敵襲だ
「お久しぶりです。リプシュ・ワーテクトさん」
われらが女神は、スカートの端を摘み騎士のような男に挨拶をする。
「あぁ、マイン・ライアードさん! 日本の中都に配属されたとか?」
あの女神マインって言うのか。知らなかった。
「あれが、別の神なんだな!」
音量調整をミスったスピーカーのように叫ぶ男は荒野。
耳を塞ぎたいが、後ろに組んだ手を崩さない。
それが女神の命令だ。
「うるせーぞ。俺らは、女神の護衛に集中しろ」
「へーい」
隣の男は間の抜けた返事と共に、視線を女神に戻す。
確かに、話を聞いたときはびっくりした。
神々の晩餐会に我々は呼び出されたのだ。
(いい? 前も言ったけど私が死んだら、あなた達も死ぬ。そして、私が死んだ場合日本の真ん中を管理する人間がいなくなる。そうなったら、意味分かるでしょ?)
いわく、日本でも他の国でもそうだが国ごとに4、5人の女神が統治しており。
担当した地区で、死んだ人間を異世界に送ったり、戻したりするのが仕事らしい。
様々な異世界の中で、その人にあった生存率の高い世界に送るのが主だとか。
「禁忌……か」
その均衡した世界を壊そうとしたのが禁忌。
わざと人を暴走させ、いい人間が出るまで殺させる。
一度異世界を攻略し、戻ってきた人間は女神の駒として使役できる。
だから、いい駒いいスキルを持った人間を駒にしたい神は、そういったことをするのだ。
「あー。確かに配属されたときは大変でした。今があるのもリプシュさんのおかげですよ」
「いえいえ、マインさんの力があってここまで来たのだと思っていますよ」
日本は5人の神で構成されている。禁忌が行われているのは本土。
本土を担当しているのは三人。その内の一人がこの男というわけだ。
女神に負けず劣らずの綺麗な顔立ち。
男だというのに腰まで伸びた白銀に、腰の低そうな態度。
暴れるうちの女神とは大違いだ……と思ったら睨まれたのでやめておこう。
「では……そろそろ」
「あぁ、もうこんな時間なんですね。時が経つのは早いですねぇ」
「そうですね。あ、そういえばあのネックレスはどうしたんですか?」
「……? あぁ、あれですか。少し鎖が痛んでしまったので今は大切にしています」
「そうだったんですね! では……」
「はい。またお話を聞かせてくださいね」
その言葉を皮切りに、我々はその場を離れた。
「ほふほふぃ、へへえな!」
「俺と話すのをやめるか、食べるのをやめるか選べ」
この際だ。俺が息を止めてやるというのも選択肢の内か。
口いっぱいに、肉のタレをつける荒野を横目にため息を吐く。
「せっかく、あいつがつくってくれたスーツが見る影もないな」
さっきは気がつかなかったが、転送する際服装も変わりきっちりとしたスーツに変わっていた。
服装の準備、というのはその話だったのだろう。
まぁ、結局汚れた心は綺麗なスーツでは隠しきれなかったということだろう。
「たいした事件もなさそうだなって思ってよ。暇だよなー」
「楽でいいだろ。平和がいいんだよ俺は」
「ふーん。中学生をシめてそうな顔してんのにな」
「おう、レアでいいか? それともミディアム?」
俺が右手を向け、スキル詠唱の準備を行う。
「俺だってスキルを使うぜ!「土下座」」
はぁ、と呟き手を下ろした。全く、紛らわしい奴だ。
でこが擦り切れんばかりに、頭を下げている。なんと分かりやすい。猿か、こいつ。
「にしても、真ん中に飾ってあるあれ綺麗だよなぁ」
切り替えも早いらしく、一瞬でこの庭の中央に視線をずらす。
「まぁ……な。あれが、魔力の具現化なんだろ?」
そこには、まばゆいばかりの光を放ち続ける宝石が、水槽の中に入っていた。
女神からは、簡単な説明は受けた。
神々の戦いで、起きた事故。その遺産が、あの魔力の石。
神の世界に置いてあると、危険なため地球の、人に害をもたらさない月に持ってきたらしい。
「魔力ってなんなんだろーな」
「……」
普通の人間ならば絶対にこれない月。
ここで息をして、歩けて、飯を食える。それらは全て、魔力によって補われている。
戦うちからも、全て魔力というならば。
あの宝石を手にしたときどれだけ力が手に入るか……どれだけの人を守れるか。
……物騒な考えはよすか。
「まぁーいっか。そろそろ帰れるんだろ?」
「……らしいな。女神もそう言ってたし。帰る準備でも……」
そういって、宝石から目を離した瞬間だった。
水槽がけたたましい音をたてて、崩壊していった。
「「っ……」」
敵襲だ。