帰還【前篇】
「いかなる時も、強制捜査官の目であり耳である」A級観測官は、強制捜査の最中であってもそのポリシーは変わらない。
「ゼロ・アワー」続編。
(2009年作成、2016年改稿)
「くそったれ、また来やがった!」
副操縦士が喚いたが、観測チームは誰もそんな事を気にしなかった。
「ラムダE-M波に乱れがあります」
一番若手のビルも、いつもと同じ作業を続けている。なにしろ味方観測班の六割を失った今、遺された観測官たちへの負荷は急上昇しているのだ。この状況で敵機のことを構いつける余裕などあるはずも無く、だれもが自分の仕事だけで精一杯だった。
「強制捜査官にデータ転送、準備良し」
「転送コントロールをこっちによこせ。パワー確認」
主任観測官であるトーゴの声はいつも通り、落ち着き払ったままだ。
「低下中です」
データ転送ユニットは、先ほどの攻撃でだいぶんガタが来ている。だましだまし使っていたが、そろそろ限界が近い。
「転送したらユニット切り替えだ、マーク。予備はセットしてあるな?」
トーゴはセンサ類の調整も同時進行で行っている。画面を流れていくデータを片目で睨みながら指示を出す彼の頭から、敵のことは消え去っているだろう。
「完了しています」
「よし、転送」
「受信応答、確認しました」
「応答を確認、了解。データ転送ユニット、サブを立ち上げろ」
「データ転送ユニット、サブシステムを起動しました」
「十時の方向から攻撃機、振り回すからしっかり捕まれ!」
操縦士が声を張るのと同時に機体が大きくバンク。体を支える暇も無く、狭い空間に立っていたマークが反対側の窓へぶつかる。
「データ転送サブシステム、同調率七〇%です」
セイフティベルトで座席から半ばぶら下がったまま、カシムが報告する。
「九〇%になったら動作確認、問題が無ければメインを落せ。コントロール戻すぞ、ビル」
「了解。ぅどわっ!」
破壊音が機内に響く。マークが床に伏せ、ビルが耳を抑えてコンソール上に突っ伏し、被弾したユニットが破片を撒き散らした。
カシムを支えるベルトが破片で切れ、落下したユニットの一部がトーゴを直撃する。トーゴは声を出す暇も無く床に弾き飛ばされ、そこにまた破片が降った。
「トーゴ!」
機体がふたたびバンク。カシムは片腕でシートにしがみつき、主任観測官はコンソールの足元に叩き付けられ、床を滑りながらマークが悪態をつく。
「サムライ、負傷者出たか!?」
声がするという事は、操縦席は無事なのだろう。主任観測官がなんとか上体を起こし、
「全員無事だ気にするな、位置保て!」
と叫び返した。
「無茶言うんじゃねぇくそったれ、てめえはクレージーだ!」
「無茶で結構、やれるんだろう」
「あったりめぇよ、俺を舐めるんじゃねぇ!」
パイロットはやけくそで叫び返し、機体がまた揺れた。
味方機の援護を受けながらとはいえ、敵機の攻撃をかわしながら、観測空域にとどまる。そんな神業を要求されたパイロットは、戦況に興味を持つ余裕のない観測チームよりも良く仲間の死を認識しているはずだったが、苦情を言うはずもない。
「ビル、センサ稼動状況を確認」
どこか肋骨でも痛めたらしいトーゴは、明らかに痛みをこらえている顔で指示を出した。
「マーク、破損ユニットを報告しろ。カシム」
「トーゴ、あなたの傷は」
「とりあえず生きてるよ。カシム、通信は」
「強制捜査官とのリンクは生きています。本部との通信は断絶しました」
「たいへんけっこう。リンクが生きてるなら、任務は続行するぞ。通信復旧作業急いでくれ」
揺れる機体に振り回されながらシートに這い上がった観測官は、ふたたび時空歪曲センサ群のデータを監視し始めた。
観測チームからは見る事の出来ない地上では、強制捜査官チームが戦闘中だ。『いかなる時も』強制捜査官チームの目であり耳である観測チームが、ここで引くわけにはいかない。
「うわ、ひでぇ。トーゴ、オメガ・ユニットは全滅です」
これはマーク。それにビルが
「重力波センサ、データ補整できません」
追い討ちをかけた。
「よし、オメガは全部アンロードしろ。重力波センサユニットの予備はあるか?」
「これで最後です」
「……βとεを一台ずつロードしてくれ、マーク。ビル、β-ε混合検出の経験は?」
「なんスか?それ」
「俺が代わる」
カシムがビルを押しのけ、トーゴがそれを承認した。押しのけられたビルはカシムのコンソールに付いて、対本部通信復旧作業に当る。
「若いのには無理でしょう、さすがに」
と、調整しながらカシム。
「だろうね。私だって、そう経験豊富なわけじゃない」
と、これはトーゴ。
「こんな原始的な方法を実戦で使うなんて、我々が最後の世代ですよ」
「任地によってはまだ現役だ、しばらくつき合わされるぞ。よし、補足したな」
「同調率、六五%です」
ないよりマシというレベルのデータしか取れない。しかしトーゴは文句を言おうとはせず、旧式なセンサからの情報を見守り、調整を続けていた。
下も激戦なのだろう。強制捜査官との通信リンクも途切れがちで、なかにはすでに死亡した捜査官もいる。
「下から通信です、トーゴ」
強制捜査官との通信リンク保持にあたっていたマークが、そう呼びかけた。
「つなげ」
「了解。つなぎました」
『デルタF、こちらアルファ1』
通信して来たのは強制捜査官チームのリーダー、アニー・ホールだった。
『本部より衛星軌道上からの攻撃許可が出た。これより強制捜査官チームは撤退する、そちらも撤退してくれ』
「アルファ1、こちらデルタF。強制捜査官チーム撤退を了解した、撤退時支援作業に移る」
先に逃げる、という選択肢は、A級観測官とそのチームには存在しない。それは強制捜査官も知っているが、しかし
『あんた、正気?そっちがポンコツで飛んでる事くらい、あたしらだって知ってるんだよ』
と、アニーも正直だった。
「これも仕事です。通信終り」
『まったく、これだからサムライって奴は!』
通信が途切れる直前、アニーがそう怒鳴っていた。
トーゴが微笑し、カシムが首を振る。マークとビルは顔を見合わせて肩をすくめ、それから全員が作業に戻った。