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猫は死ぬ  作者: 和田好弘
其の壱 ボルトン農場
5/17

壱ノ三 少女は確認する。


「フェルナンドさんって、まとも?」


 マリアマリアの問い。これは少女にとってとても重要なものだ。

 警吏。犯罪をとりしまる役人。

 だがその立場上、大抵はロクでもないことをしているのである。

 犯罪の見逃し、でっち上げ、賄賂賄賂賄賂。

 とにかく、やりたい放題のことができるのだ。


 そのため、ある意味人気の職ではあるが、大抵は嫌われ者となっている職だ。

 兵士は顔を少しばかり引き攣らせると、不安気に辺りを見回した。

 そしてマリアマリアの背にあわせて身を屈め、小声で質問に答えた。


「少なくとも、フェルナンド殿はまともです。ですがその上司はロクな噂を聞きません」

「あぁ、やっぱり? まったく、どこも腐敗してるわね。うん、どうもありがとう。知ってるのと知らないのとだと、対処するのに後手に回りそうだからね」

「対処、ですか?」

「うん。捜査の邪魔をするようなら、釘を刺さないと。ミラクスなら、女王様に通じるコネがあるから、それを使うことになるかなぁ。

 ま、自国の不正が払拭されるんだから、なにも問題ないよね」


 マリアマリアがにっこりとした笑みを浮かべた。


「使徒様は女王陛下と面識がおありなので?」

「直接はないよ。女王様の弟さんのところに、あたしの姉が嫁入りするのよ。その関係でね」

「おぉ、ではヴァルケット伯爵家にはちゃんと跡取りが。アイリーン様が王家に嫁がれ、ヴァルケット家がどうなるのかが、我々も関心があったのですよ。内乱じみたことになりはしないかと」


 兵士が安心したように云った。


「ちゃんとした跡取りってわけじゃないかな。イングラムさん……あ、女王様の弟さんね。イングラムさん養子なのよ。だから、代官という形でヴァルケット領を治めて、第三王子か王女様あたりが生まれたら、跡取りとして赴任……って、この言い回しはあってるのかな。まぁ、そうなって、正式な領主になるんじゃないかな」

「それは……変に利用しようとする輩が現れたりは――」

「あ、それは大丈夫だよ。イングラムさんに嫁ぐのは【使徒】だから。さすがにそれを利用しようとしたり、たばかろうなんて度胸のある人は、そうそういないよ」


 マリアマリアが断言する。


「それに、そんなことする輩を協会が許さないだろうしね。【使徒】は立場上、そういったことに手はださないけど、協会員のひとたちは……ねぇ」


 苦笑いをしつつ、協会員の人たちのことを思い浮かべる。なんというか、彼らはある意味過激なのだ。狂信者と云ってもいいかもしれない。

 【使徒】を詐称すれば神罰が降り、【使徒】をたばかろうとすれば、協会が全力をもってそれを叩き潰しにかかる。誰がこんな面倒臭い連中を食い物にしようとするのか。

 待っているものは破滅しかないというのに。


「ところで、そのイングラムという方は問題ないので?」

「大丈夫だよ。ミラクス救国の英雄さんだし。妙に無欲だし。ほら、しばらく前にあった魔神事件解決の立役者のひとりだよ。確か、爵位授与の話もあったんじゃないかな。それを考えたら、そのままイングラムさんが領主になっても問題ないかもね」


 マリアマリアの答えに、兵士の顔色が青く変わる。


「救国の英雄に魔神事件って、ま、まさか、【紅の狂戦士】、ですか?」

「そだよ。なんだ、知ってるんじゃない。大層な異名はついてるけど、普通に良い人だよ。領地運営にしても、前領主様に子供の頃から叩き込まれてるから、問題ないって云ってたし。領主様としては申し分ないでしょ。

 なにより、ちょっかいだそうっていう輩はよっぽどの馬鹿じゃなければでてこないよ。誰が英雄と使徒に喧嘩売るのさ」


 マリアマリアの言葉に、兵士は頷くしかない。いったい誰がそんなところにペテンを働こうというのか。

 ひとまず、跡目を狙っての御家騒動、内戦は回避できそうだと知り、兵士は胸をなでおろした。

 なにしろ、内戦になろうものなら、自分たちもその調停のために駆り出される可能性があるのだから。そんな名誉のかけらもないことで、自分の命は賭けたくないというものだ。




 マリアマリアがそのまま兵士と雑談をしていると、不意に背中をつつかれた。

見ると、ベルパローゼが農場の門の向こうを、頭で指示していた。


「あ、さっきの兵隊さんが戻って来た。後ろの人は誰だろ?」

「あれはバルトロメ卿ですね」


 ベルパローゼを撫でているマリアマリアに、兵士が答えた。

 短い黒髪をしっかりと撫でつけた、褐色の肌をした精悍な顔つきの青年。年の頃は二十歳前後といったところだろうか。治安維持隊の白い制服に、細剣(レイピア)を佩いでいる。いや、細剣ではなく、新月刀(シャムシール)のようだ。

 帯びている刀剣も珍しいが、なによりも七王国で東方人が爵位をもっていることが珍しい。


「おはようございます。サンベール領都ロンバルテス治安維持部隊隊長、バルトロメ・クアドラードです。遠いところおいでくださり、ありがとうございます、使徒様」


 バルトロメの挨拶に、マリアマリアはちょっと嬉しくなった。これまでは、年齢から最初から一人前として扱われたことがなかったのだ。未成年であるが故なのだが、それを自覚していても、面白くはない。


「おはようございます。地獄の使徒、マリアマリア・パンサレスです」


 マリアマリアの自己紹介に、バルトロメが僅かに目を見開いた。


「パンサレス? というと、リア様の……」

「あ、養女ですよ。母のことをご存じなのですか?」

「それはもちろん。協会三賢者のおひとりともなれば、その噂もいろいろと耳にしています」


 バルトロメの言葉に、マリアマリアは顔を強張らせた。


 う、噂、噂かぁ。お母さん、大丈夫よね? 自重してるよね?

 うん、とりあえず、気にしないでおこう。


「では、男爵様、現場への案内と、状況の説明をお願いします。それと、ざっくばらんな話し方にしていいですか?」

「えぇ、構いませんとも、使徒様」


 マリアマリアの爵位呼びに、バルトロメはちらりと兵士たちに視線を向けた。ふたりは顔を引き攣らせていた。

 やれやれ、困った部下たちだ。


「あぁ、ありがとう。話の分かる男爵様でよかったわ。畏まった喋り方だと、舌噛みそうになるのよ」


 胸の前で手を合わせ、マリアマリアがにこにことほほ笑んだ。


「あ、そうだ、誰かにベルパローゼの世話を……お水をあげて欲しいんだけど」

「私がやりましょう。水だけでよろしいのですか? 使徒様」


 先ほどまで雑談をしていた兵士が申し出た。


「うん。水だけで大丈夫だよ。

 それじゃベルパローゼ、兵隊さんについていくんだよ。あ、馬とかがいたら、不用意に近づいちゃだめだよ。後で林檎あげるから、いい子にしてるんだよ。

 兵隊さん、よろしくお願いします。できたら、背中の木箱を降ろしてもらえると助かるんだけど」

「お任せを。それじゃ、ついておいで」


 兵士が先導して歩く後を、ベルパローゼがのしのしとついていった。


「それじゃ、男爵様、お願いします」

「では、ご案内します」


 マリアマリアはバルトロメの後について、農場の門を潜った。


「あ、男爵様。今回のあたしの目的は聞いてるかな? 鎮魂の依頼で来たけれど、実際はここの事件の捜査なんだけれど」

「協会の方より聞いています。なんでも連続殺人犯の捜査とか。今回の農場の事件との関連があるのですか?」

「それは調べてみないと。でも、異常な状況なんでしょう? そういう事件は地獄の使徒の仕事になるから、私が派遣されたのよ」


 不穏なマリアマリアの言葉に、バルトロメが眉を顰める。


 殺人者への対処が専門?


「その、こういった事件が担当なのですか?」

「うん。………? あれ、どうかしたかな?」

「いえ。申し訳ありません。失礼を承知で質問させていただきます。使徒様はお幾つなので」

「へ、あたし? 今年で十歳だよ」


 目を瞬き、マリアマリアは首を傾げた。


「十歳……。その、こういった事件を扱うのには、いささか若すぎるのでは?」

「あー、それか。うん、あたしもそう思うよ。でも地獄の使徒は、あたしを含めても五人しかいないんだよね。本当は成人するまではお母さんについて仕事するハズだったんだけど、いま云ったように人手不足だから、無理を云って一人前扱いにしてもらったのよ。

 あたし、イレギュラーで五歳の時に女神様に魅入られて使徒に成っちゃった上に、お母さんの仕事について回ってたから、実力だけは一人前になっちゃったのよ。だから特に問題もなく、試験ひとつで許可をもらえたの」


 マリアマリアが、まるで世間話でもするかのように云った。

 その試験というのは、活屍(ゾンビ)化してしまった村をまるごとひとつ殲滅することであった。大人や老人はもとより、女子供、赤子に至るまで。


「いや、それでも、なんと申しますか、殺伐としすぎてやしませんか?」

「あはは。まぁ、使徒になっちゃうと、こういうことばっかりだからね。多分あたし、生きてる人より、死んでる人と会ったほうが多いだろうしねぇ」


 バルトロメは絶句した。

 とてもではないが、子供のするような生活ではない。

 未成年の間は、子供はほかの子供と伸び伸び遊ぶことも仕事だ。

 少なくとも、バルトロメはそう考えていた。

 それだけに、彼にはこの少女があまりに痛ましく思えてならない。


「それで男爵様、どういう状況なのかな」


 マリアマリアは訊かねばならないことを、バルトロメに問うた。


 それは、この農場で起きた殺人事件の概要。


 それこそが、少女にとってもっとも重要なことであった。



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