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猫は死ぬ  作者: 和田好弘
其の壱 ボルトン農場
3/17

壱ノ一 少女は眠る。


 雲一つない天上にふたつの月が浮かんでいた。その綺麗な輝きは、太陽にはとても及ばぬものの、懸命に地上を照らし出していた。

 銀色の月と、緑色の月。

 銀色の月には異名はなく、そこは単なる不毛の地と云われている。

 そして緑の月は、遥か南方にあるという巨大な島、竜たちが住まう【竜の楽園】。その島の名と同じ異名を持っている。曰く、あの月では竜たちが栄華を誇っているのだという。


 だがそんな月になど、人の身では、到底、至り、辿り着ける筈もない。


 そのふたつの月を望みし地上を、それはゆらゆらと揺れるように移動していた。

 夜も更けた時間。魔物どもが活発に活動を開始する時間。そんな夜中に、背に少女を乗せたソレは、見た目にはのんびりと、だが実際は馬の速歩(はやあし)程の速度で進んでいる。


 少女を乗せているそれは、いわゆる魔獣だ。分類上、正確には魔獣ではないのだが、そんなものは専門の学者か、魔術師でもなければわからない。

 それは【飛甲獣】という獣だ。外見上は亀――いや、鎧竜、もしくは鎧獣といったほうがいいだろうか。

 正面から見ると、その体躯に比して小さめな頭から順に、まるで黒曜石の板のように硬質化した皮膚が尻尾に向かって並んでいる。そんな形状のため、外見上は四角い甲羅の平たい亀を思わせる。

 背に合わせるかのように平たくなっている前頭部には、逆三角形の形に、親指ほどの長さの角のが三本生えている。そして尻尾は蜥蜴のソレに酷似しており、その先端は、まるで槍の如く鋭く、硬い。


 その背に専用の鞍を乗せ、少女はそこに足を投げ出しぺたんと座っていた。

 ぺたんと座り、自分の背丈よりも長い戦槌を抱えて熟睡していた。落下しないように、飛甲獣に括りつけた荷物である木箱にロープを回し、自身の躰にしっかりと結び付けていた。

 少女の年の頃は十歳くらいだろうか。淡い金髪を三つ編みおさげにした、そばかすのとんだ白い顔。白い短衣に白いズボン、そしてフード付きの白い外套。短衣とズボンは簡素なものだが、外套は装飾のしてある見事なものだった。


 本来、速歩程の速度で移動などすれば、正面からの風で体温を奪われ、とてもじゃないが眠ってなどいられない。だがそのことをわかっていた少女は、自分の目の前に魔法で障壁を作っていた。抵抗を軽減するため、風が周囲を流れるよう、ドーム状に工夫して。

 それにより快適な場所となった飛甲獣の背で、少女は熟睡しているのである。

 このことからも、少女の技量の高さが伺える。普通、熟睡した状態での魔法の維持などできやしないのだ。


 なんでそんな状態で寝ているんだ? などと問えば、少女はこう答えるだろう。


 なんでって、夜は寝るものよ。そうでしょ? と。


 少女の目的地は、ミラクス王国は南西部にある農場。南西部とはいっても、国土的にはほぼ最西部中央よりやや下あたりとなる。


 ミラクス王国は大陸西方七王国のなかでは二番目に広い国土を誇っているが、その国土の約四割、南部には誰も住んではいない。というより、住めない地だ。

 約二千六百年前のこと、ここで神々が大規模な戦いを行い、五柱の混沌の神が斃れたのだ。

 その時に使われた神の御業の影響で、ほんの十数年前まで、雑草すら生えない不毛の地であったのだ。

 もちろん、いかな生物であれど、生息することはできなかった。


 だがいまでは、少なくとも草が生え、かつての不毛の地は大草原となっていた。

 とはいえ、神の斃れた地、神ウィルヴィアードが女神クァーファスラマーシャを殺すために放った破壊の奇跡の爆心地は、いまもってなお草すら生えてはいない。

 一説には、斃された女神の怨念がこもっているからだとも云われている。


 大いなる平原。そう呼ばれるようになった、かつての不毛地帯との境界近くにあるボルトン農場は、ミラクスで最高のハムを生産するとして有名な農場であった。


 少女の下に知らせが届いたのは昨日の夕刻。少女はある任務についていた。本来なら、成人するまで単独で任務に就くことはない。だが少女の強い要望と、折からの人手不足、そしてなによりも、少女の実力が既に一人前以上に達していたことより、特例として単独で任務遂行の許可が下りたのだ。まだ十歳であるにも関わらず。


 そして此度の任務は、単独行動を許されてから三つ目の案件。先のふたつ、活屍(ゾンビ)化した野犬の群れの殲滅や下級吸血鬼(マイナーヴァンパイア)討伐とは明らかに違うもので、すでに半年以上捜査しているものの、まともな手掛かりがない状況であった。


 連続猟奇殺人。この犯人の捕縛、もしくは殺害が今回の任務。そして、それに関係する可能性有る事件発生の報を受け、少女は王都を慌てて飛び出したのだ。出来うる限り迅速に、必要な準備を済ませると飛甲獣に乗って。それから休みなく進み続けているが、いまだ目的地にはついていない。ミラクス王都からボルトン農場までの距離は、およそ三十リリッド(一リリッド≒四キロメートル)。ボルトン農場に到着するのは、夜明け頃になるだろう。


◇     ◆     ◇


 あくびを噛み殺しつつ、農場入り口となっている門の前で、ふたりの兵士が番をしていた。

 ボルトン農場についたのは夜明け前。部隊を編成し、ロンバルテスの町を真夜中に発つ強行軍でであった。


 夕刻に突然もたらされた凶報に、町の治安維持隊はまさに蜂の巣をつついたような騒ぎになったのだ。なぜなら、それまでに起こったことのあるどんな事件よりも異常で、凶悪であったのだから。

 魔物の群れの襲撃による壊滅。というのなら、これまでにもなかったわけではない。そういった事件であれば、ここまでの騒ぎにはならない。粛々と討伐隊を編成し、魔物どもを駆逐するだけなのだから。

 それだけに、今回の性急な編成に出発は異常であり、それは兵士たちをそこはかとなく不安にさせていた。


 そしてこのふたりの兵士は、一応、門の番という形で、農場の出入りを管理すべく立っているわけだが、果たしてそれが妥当であるかは疑問ではあった。

 ボルトン農場は、農場の門という形で出入り口は作られてはいるが、農場自体は柵などで囲われているわけではない。場所柄、害獣となる獣が極端に少ない地域なのだ。なので、出入りしようと思えば、どこからでも入れるのである。


 とはいえ、事件現場である農場内に入らずに済んだことは、幸運ではなかったのか? ともふたりは考えていた。現場検証と捜査の為に入っていった仲間たちが異様に静かだ。いつもは不謹慎ともいえるほど、騒々しい連中であるのに。

 農場が気にはなるが、いまは自分たちに任された仕事をするだけだ。


 まぁ、ただ突っ立っているだけに近いのではあるが。


 空が白み始め、闇が少しずつ薄れ恥はじめた頃、兵士のひとりがそれに気が付いた。

 街道をなにか黒いものが、ゆらゆらと揺れながら進んでくる。

 町から農場までをつなぐ、草を刈られ踏み固められただけの道。そこをその生物はきちんと辿るように進んでいる。ふよふよと浮かびながら。


「……なぁ、見えるか?」


 髭面の兵士が、相方に尋ねた。


「あぁ、なんだあれ?」

「ば、化け物?」


 ふたりは緊張に震え、手の槍を強く握りしめた。

 影が近づいてくる。遂に陽が彼方の山脈の稜線に姿を現し、その影の異形を露わにした。

 まだ幼く見える少女を乗せた、巨大な黒い……亀? に似て非なる変な生き物。

 それも、ふよふよと宙に浮かんでいる。

 やがてそれは、はっきりと視認できる距離にまでやってきた。

 そして兵士の姿に気付いたのが、その速度をゆるめた。


「な、なぁ、あれ、女の子だよな」

「捕まってる……わけじゃないよなぁ。後ろのアレ、荷物だろ?」


 再びふたりは顔を見合わせた。


 え? なんなの? アレ。


 そして遂にふたりの目の前にまで到達した、その巨大な亀のようにも見える魔獣? は、そこで止まると、その小さな頭を下げるような仕草をした。

 ふたりの兵士はその様子にぽかんとしていた。


 そして魔獣は再び進みだす。


「ちょ、待て、待て待て待て。いまこの農場は閉鎖中だ! 立ち入りは禁止されている!」

「ふえふぁ!?」


 兵士が慌てて大声で魔獣を呼び止めた。するとその大声に驚いたのか、頓狂な声をあげて、背で熟睡していた少女が目を覚ました。



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