表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猫は死ぬ  作者: 和田好弘
其の弐 ロンバルテス
14/17

弐ノ一 少女は推理する。


「むぅ……」


 マリアマリアは目の間に所狭しと広げられた資料を睨みつけながら、呻いていた。

 傍らには半ば放置された朝食。皿には半分齧られたバラオーナパンと目玉焼き、二本のソーセージ。そして茹でたパドラケル芋にキャベツが三枚。

 左手に握られたフォークには、三分の一ほど齧られたソーセージが突き刺さっている。

 時刻は正午に差し掛かろうというところ。


 マリアマリアは明け方にロンバルテスの協会に到着し、つい先ほどまで眠っていたのだ。夕べの死霊討伐後、眼が冴えてしまい、ロンバルテスに到着するまでずっと起きていたというのも原因だ。齢十歳が夜更かしをするのは無理だ。


 広いテーブルに並べられた資料。それはこれまでに起きた殺人事件に関してのモノ。それこそ最初の事件と思われる、リンスベルド郊外で起きた錬金術師殺害から、つい昨日調査したボルトン農場までの十数件に関してだ。


 寝起きの一切整えていないバサバサな髪を鬱陶しそうに払いつつ、何度も目を通したはずの資料を読み返していく。

 そして最新の資料である、ボルトン農場での事件に至る。


 ひとまず、犯人の移動経路を確認する。これは、被害者の殺害順から推測することができる。被害者の殺害された順番。これは、昨日マリアマリアが術により確認している。明確な時刻まではわからないものの、殺害された順番程度には時系列を確認できるのだ。まさに生と死を司る神々の代行者たる【使徒】であればこそである。


 まず犯人は鍛冶屋のゴルドン(ボルトンの叔父)を殺害。その後真っすぐ台所へと向かっている。そこで正体不明の男が殺され、次いで料理女たち五人が殺されている。ここで疑問となることがある。まず、正体不明の男。恐らくは、料理女たちに殺害されたと思われる。ということは、犯人と共に行動していたのだろうか。


 肉盾にでもされたのかな?


 マリアマリアがそんなことを一瞬思うが、すぐに顔を顰め否定する。

 いやいや、豚の解体とかならともかく、盾にされてる人を包丁で滅多刺しはさすがにないわね。それが犯人だったなら別だけど。


 ……こいつ、犯人のひとりってことなのかな? ということは、犯人は複数人いるっていうこと?


 首を傾げる。


 いや、あり得ないってなかば結論がでたじゃない。

 まぁ、いいわ。ひとまず疑問点①としておこう。


 そしてもうひとつのおかしな点。料理女たちの筆頭であるエミリアである。彼女は農場の広場のほぼ中央で、胸を一刺しにされて死んでいたのだ。それも血塗れで。そしてこれが、台所の次に起こされた殺人だ。


 なんであんなところで死んでたんだろ。別の場所で殺されて運ばれた? ……なんであんな目立つ場所に遺棄したのか、さっぱり理由がわからないわね。だいたい、首を切られていない時点でおかしい。


 苦虫を噛み潰したような顔で、すっかり冷めたソーセージを齧る。これでフォークに刺さっているソーセージの残りは三分の一。


 首が落とされていない時点でおかしいとか思ってる時点で、あたしもだいぶんおかしな感覚になってるわね。まったく忌々しい。

 これが疑問点②。考えてもわからないから保留。


 ここから、再び鍛冶場へ戻り、鍛冶場に隣接する農夫たちの各部屋を回り、それぞれを殺害。その次に母屋へと向かい、そこで寝泊まりしている農夫家族たちを殺害。最後に、厩へとまわり、ハム作り名人のアントニーを殺害。


 ……アントニーさんの殺害もおかしいのよね。フォークで一突きはいいとして、やっぱり首を切り落とされていない。そもそも、なんで厩にいたのか?

 それに、手に持ってた牛刀。どうみても犯行に使われた凶器なんだよね。


 これが疑問点③だ。


 馬と話でもできたら、犯人について聞けたのかなぁ。

 ……あぁ、そういや、動物と話をしても、理知的な会話は難しいとか、お母さん云ってたな。


 マリアマリアは養母であるリアのことを思い出した。リアは戦神の一柱である獣神様の眷属である妍族、その一部族である爪族の語り部であった者だ。獣神の眷属ということもあり、リアは動物とも意思疎通することができるが、自分たちにとって有用なことを彼らから得ることは、まず無理だと云っていた。


 ……そういや獣神様の眷属なのに、夜魔王様の使徒になったりして大丈夫なのかな。


 いまさらながらにそのことに思い当たり、マリアマリアは首を傾げた。


 まぁいいや、今度会ったら聞いてみよう。それよりもこっち。


 これらの殺人後、犯人は台所へと戻り解体作業、並びに調理をしたと思われる。


 ……あれ? ちょっと待ってよ。そうなると、あの男の死体の場所がおかしい。

 なんで食糧庫に運んだんだろ?


 料理女たちは台所で殺されてる。食糧庫が荒れていないから、これは確実。ということは、あの男は台所で、料理女たちに殺されたと見るべきだろう。

 恐らくは、殺したのはエミリアだろう。そうでなければ、あの血塗れの姿は説明がつかない。胸を突かれたことによる出血だけでは、あそこまで血塗れにはなりはしまい。


 疑問点は次の通りだ。


 ①犯人は複数人いる?

 ②エミリアは何故、広場中央で死んでいたのか?

 ③アントニーは何故、凶器を持ち厩で死んでいたのか。


 ①は置くとして。②。遺体が遺棄されたのではないならば、エミリアは自らあそこにいたということだ。つまり犯人を退けたということ。あの正体不明の男を殺害後、犯人の後を追い、あの場で返討ちにあった?


 うーん、こう考えるのが自然かなぁ。でもそうなると――


 ③がわけがわからない。アントニーが犯人に殺されたのだとして、なぜ首が無事なのか。なぜ凶器をアントニーが手にしていたのか?


 ……いやな予想が頭を過る。


 犯人は【人】じゃない?


 昨日、浄化した死霊共を思い出す。

 死霊は互いを喰らいあい、寄り固まり、怨霊と化する。

 怨霊となったものは人に取り憑き、支配し、周囲を呪い祟る。

 だがその怨霊が特異個体で、呪い祟るのではなく、殺人を繰り返しているのではないのか?


 ううん、これもちょっとおかしいわね。だったらあの『実験』の文字はなんなのよ。


 いくら特異体だからって、そんなおかしなことをするようにはならない。

 死霊にしろ、怨霊にしろ、基本的に恨み、憎みに支配された存在であり、そんな妙な方向に知性的な行動をとることはあり得ないのだ。

 成るとしたら、無秩序型の殺人鬼が精々だろう。でなければ、従来の怨霊のように、取り憑いた対象の日々の行動をなぞりながら生活し、周囲を呪い祟るだけだ。


 だいたい、魂が抜けてるから、死霊怨霊が身を隠しつつ連続殺人とかできるわけがないんだよね。良くて『呆けた人』程度にしかなれないから。むぅ。でも取り憑かれて事件を起こし続けてるって考えれば、しっくりするんだけど。


 幽霊の類なら出来そうな気もするけど。そもそも幽霊って、未練があるだけで、周囲を呪い祟ったりしないからなぁ。基本的に無害だし。慣れてない人は怖がるけど。

 ってことは、人殺しが大好きな人間の幽霊? 殺人は趣味です的な?

 なんだその特異個体。


 誰にも知られずに殺人を続け、それを誰にも知られずに死に幽霊になった。

 でもなければ説明がつかない。だがそんな存在はあり得ない。

 なぜなら、連続殺人者が現れたら、神より神託があるのだから。

 輪廻を無作為に加速化する者を始末せよ。と。


 今回の事件捜査も、犯人を殺せって神託があったからだしねぇ。


 だが、憑依された者が殺人を犯していると考えるとしっくりくる。

 必ずひとり、連れ去っていることも説明がつく。

 連れ去られた者=憑依された者。ということなのだから。


 やっぱりヒントはこれにあるのかなぁ。


 目を向けるのは、テーブルの端に置いてある分厚い資料。

 一度ざっと目を通し、そこに書いてあることに気分が悪くなり、養母親に丸投げした代物だ。多分、もうこの資料の写しは、養母母の手元に届いているハズだ。


 それは、最初の被害者であると思われる、アロンゾ・ガルバーニの遺したもの。


 彼が行ってきた生命創造に関する研究記録と実験記録だ。

 だが記されていることは、まるで人為的に魂を発生させるような実験。

 これは【使徒】であるマリアマリアたちの存在とは、まったく相容れない代物。

 魂は無から発生することはある。それは【世界】そのものが望んだからに他ならない。それ以外では、龍神ティアマトのみが魂を持った生命創造を【世界】に許されている。


 もっともそのティアマトは、第四次神々の戦の折り、異世界の竜神に支配され、厄介な魔物を大量に世界に生み出すということをしたのだが。


 おかげで世界は、数々の新種の怪物の存在により、神々の戦終結後も混乱がつづいている。

 そういえば、人々が思い描いている通りの一角獣(ユニコーン)も、戦の最中に生み出されたんだっけ? 角の生えた白馬。本当の一角獣って、鹿の頭に馬の躰、象の蹄? だからねぇ。

 マリアマリアは以前、母親の故郷で保護されている、大型の一角獣を思い出していた。


 って、逃避してどうするのよ。


 首を振り、おかしな方向に向かった思考を振り払う。そして忌々しいアロンゾのグリモワールを睨みつけた。


 くそぅ、ついにこいつを熟読しなくちゃなんないのか。前にざっと見た限りだと、ムカつく内容しかなかったと思うんだけど。


 マリアマリアはため息をつくと、分厚い、大雑把に紐で閉じられただけの書物を引き寄せ、ページを開いた。


 少女の朝食が減る気配は、まったくない。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ