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猫は死ぬ  作者: 和田好弘
其の弐 ロンバルテス
16/17

弐ノ三 少女は確認する。


 エルヴィラは上機嫌でマリアマリアの髪を梳いていた。先ほどまでの絶望に満ち満ちていた顔はどこにもない。

 マリアマリアはほっと安堵していた。


『面倒なことになったら、なんでもいいから仕事を頼みなさいな』


 マリアマリアが思い出したのは、母親が云っていたありがたい言葉。

 またおかしなことを云いだした。と、聞いた当時は思っていたのに、まさがそれが事実であると思い知るとは思ってもいなかった。


 これからは気を付けないと。


 マリアマリアは肝にしっかりと銘じていた。

 とはいえ、エルヴィラのように極端な人物は、そこまでは多くはない。


「あ、そうだ!」


 肝心なことを思い出し、マリアマリアが声をあげた。


「どうなさいましたか? マリアマリア様」

「頼みたいことがあるんだけど、いいかな」

「なんなりと」


 エルヴィラの言葉を受け、マリアマリアは真っ新な羊皮紙を荷物から取り出すと、自身の記憶をそこに転写した。

 羊皮紙に映し出されるのは、ボルトン農場で殺されていた身元不明の得体の知れない男の顔。

 だが羊皮紙にはマリアマリアが見た傷だらけのものではなく、傷の一切ない顔が描かれていた。


「この男の身元を調べて欲しいの。すでに死亡しているけれど、連続殺人事件に関わりある人物なのよ」

「かしこまりました。お任せください」


 羊皮紙を受け取り、エルヴィラが自信たっぷりに請け負った。


「それと、この近くに【成りあがり】がいるみたい。確認はできていないけれど、劣化吸血鬼がいたわ。私はそっちまで手が回りそうがないから、誰か手隙の【使徒】に連絡して」

「劣化吸血鬼ですか?」

「えぇ。ボルトン農場から戻る途中で始末したわ。ここからはそれなりに離れた場所だけれど、警戒しておいたほうがいいかもしれないわね。」

「わかりました。こちらも合わせ、各支部に連絡します。

 私からもマリアマリア様に連絡がございます。本日正午過ぎに、バルトロメ卿が参られます。なんでも、ボルトン殿がマリアマリア様に是非にお礼をいいたいとのことです」


 エルヴィラの言葉を聞き、マリアマリアは憂鬱になった。

 遺族に会うことはいつも気が重くなる。家族の死を悼み、かけらもその悲嘆から立ち直れていない者から礼を云われても、無力感しか感じないからだ。

 だが、会わないわけにもいかない。

 彼らにとっては、きちんと死者が弔われたことは、唯一の救いでもあるのだから。


「わかりました。正午までにはきちんと準備を整えます。ありがとう」


 マリアマリがそういうと、すっかり朝食の片付いた食器を載せた盆を手にエルヴィラは一礼して食堂から出ていった。すでにマリアマリアの髪はいつもの三つ編みに結い終わっていた。


 さて、正午までにはまだ少し時間がある。昨日の報告書を仕上げてしまおう。二枚作って、一枚はフェルナンドさんに渡さないといけないしね。


 マリアマリアは資料の類をひとまず片付けると、再び食堂の片隅で仕事を始めた。


 ◇ ◆ ◇


「あんまりよく眠れなかったみたいね」


 正午。フェルナンドを伴い現れたバルトロメに、マリアマリアが云った。

 ふたりは身なりに関してはしゃんとしていたが、その表情には疲れが現れていた。


「部下たちのシフトの変更など、いろいろと面倒でしてね。

 それよりもマリアマリア様、重要なことがひとつ分かりました」


 一瞬、苦笑しつつも、すぐに真面目な様子でバルトロメが云った。


「重要なこと?」

「えぇ、行方不明だったふたり。エレンとアレンの所在がわかりました」


 その言葉にマリアマリアは大きく目を見開いた。

 事件の生存者。

 これまでは誰一人として生き延びることができなかったのに、それがふたりも!

 これで事件解決への道が大きく進むかもしれない。

 そう思い、マリアマリアはバルトロメに食いついた。


「どこ!? そのふたりはどこにいるの!?」

「使徒様、落ち着いてください」

「マリアマリア様、ふたりはどこにも逃げたりはしません。落ち着いてください」


 フェルナンドとバルトロメが今にもどこかにすっとんでいきそうなマリアマリアを宥めた。


「そうはいっても、初めての生存者よ! 犯人の手がかりよ! それに、確認しなくちゃならないことがあるのよ!」


 半ばその可能性を捨てた推理。憑依型怨霊により続けられている殺人。例えどんなに可能性が低くとも、それを確認せねばならない。

 例え憑依していたとしても、怨霊は【使徒】の目から逃れることなどできない。


 そう、一目見ることさえできればいいのだ。

 【使徒】の目から逃れられる怨霊は存在しないのだから。


「落ち着いてください使徒様」

「エレンとアレンは、ここにいます」


 バルトロメの言葉に、マリアマリアはピタリと動きを止めた。


「……ここ?」

「はい。昨晩戻った後、ロンバルテスの医療施設や薬師に片っ端から当たったのですよ。

 すると一昨日の夜遅くに、ここ協会医療施設にふたり共意識のない状態で運び込まれたそうです。エレンは高熱を、アレンは頭部に強い打撃を受けていたと聞いています」


 マリアマリアは額に手を当て、顔を顰めた。

 まさか灯台下暗しであったとは。


「ふたりは大丈夫なの?」

「問題はないようです。アレンはいまだ意識が回復しないようですが、エレンは先ほど意識が戻ったそうです」


 あぁ、なるほど。だからフェルナンドさんがいるのか。

 聞き込み……事情聴取ってことね。


「そういうわけですので、マリアマリア様。ボルトンのところへ行く前に、エレンの事情聴取を行おうと思うのですが、同席はなされますか?」

「うーん。私はいいわ。この見てくれだもの、返っておかしなことになりそうだし。あ、でも、事情聴取の結果は教えてね」


 マリアマリアがバルトロメに答える。

 実際、マリアマリアが同席したところで、聞くことは同じなのだ。それに、マリアマリアにとって重要なのは、エレンとアレンの視ること。それだけである以上、同席することもない。


 マリアマリアはふたりの後について、治療院の二階へと移動した。ここには容易に動かす訳にはいかない、重傷者が収容されている。

 面会のためには、彼ら、重傷者たちを担当している治療師の許可が必要となる。エレンを担当しているのは女治療師のノエリア。癖のある黒髪と緑色の目が印象的だ。


 ノエリアはエレンへの事情聴取に対して難色を示した。


「エレンへの面会は認められません。まだ意識を取り戻したばかりなのです。そのような無理をさせるわけにはいきません」


 そういってノエリアはマリアマリアを睨みつけた。


「たとえそれが使徒様の要望であったとしてもです」

「私? んー、まぁ、ダメっていうなら、ダメでいいよ。ただ、彼女の姿だけは見させてもらうよ。最低限、それだけはやっておかないといけないから」

「使徒様!? 犯人の情報は最優先です。このままヤツの跳梁を許すのですか!?」


 フェルナンドが声を上げた。

 そしてマリアマリアに意外な反応をされたノエリアは、戸惑ったような表情を浮かべていた。


「彼女への事情聴取は非常に重要なことだけれど、私は無理を通すつもりはないよ。あなたのいうことももっともだからね。だから、この選択の結果、どういうことになったとしても、その責任は私が持つから問題ないよ」


 さすがにマリアマリアの言葉を不穏に感じたのか、ノエリアがその責任とはどういう意味なのかを訊ねた。


「ん? いまフェルナンドさんが云ったじゃない。犯人を野放しにするのかって」


 答え、マリアマリアはしっかりとノエリアを見つめた。


「あなたはひとりを救うためなら百人を殺す事も是とするけれど、我々【使徒】は百人を救うためになら、必要とあらば十人や二十人は平気で見殺しにするし、殺しもする。要は、どちらを正しいと見るかだけの違いよ。

 そして、私はあなたの選択にとやかくいうつもりはない。その結果、さらに被害者がでたのなら、それはみすみす救うための機会を放棄した私に責任がある。ただそれだけのことよ。理解した?」


 淡々というマリアマリアのノエリアはたじろいだ。たじろぎ、ついいまの今まで、出て行けと命じていたバルトロメとフェルナンドに助けを求めるように視線を向けた。

 だが、彼らが彼女を救うようなことを云うわけがない。


「それじゃエレンとアレンの所に案内して。彼らの姿だけは確認させてもらう。話す訳じゃないし、遠目からでも見ることができればいいんだから、問題ないわよね?」


 そういってマリアマリアは、年相応の笑みを浮かべて見せた。




 結局のところ、事情聴取に関してはノエリアが折れた。ただし、聴取には自分も同席するという条件付きで。


 病室へと着き、ノエリアが扉を開けた。そしてフェルナンド、バルトロメと入室する。だがマリアマリアは部屋に入らず、ベッドに身を起こしている少女をじっと見つめていた。


「使徒様?」

「ん? あぁ、私は入らないよ。もう十分だから。ありがとう」


 扉を開けたまま、マリアマリアが入室するのを待っていたノエリアは驚いた顔をしていた。

 まさか、この少女が事情聴取に立ち会わないとは思ってもいなかったのだ。


 そして廊下に少女を残し、扉は閉まる。


 やれやれ、まさか協会内に【使徒】否定派の人間がいるとは思わなかったな。治療技術だけ欲しくて協会に入ったのだから、強かといえば強かだけど、そのまま居座る肝の太さはただふてぶてしいだけね。

 エルヴィラあたりに露見したら殺されるんじゃないかしら。


 そんなことを思いつつ、通りがかった治療師見習いの娘を捕まえた。


「アレン君ですか? 面会謝絶なんですが……」


 見習いの娘、オリヴィアはマリアマリアに恐縮しながらも答えた。


「あぁ、面会するんじゃないの。入り口あたりからで構わないから、ちょっと姿を見たいのよ」

「姿を……ですか?」

「変な霊にとり憑かれてないか確認したいのよ」


 そういうと、オリヴィアはあからさまに顔を引き攣らせた。


 アレンの病室は、エレンの病室の隣であった。オリヴィアが扉を開け、マリアマリアは部屋の中を覗き込んだ。


 窓際に置かれたベッド。そこに頭に包帯を巻きつけられた少年が横たわっていた。


 じっと、マリアマリアが見つめる。


 ややあって、マリアマリアは覗き込むのを止め、扉を閉めた。


「あ、あの、アレン君は大丈夫でしょうか?」

「うん。問題ないよ。憑かれてはいないよ。彼の回復は、あとはあなたたちに掛かっているわね。がんばって」


 マリアマリアが激励すると、オリヴィアは頑張りますと、元気よく返事をして仕事に戻っていった。


 ……ふむ。ふたりとも異常なし。憑りつかれてはいないわね。

 うーん、憑依型の怨霊の類による犯行の線は消えたと思っていいかな。

 となると、エレンさんの証言頼みか。


 マリアマリアはため息をついた。


 せっかくここまで追いついたというのに、捕らえるまでのあと少しがとても遠く感じる。


 マリアマリアは手を握り締めると、ギシリと歯を軋ませた。



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