幕間1 とある骨董品店の光景
幕間1 とある骨董品店の光景
「犬神、ですか?」
「そう、飢えた犬を土に埋めて、餌をちらつかせる。餌を食べようと首を伸ばしたところで首を切り落とす。犬の首が餌に喰いついたら儀式成功、ってな感じの民間呪術なんだけど」
「うえっ、なんですかその悪趣味な話は」
「僕だって話したくて話したんじゃないよ」
「ふーむ。最近の心理学では犬神憑きも狐憑きなどと同じくトランス状態であり、そう言った物が他者に伝播する、と言う思い込みから呪いになったとされるが。そう言う事ではないんだろう?」
「思い込みが呪いになるんですか?」
「そうだよ。自分が呪われた、って強く信じたら体調も崩れる。何しろ原因は自分が信じ込む事だからね。強力に決まってるよ。しかも日本人は歴史的に見ても極端な民族でね。肥満か栄養失調のどちらかが支配層を席巻するんだ。食事が手付かずになれば体調はあっさりと崩れるし、早ければほんの半月で死んだりしちゃうんだよ」
「病は気から、と言うのもあながち間違いではないよ。現代だって心が屈したら、どんなに健康でも衰弱死してしまうんだ。内臓に問題が無くとも、体のどこにも癌の影が無くとも、脳のCTスキャンで異常が無くとも、弱まった心が死を招く事がある。どんな優秀な外科医にも治療できない分野だよ」
「話を戻すけど、犬神の儀式らしきものが行われていた跡を見たんだけど、どうにもそれだけじゃない気がするんだよ。何と言うか雰囲気が少し違う気がするんだ。それで僕より詳しそうな二人に知恵を借りたいんだけど」
「おまえより詳しいと言われてもな。一般オカルトならおまえが本業だろう」
「僕の本業は学生作家ですからね! いや、オカルトは嫌いではないですけど」
「と言う事は、一般ではないオカルト分野と言う事ですか。ふむふむ」
「どうかな? 食屍鬼が関わっている可能性もあるんだけど」
「犬神と食屍鬼? どう言う組み合わせだ。しかし食屍鬼と言っても幅広いぞ。その知識となると、第一は何と言っても『屍食経典儀』だろうが。他には何があったかな。モルディギアン崇拝に関わる『食屍鬼写本』だったか。しかしアレは読むだけでヤバいらしいし………うちの本棚にはさすがに無いよな? 見つけたら処分せんと」
「『屍食経典儀』なら任せてください! 暇なので研究済です!」
「女子高生が熟読する物じゃないと思うけどなあ」
「オカルトが嫌いな女子高生はいません」
「うーむ。『屍食経典儀』は凄い魔道書だが、その成立は1702年。意外と最近なんだよな。一方食屍鬼の歴史は人類史と同じだからして。うーむ」
「うーん。でも私、犬神でしたっけ? 似たような話を読んだ気がするんですよ」
「似たようなって、どんな話?」
「さっきの犬神の儀式の話ですよ。呪うんじゃなくて、別の目的で行われる儀式だったような………ちょっと研究ノート読み返してきます」
「ええっ? 大丈夫なの?」
「研究ノートの方だからたぶん大丈夫ですよ。たぶん」
「狂気に陥らなきゃいいけど」