電池の切れるまで
どうしてこうなった。
彼女はあなたを好き、あなたは……?
この星に二種の機械人類が存在する。
一つはチャージと呼ばれる体内に電気を貯め込む発電型宇宙人。
もう片方が電力を消費して生きる、消費型と呼ばれるユーズである。
種族が違う人ではあり、そのあり方が大きく異なっているが、
この星で大きな諍いが起こったことはない。
彼らはお互いをとても大切にしていたのだ。
それは、彼らの命は共有されていたからである。
山辺譲二に共有者が伝えられたのは昨日の朝のことであった。
彼の住む街から電車で一時間ほどである首都。
政府から伝えられたは適合者の詳細情報が記されているはずだった。
しかし、伝えられるべき情報は一部記載されておらず、特定はできそうにない。
発電型である彼の命が終わり、完全に充電された電池はユーズの女性型宇宙人に渡されるはずであった。
その相手が見つかったのに、情報がない。このままでは譲二の電池は中に浮き、
そのまま寿命を迎えてしまうかもしれない。
いても立ってもいられずに政府の生命課を訪れた彼を待っていたのは困惑であった。
「私の命を伝えられることがないとはどういうことだ。適合者がわからないということは渡しようがないだろう。それは種としてどうなのか」
受付の女性も譲二の名前を聞いた瞬間に要件を察したのだろう。
「その通りなのですが、相手の女性がそれを拒んでいまして、こんなことはこちらでもあまりケースがない状況です」
正直困惑しています。と言外に告げて、彼女は目を伏せた。
よく見ればかなりの美人である。少し罪悪感を覚えたが、これは譲れない出来事である。
譲二は言を続けた。
「とは言え、存在意義である電池を」
「あー、ちょっといいですか」
不意に声をかけられたので、譲二は驚いて声のした方を見る。
定年間際ののちょっとお腹の出た人の良さそうなおっさんが手を振っていた。
ちなみにこの星のおっさんはだいたい腹が出ている。体内に電力を貯め込む弊害で太ることが多いのだ。
外見上の劣化というわけだ。女性にも存在するが、消費型の為、逆に細くなる人が多かったりするのである。
「山辺譲二さんだね。私は軽部という。ここの課長をやっている」
話のわかる人間が出てきたか、譲二は思うと彼に質問をした。
「こういうケースは今まであったのか、その解決方法は、両者はうまくいったのか」
まくしたてる山辺をまぁまぁ、と抑えて応接室に案内すると、彼は座るように促した。
「こういう拒否されるケースは以前もありました。ただその場合でも本人の了解を得て、話し合っていただきましたが、
今回は相手の情報が自体が秘匿されていまして、なんとも対策が取れない次第です」
申し訳なさそうに言う軽部に、譲二は少し頭が冷えてきた。
「事情はわからなくもないですが、はい、そうですかと引き下がるような事態ではありません」
「それは重々に。政府としても強制的にでも二人をテーブルに付けたいところですが。国民が二人減ってしまうことですので」
申し訳無さに汗をふきふきしているおっさんにこれ以上話しても仕方がないので、わずかでもいいから情報を求めたところ。
軽部は一通の封書を譲二に差し出した。親展の文字が書かれている。
「開けていいか迷いましたので、譲二さん本人にこれをお渡しします」
彼女からの手紙です。
「先に出せっ」
とひったくって譲二が去ろうとすると、靴音が2つ。自分のものと……?
振り返ると、受付の女性が付いてきた。
「まだ用があるのか?」
胡乱げな目を向けた彼に、軽部が答える。
「彼女は今回の事件に対処するために派遣された探偵です。「彼女」探しをサポートしてくれますよ」
ファイトです。と言われても全く嬉しくない。
「いらん!」
そう言った譲二を彼女は彼の言葉で切り捨てた。
「『それは種としてどうなのか』。取れるべき手段は取るべきでは?」
自分の言った言葉がブーメランで帰ってくる。言葉に詰まる譲二の肩をいつの間にかそばに来ていた軽部が、ぽんと叩く。
「君の負けだな。山辺くん」
ふいっと目を逸らし、どしどしと帰っていく彼に謎の女性が付いていく。
ふと振り返ると、軽部に親指を立てていた。二人は満面の笑顔であったことを付け加えておく。
「14 進め」
近くの喫茶店で二人は親展、山野辺譲二様とだけある封書を開けた。
その中身はただの英数字であったが、不吉な予感がする。
「全く意味がわからない」
椅子の背もたれに体をあずけると、彼は脱力した。
「こう言いしれぬ何かは感じますが、これだけでは何も分かりませんね」
便箋の表には、タイプライターのような書体で書かれた文字があるのみ。
くるりとひっくり返すと、米粒よりも小さな文字で取扱説明が書かれているようだ。
「保険かよ……」
呆れながら文章を読んでみたところ、驚くべきことがわかった。
全く情報がないのだ。
というか文章にすらなっていない。
「単に俺はからかわれただけじゃないのか」
天を仰ぐ譲二の横では受付の女性が便箋を眺めていたが、やがて文字に丸をつけていった。
「おいおい、一応最後の手がかりなんだから」
横からひったくって手紙を取り返して文章から、丸のついた文字が目に入ってくる。
「BS221Bってここらへんでそんな地名は一つしか無い。どうして分かった」
「14文字ごとに丸を付けただけです」
しれっという女性に彼はあぁ、そういや、この女は探偵だったなと思い出した。
「そうか。まぁ、よくやった……ありがとう」
「いえ……そろそろ名前を聞くのが礼儀では?」
言われて初めて名前を知らない事に気づいた。
元受付の女性は、『U』と呼ぶように強要してきた。しかも『C』呼ばわりされる。
「コードネームかっ!」
まぁ、しょうがないかブツブツ言う譲二の背にUの声が掛けられる。
「早く行かないと置いていきますよ」
おかしい、なぜ俺が下男の如き扱いなのだ。
(ほうぼう歩き回って頭がいいのはわかった)
蓄電種族と消費種族の間はあまり良好ではない。種族間ではなく、個人の間ではそうだ。
付き合いが短くあまり思い入れのない相手がなくなったところで特に感慨はない。
ただ電池の形式が合う、国家からの指定だけの間に感情はほとんどない。
たまに例外もあるらしいが譲二もあまり感慨がなかった方だ。
時が来れば電池を渡し、世を去る。
それだけのことである。
故に『彼女』にも特に思うところはなかった。
ただ人生が無駄になると悲しいなぁ、という、生き物としては当たり前の生命をつなげていく。
そのことを憤っていただけだった。
どうしてこうなった。
ただユーズを観察する時間というのは貴重かもしれん。
譲二は日記を始めることにした。
たくさんのパン屋が軒を連ねる名所、喫茶BS221Bへ付いたのはそれからしばらくしての事だった。
角の店で買ったパンをかじりながら進む。
着いた場所に角食パンを持った二人組のおっさんがいて、無言で紅茶を差し出してきた。
はぁ、と受け取りながら、パンをかじっていると、おもむろにUが紅茶を『彼女』からの手紙にかける。
ブフォッと紅茶を吹き出しながら、譲二が止めようとしたが、Uは気にしない。
パタパタと便箋を振って乾かすと、彼に差し出してきた。
「ふりだしに戻る」
紅茶で茶色くなった便箋には文字が浮き出ていた。
「これはあれか、生命課に戻らねばならんのか?」
「そのとおりです。サー」
Uがここぞとばかりに敬礼する。こっちはさっさと終わりにしたいぞ。コンチクショー。
後でUにふりだしに戻るに気づいてたか?と聞いたところ、こくりと頷かれた。
相手の策に乗った振りをしておびき出すことも手段の一つ。
とかなんとか言われたが、よく分かったことが一つある。
Uに口で勝てる気がしないということだ。
またもや生命課である。
受付の女性が可愛い感じの娘に代わっていたが、今度はすぐに軽部課長にエスカレーションされて、応接室に通される。
「またもや一枚の手紙が参りまして」
親展の文字のある見慣れたそれをおっさんは出してくる。
「またか……一応受け取っておく」
同じく喫茶店でUと手紙の中身を検証しようと外に出る譲二の後ろから聞こえるのは足音が2つ。
振り返る彼の後ろには受付の女性B(仮)が立っていた。
「Rって呼んでください。よろしくお願いします」
ピョコンと音がしそうなお辞儀をして、彼女はUの後ろに加わる。
颯爽と歩き去るU、それにRが続いていく。
眼の前を去っていった二人と、取り残される譲二。
「どういう展開だ。これ」
仲間に入るまでは確定のようだった。
それから喫茶店に入ったり、BS221Bでパンを食べたり、生命課に戻ったりしてを続けていくうちに譲二の後ろには大勢のユーズが付き従っていた。
もっとも態勢的には逆かもしれない。
この事態は譲二の処理能力を超えていた。神に祈ったりしながら必死に後ろを見ないようにして無言で進行する。
もはや何が起こるかわからなかった。
ただ逃げたいとだけ思った。
事態のすべてがUのコントロール下にあり、譲二に付き従うユーズが増える状況はもうゴメンなのだ。
もう終わりにしたいと何十度繰り返した軽部からの手紙を彼は受け取らなかった。
『彼女』が誰かは分からないが、渡す前に自分が死んでしまっては渡すことすら出来ない。
「もう『彼女』が誰でも構わない。私の生命が受け継がれなくても構わない。だから助けてくれ」
泣きつく譲二に軽部はうなずいた。
「あなたはいい人でした。そして、これからもいい人で有り続けるでしょう」
「……軽部?」
「『彼女』はそんなあなたが好きなんだそうです。他人事ですが、ゲフンゲフン。そして、ずっと一緒にいたいと思っています」
応接室の軽部の隣に、『彼女』は現れた。
「そのまま私があなたの電池を受け取っていれば、記憶にも残らないでしょう」
だから、こうした。そして、こうなった。
「UもRも他のみなも、『彼女』(ユーズ)の一つの側面。人を見ることによって私があなたたち、チャージの記憶に残るように」
やらせていただきました。
結論から言おう。
譲二は止めさせてもらえなかった。
彼女が用意した全員を従えるまで彼は許されなかった。
そして、最後の彼女を受け止めきり、すべてのユーズの日記が書かれたとき、彼女は二人で生きる方法があることを告げた。
彼と彼女の電力を循環させ、ともに生きることが出来ると。
『彼女』は思惑通り譲二の記憶にくっきり、はっきり、とした足跡を残した。
それは恋愛感情だったのか、上下関係だったのか!?
「私はあなたとともに生きましょう。そう電池の切れるまで……」
彼女が残した愛の言葉は彼に届いていたかは知る由もない。
後の歴史家は史上初の『電力婚』が行われた瞬間として世に語り継いでいるが、
恐ろしくて誰も彼女の名を口にできないのであった。
ちなみに譲二の日記は脚色されて、二種族の仲をすえながくとりもったらしい。たぶん。
SFっぽいのかな?
ジャンル選定は読書歴が浅いので何かわかりません。いつもどおりその他で。
造物主というか、種として人類は滅びてます。
充電池も作れません。
流れとして、チャージ(充電)→ユーズ(消費)なので、だんだん電池が劣化していきます。
ちなみに電池が残り少なくなった→新しい素体を用意→電池を新しい素体へ移行→素体なじませ(初期処理)『彼女はここ』→電池入れ替え→初期化です。
どちらも電池を取り外す際に、人間体は廃棄されます。
君の負けだよ、とか、パン屋街とか14とかはアレです。
気にしないでください。
お察しのとおり、無い方がいいネタです。
e.彼女の恋話、譲二の日記となぜ大規模ねーちゃん'Sになったかは無いと置いてけぼりかも。