足りない。

 いや、台所を取り仕切っていた女衆は、全部で七人と聞いた。

 とするならば、これは半端だ。

 ここまで丁寧にしているというのに。


 この調理台もいろいろとおかしい。

 恐らくは丸太を縦に切って造ったであろう、大きなまな板。そこだけが整然としていた。大きな肉切り包丁が置かれたまな板。

 だが、その周囲は割れた調味料の壺や、切りかけの野菜などが飛び散っている状況だ。調理道具も、床に転がっている有様。


 にも拘わらず、まな板の上だけが綺麗であるのだ。

 足元のバケツは転がり、中に放り込まれいた野菜くずなどの生ごみがこぼれている。

 どう見ても、後からまな板の上を片付けたとしか思えない。


 いつの間にか、臭いが気にならなくなっていた。

 臭いに慣れたのか、鼻が馬鹿になってしまったのか、それとも――


 竈の近くにまできて、マリアマリアはそれに気が付いた。

 壁に飛び散る血の跡。


「あぁ、ここで殺されたのね。うん、床が黒っぽいのは血を吸ったからかな」


 マリアマリアが足元を見て呟く。

 台所の床は、剥き出しの地面のままだ。


「犯人は、真っ先に食器棚を倒して、女たちの逃げ道を塞いだのでしょうか?」


 台所の導線を潰していた、入り口の食器棚の状態を思い出し、バルトロメが口にする。


「そうなのかな。抵抗しているうちに倒れた……っていうのは無いか。少なくともここに五人いたわけだし。武器になりそうな包丁なりすりこぎなりあるし。

 道を塞いで追い詰めたんだろうね」


 大テーブルの周りは、ふたりくらいなら余裕ですれ違える幅がある。だが戦闘を行うと考えると、この幅は狭いとしか云いようがない。


「逃げ場がないと悟って、決死の抵抗……にしてはなんか変な気がするんだよね。

 このあたりに香辛料とか飛び散ってるから、きっと壺を投げつけたりしたんだと思うけど。でも、ここで五人が殺されるほどのことがあったとしたら、もっと……こう、派手に荒れてると思うんだよね。みんなが一丸となって抵抗したわけじゃないのかな?」


 いや、抵抗できたか否か、は、もはやどうでもいいことだ。

 ここにいた料理女たちは、無残にも殺されてしまったのだから。

 呻くような声をあげると、マリアマリアは顔を顰めた。


 うーん、どうにも思考があっちこっちに跳ぶな。ちゃんと集中しないと。


 不意に、マリアマリアは、バルトロメがじっと自分を見つめていることに気が付いた。


「? 男爵様? なにかな?」


 マリアマリアが首を傾ぐ。


「いえ、本当にこういうことに慣れてらっしゃるんですね」

「ん? あ、あー。あはは。地獄の使徒はこういう仕事がほとんどだからね。もっとも独り立ちしてからだと、連続殺人犯粛清はこれが初めてになるけど。お母さんについて歩いてた時とあわせても、三回しかないか。まぁ、連続殺人鬼が、そんなポコポコいるもんじゃないしね」

「こういった事件が担当なんですか?」


 バルトロメが訊ねる。


「一応、役割分担的なものがあるのよ。【冥府の使徒】は不死の怪物討伐が主だった任務。あたしたち【地獄の使徒】は、こういった連続殺人犯とか、無為に輪廻を加速させる輩の粛清が主ね。もちろん、手の空いている時は不死の怪物の討伐をしてるけど。そして【奈落の使徒】は、普通じゃ手に負えないようなモノ、不死の王とか黄昏の支配者、魂狩りの悪魔の討伐が専門かな。もっとも、今は【奈落の使徒】は不在だけどね」

「不在? 確か、協会三賢者と称されるお三方は、それぞれのトップとなっていると聞いたことがありますが?」

「良く知ってるね。三賢者のことは聞いたことがあっても、なんの使徒かまでは知ってる人は少ないよ。【冥府の使徒】であり、あたしたち使徒のまとめ役、最初の【使徒】サーマ様。あたしの養母、【地獄の使徒】リア。そして【奈落】唯一の神である女神ナラカ様に選ばれし、【奈落の使徒】ナサニエル様の三人。

 でもナサニエル様は五年前に、ウィランで起きた不死の王襲撃事件の際に落命されたからね。いまは【奈落の使徒】は不在なのよ」


 そう云い、マリアマリアは胸元で印を結ぶと、短く祈る。ナサニエルが安らかに眠れるように。


「使徒様が命を落とされたのですか? 使徒様は不老不死にして不死身であるというのが、私たちの認識でしたが」

「あぁ、それでさっきあたしの歳を訊いたのね? うん、それも間違いじゃないけど、それはサーマ様とお母さんだけだよ。神様との契約で、後継者が見つかるまで、死ぬことができないの。『呪いみたいなものよ』って、サーマ様が云ってたっけ」


 うーん。男爵様、事件外の話題に食いつく感じね。さすがにこれはキツいか。

 まぁ、あたしも頭を抱えたくなるし。なんなのこれ?

 混乱と秩序が凄い嫌な形で組み合ってる。いずれかだけだったら、まだ納得もできるんだよ。

 でもここにはそれがない。絶妙に組み合ったその歪さが――



 ひ ど く き も ち わ る い。



 犯人はふたりいた? いえ、無理ね。どう考えても、イカレタ方が、秩序だった方を殺すとしか思えない。無秩序型の殺人鬼が、興奮状態で分別を保てるとは思えない。

 ならば、秩序的な犯人がイカレタ者に見せかけた?

 いえ、だったら、あんな整然としたことなどしやしない。手足を綺麗に並べ、臓物を溢さずに丁寧にバケツに納めるなんて。


 そもそも、そんな工作などする必要なんてないハズだ。

 これまでは、まるで芸術作品を作るかの如く振る舞っていたのだから。


 屈みこみ、足元に転がっている四体目の遺体を検分する。


 そして、今更ながらに気づく。

 外傷がない。内臓を掻きだすために、縦に切り裂いた腹の傷、そして手足と首の切断。 それ以外の外傷が一切無い。


 犯人はいったいどういう手口で被害者を殺害したのか?


 一刀の下に首を刎ねたのだろうか? いや、それ以外に思い浮かばない。

 なぜなら、これまでの傾向から、頭部が損傷するような攻撃は、最初の殺人以降は一切行われていないからだ。


 首を一刀で落とすというのは、かなりの腕前だ。

 最終的には対峙することになるのだ、こういう情報だけは確実に集めておかなくてはならない。

 返討ちに遭うなどという、間の抜けたことになるわけにはいかない。


 ふと、マリアマリアは屈んだまま振り返り、すぐ後ろにいるバルトロメを見上げた。

 男爵の目は、半ば死んだように虚ろになっていた。


「大丈夫? 男爵様」


 心配そうにバルトロメに訊く。


「その、使徒様はこの惨状が平気なので」


 その問いにマリアマリアは、う~ん……と考え込むと、こう答えた。


「平気、というのとはちょっと違うかな」


 マリアマリアは立ち上がると、台所全体を指し示すように左腕を広げる。


「確かにここは酷い有様よ。イカレタ殺人鬼が暴れたせいで、とっちらかってる。まさに混沌が吹き荒れたかのようにね。そして残虐な仕打ちを受けた被害者の遺体。

 あたしにだって思うところはあるわよ。いくら慣れてるとはいってもね。

 でも、彼女たちは憐れまれこそすれ、嫌悪されるようなものではないわ」


 そしてすぐ近くにあるふたつのバケツを指差す。入り口近くにあったバケツと同様に、赤黒く変色した臓物の入ったそれを。


「この酷い臭いの主な元凶はソレよ。この臭いに顔を顰め、気分を悪くするのは仕方がないと思うわ。でも、それはあたしたちのお腹の中にも入っているものよ。決して忌避するものでも嫌悪するものでもないわ。そうでしょう?」


 少女の言葉に、バルトロメはハッとした。

 少女の云ったこと、それはまさにその通りであった。

 忌避していたモノ。嫌悪を抱いていたモノ。それはそうすべきモノではなかったのだ。理不尽な暴力に殺された、被害者たちであるのだから。


 それを少女に自覚させられた途端、この台所が、それこそ瞬きする直前とはまるで違う景色に見えた。

 胸に生まれるのは、犯人に対する怒りと、被害者に対する憐憫。

 そしてその事実に、バルトロメは自分を恥じるしかなかった。


「使徒様……」

「はい?」

「心から、尊敬いたします」


 バルトロメの言葉に、マリアマリアは目を瞬いた。


「やめてよ。あたしは見た目通りのただの小娘なんだから。尊敬なんてされるような者じゃないわ」


 そう云いながらも、マリアマリアはほんの少し顔を赤らめた。



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