壱ノ八 魂は還る。
被害者たちの遺体は、母屋前の広場に集められていた。
身元は確認済み。
ただ、その確認作業は、最悪の結果をもたらしてしまった。
身元確認の為にロンバルテスから来た農夫は、料理女のひとりであるロレーナと恋仲にあったらしい。近く、ロンバルテス郊外に農地を買い、独立し、ロレーナと所帯をもつ予定であったとのこと。
マリアマリアは、もっとも損壊の激しかった料理女の遺体は、身元確認をさせないつもりであった。なに、ひとりだけなのだ。ほかの遺体の身元が確認できれば、問題ないし、最悪でも、特徴を聞きだせばなんとかなる。
だが悪いことは重なるものだ。
よりにもよって、その遺体の彼女が彼の恋人、ロレーナであったのだ。
マリアマリアは諭すように説明した。半ば錯乱したような青年に、話を聞いてもらえるように何度も【鎮静】の魔法を掛けながら。
彼女の遺体は、酷い状態であると。会わない方良いと。そして、彼女のそんな姿を、あなたには見られたくないだろうと。
マリアマリアは辛抱強く、男爵と一緒に何度も説明し、説得した。
もしここで彼女の遺体を見てしまったら、彼の記憶の彼女の姿は上書きされる。なにも、この無残にも哀れな姿を記憶に遺す必要はないのだ。
だが、彼は儀式の準備に追われる皆の隙を見計らって、恋人の亡骸を確認してしまった。
彼は、恋人のあまりな姿に声も無く泣き崩れた。
今は兵士に付き添われ、馬車で休んでいる。いま彼をひとりにしておくことは、とてもではないが、良いこととは思えなかった。
今回の殺人での被害者総数は四十三人。内、五体満足な遺体はわずかに三体だけ。
料理女筆頭のエミリア。彼女はこの広場の中央で、胸を刃物で一刺しにされ死亡。
ハム作りの名人アントニー。彼は厩で、ピッチフォークで胸を刺され死亡。
身元不明の男。台所(遺体は食糧庫隅)で滅多刺しにされて死亡。
この身元不明の男が、犯人によって連れ去られた人物であろう。だがなぜ滅多刺しで殺されていたのか? 犯人の手口とはかけ離れた殺害方法だ。
マリアマリアは不審に思っていたが、考察は後回しにし、簡易でありながら葬儀と鎮魂の儀を行う準備を進めた。
ここまで遺体の数が多いと、単に火を焚いて荼毘に付すには数日掛かってしまう。だが、そんなに時間を掛ける訳もいかないため、今回は魔法を使い、一気に終わらせることとなった。とはいっても、それでも数時間は掛かる上に、術者となるマリアマリアは炎に付きっ切りにならなくてはならない。
その間に兵士たちが協力して、被害者の遺骨を納めるための塚を造る。塚と云っても立派なものではなく、ただ穴を掘るだけだ。そしてその上に慰霊碑とするための石の準備をしなくてはならない。幸い、農地拡張の際に撤去したと思われる、大きさ的にも申し分ない石が放置されていたので、それを使うこととなった。
この石もマリアマリアが神に祈りを捧げることで、慰霊碑となる。
問題はかなりの重量であるため、屈強な兵士たちでもかなりの重労働となることが予想された。
ベルパローゼにも手伝ってもらおう。マリアマリアはそう決めた。
薪が並べられ、その上に遺体が載せられる。
全員の遺体が並べられ、その前に兵士たちが整列する。
その最前列にひとり立ち、マリアマリアが祈りを捧げ、そして組まれた薪に、火のついた松明をくべる。
油を染み込ませた薪は、たちまちのうちに燃え上がった。
そこへ、マリアマリアが祈りを捧げ、炎を浄化の炎へと変質させる。
【使徒】の使う【聖炎】の奇跡。
オレンジ色に燃え盛っていた炎が、青白い色へと変わる。
既に陽は傾き、空は茜色に染まっていた。
その空を突き上げるように伸びる青白い炎の中から、ポツリポツリと金色の光の粒子が顕れ、それに合わせ、握りこぶし大の半透明な球体が光とともに天へと昇っていく。
マリアマリアは、炎の前で両膝をつき、手を組み、一心に祈りを捧げていた。
その光景は酷く幻想的で、そして物悲しかった。
儀式後、兵士たちは協力して穴を掘り、慰霊碑とする石をベルパローゼと共に運び、そこに突き立てた。
いまだ炎は燃えている。遺体が灰となるまで、まだ時間かかるのだ。
もうすぐ完全に陽が落ちる。真っ暗になる前に、塚の準備は済ませてしまいたい。
すっかり陽が落ち、ふたつの月がすっかり登り切ったころに、炎が消えた。
灰となった被害者たちを、ひとりひとり丁寧に名前の記された壺へと詰め、しっかりと封をする。それらの壺をすべて塚へと埋める。
壺そのものは素焼きすらしていない簡素なものだ。この塚に埋められた遺灰は、いずれ土へと還ることとなるだろう。
最後に、マリアマリアが塚に祈りをささげる。
慰霊碑代わりに建てた、大人の背丈ほどの石がボウっと青白く一瞬輝くと、その光が塚全体に広がった。
光は、マリアマリアが祈りを終えると、ゆっくりと消えていった。
ふぅー。
大きくひとつ息をつくと、少女は居並ぶ兵士たちに向き直り、ゆっくりと一礼する。
「ありがとうございます。儀式はつつがなく終了しました。ご苦労様でした」
少女のその言葉に、兵士たちは慌てて礼を返した。
「使徒様、この後は?」
「うん、私はロンバルテスの協会に行くよ。今回の資料をまとめて、ヤツを追わないといけないし」
「では、私たちと一緒に参りましょう」
男爵の言葉に、マリアマリアは目を瞬いた。
「え、大丈夫なの? 聞いたところ、徹夜だったんでしょ?」
「ここでの仕事は終わりましたからね。我々もできるだけ早く戻らなねばなりません。結構な人数を割いて、こちらに来ましたからね」
そういって男爵が、帰り支度を始めている兵士たちに、ちらりと視線を向けた。
兵士たちは妙にテキパキとした調子で準備を進めている。だが、そこはかとなく必死さが垣間見えるのは、気のせいではないようだ。
無理もない。これだけの事件の起こった現場だ。この場所で一夜を過ごしたいとは、誰一人として思っていない。
「……あー、うん。そうだね。街の方がおろそかになるのはダメだものね」
あははは、とマリアマリアは苦笑いを浮かべた。
そりゃ、こういう事に慣れてる私とは違うよね。
月明かりの元、作業に用いた道具を片付け、また家畜たちの餌と水を補充しておく。
豚や鶏にたいして、しっかりとした世話をすることはできないが、餌だけはやっておかなければ飢え死にしてしまう。
それらの作業が終わるころには、すっかり夜も更けていた。
「おろ? と、とと……」
皆と共に厩に向かっていたマリアマリアが不意によろけ、転倒しかけた。
「し、使徒様? 大丈夫ですか?」
「あー、うん、大丈夫。大丈夫だよ。でもさすがにちょっと疲れたかな。あの人数の鎮魂はさすがに初めてだったから」
フラフラとしながらベルパローゼの元へといくと、彼女が足を折り、階段代わりにしているにも関わらず、マリアマリアは彼女の背に登れずじたばたしていた。
「マリアマリア様、失礼します」
見かねたバルトロメが、少女を抱えて飛甲獣の背へ押し上げた。
「あぁ、男爵様、ありがとう。お手を煩わせてごめんなさい」
「いえ、どういたしまして」
マリアマリアは鞍の上に腰を落ち着けると、ベルパローゼの背に括りつけられている荷台に縄を回し、自分の体が落下しないようにしっかりと結び付けた。
準備が完了し、一行はロンバルテスへと向けて出発する。
マリアマリアはバルトロメ、フェルナンドと共に、二台の馬車の後を進んでいた。最後尾、殿は、門番をしていたあのふたりが努めている。
今朝、農場についたばかりの時には、ベルパローゼは馬たちに怖がられていたが、今ではもう、馬たちはベルパローゼのことを恐れてはいなかった。
なにがあったのかは知らないが、仲が良い分には問題はない。
あの錯乱した農夫は、可哀想だが魔法で眠らせて、無理矢理大人しくさせてある。
彼が立ち直るには、きっと多くの時間がかかることだろう。
マリアマリアはベルパローゼの上で、襲い来る睡魔に耐えつつフラフラと頭を揺らしていた。
だが、さすがに起きているのは、そろそろ限界だ。
「男爵様」
「どうしました? 使徒様」
「うん、さすがにちょっと限界みたい。このまま休ませてもらうわね。ごめんなさい」
マリアマリアはそう告げると、お休みなさいとボソボソと云ったかと思うと、カクンと首を垂れ、まるで気絶するかのように眠ってしまった。
あまりの寝つきの良さに、バルトロメとフェルナンドは目を瞬いた。
そして今更ながらに、マリアマリアの年齢を思い出し、バルトロメはふっと息をついた。
「使徒様はまだ十歳とのことだからな。さすがにこの時間まで起きているのは辛いだろう」
「十歳!?」
バルトロメの言葉に、フェルナンドが思わず大きな声を上げた。
「フェルナンド殿、もう少し声を抑えたまえ。使徒様が起きてしまう」
「あ、あぁ、申し訳ない。だが、【使徒】となる者は不老不死なのだろう? ならばマリアマリア様は、見た目通りではないと思っていたのだ」
フェルナンドは呆然とした面持ちのまま、少女を見つめていた。
「あぁ、それはサーマ様とリア様だけらしい。私もそのことをマリアマリア様に訊ねたのだよ」
半ば自嘲気味にバルトロメが答えた。思えば、なんと失礼なことを訊ねたのかと、恥じ入るばかりだ。
フェルナンドは改めて、飛甲獣の背で眠る少女に目を向けた。
台所での調査以降、いつの間にかフェルナンドは少女を一人前の大人として扱っていた。その小さな体を見ても、子供とはもはやかけらも思ってはいなかった。
それほどまでに、少女の行動、存在感は子供らしからぬものだったのだ。
故に、【使徒】であるのだから、そういうものなのだろうと思っていたのだ。
だが、改めて見る少女の姿は、その年齢通りの子供にしか見えなかった。
少女は云っていた。
生きている人より、死んだ人と会った方が多いから。
と。
この少女は、いったいどれだけの『死』と向き合ってきたのだろうか?
ふとそんなことを考え、その少女の姿があまりも痛ましく思えた。
それこそ、昼間、初めて会った時以上に。




