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掌編小説集

二人のソリティア

作者: 卯月 幾哉

 磯部香織が彼と会うのは二回目だった。SNSで知り合ったその男の本名を、まだ彼女は知らない。SNS同様、<ユラ>という彼のハンドルネームで呼んでいた。

 二人はデパートの上層階にあるレストランに来ていた。<ユラ>が選んだ店だ。味も雰囲気も悪くない。香織はその店が気に入った。

 二人はワインで乾杯した。

 料理が運ばれてくると、香織は真っ先に、スマートフォンで写真を撮った。一方の<ユラ>は、ただ彼女が撮り終えるのを待っていた。

「あなたも、よく写真アップしてるよね」

 香織が言うと、<ユラ>は頷いた。そういえば、と彼女は思いだした。この店の写真も、彼は以前に載せていた気がする。

「ここは一人でもよく来るんだ。女性の場合は難しいだろうけど」

「そんなことないわ」

 <ユラ>の言葉を、香織は否定した。<ユラ>は目を丸くした。

「一人で牛丼でも、ラーメンでも余裕よ」

 香織は言いながら、ワインを一口飲んだ。事実、最近の彼女は、週に二回は一人でラーメンを食べていた。

「てっきり、誰かと行ってるものかと」

 SNSで彼女の食事の写真をよく見ていた<ユラ>は、そう言った。香織は笑って首を振った。


「淋しくない?」

 <ユラ>がそう訊ねた。

 香織は、少々余計なお世話だと思いながらも、それほど不快には感じなかった。

「別に……。もう慣れたわ。家で一人で料理を作って食べる方が、よっぽど淋しい」

 確かに、と<ユラ>は首を縦に振った。

 ワインで酔った香織は、いつになく饒舌になっていた。

「おいしいわよ、一人で食べるご飯も。お腹も膨れるし。でも、心は満たせなかった。だから写真をSNSに上げるの。いいねが付けば、少しは心が満たされた気になるから」

 <ユラ>はもぐもぐとステーキを頬張りながら、二、三度頷いた。

 香織は一度、食事の手を休めた。<ユラ>の目を見て、訊ねる。

「私のあだ名、わかる?」

「――飯テロリスト」

 <ユラ>は間髪入れずに答えた。

「まさか」

「そう、俺もさ」

 意外だった。香織の知る<ユラ>は、料理そのものの写真はほとんどアップしていなかった。別のSNSにでも載せているのだろうか。

 香織には<ユラ>について、気になっていることがあった。彼女は意を決して、訊ねた。

「お一人様検定って知ってる?」

「あぁ」

 <ユラ>は首肯した。

 『お一人様検定』とは、最近インターネットで話題になった、「人目を気にせず一人ぼっちで行動する意志力の強さ」を測り、初段から十段までの段位を付ける診断テストである。

 SNSで見る限り、<ユラ>はとても行動派だ。ドライブ、ゴルフ、山登りと、一体いくつ趣味を持っているのか、不思議に思うほどだ。誰かと一緒だと考えるのが自然で、香織も今日までそう思っていたが、実は一人きりのことが多いのではないか。香織はふと、そう思った。

「段位はどうだった?」

 <ユラ>の答えは、香織の想像を越えていた。

「十段。一人遊園地まで経験済みだ」

「!! ……すごい! 私でさえ、まだ八段だっていうのに」

 八段は、一人回転寿司である。香織は元々、七段の一人居酒屋まで経験済みだったが、先週の金曜、唐突に寿司が食べたくなり、一人で中年サラリーマンの間の椅子に座って、回る寿司を食べていた。

「一人温泉はまだか。あれはいいぞ。都内のホテルなら、ちょっとした贅沢気分が味わえる」

「……今度やってみるわ」

 香織はそう決意した。


 食事を終え、二人は駅に向かって歩いていた。

「私たち、相性いいのかもね」

「そうだな……」

 <ユラ>は、妙にやる気のない相槌を打った。

「また会ってくれる? そうだ! 二人でカラオケに行って、お互い一人カラオケするっていうのはどう?」

 香織は冗談めかして言った。

「いや、会うのはこれきりにしよう」

 <ユラ>の返事は意外なものだった。

「――え?」

 香織は一瞬、耳を疑った。<ユラ>は続けて語った。

「俺たちは、お互いのことがわかりすぎる。独り者同士、付き合ってもどうせ、別々に行動するだけだろう」

 なんとなく筋が通っているようで、それでいて不可解な話だった。

「はぁ」

 香織はぽかんと口を開けて、彼の言葉を聞いていた。独り同士だから付き合うのではないのか。

 彼は頷き、こう言って締めくくった。

「二人とも、別の相手を探したほうがいい。世界にもっと、繋がりができるように」

 香織は、彼が何を言っているのか、さっぱりわからなかった。が、とにかく、もう会うのはやめよう、と彼女もそう思った。


 読んでいただき、ありがとうございます。


 この短編は、先月末にブログに投稿した作品になります。

 最初は Twitter でツイノベとして作ったものです。

 お楽しみいただけたら幸いです。

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