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ヒトガミサマ  作者: 山和平
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第一章 文芸部


 本棚が容積を圧迫する文芸部の部室の中に二十人を超える部員が居ると言う光景は、小林美樹こばやしみきが入部して以来初めてだった。

 六月二十日。雨の少ない今年の梅雨時では久し振りに梅雨の雰囲気満点の止みそうにない雨降り。できるだけ早く帰りたかった美樹にとっては無情の部員招集命令だった。

 文芸部は基本的に通常時の活動に強制的に参加する義務はないが、招集がかかった時は必ず参加するように入部の際に言われている。

 集まったのは全学年二十二名。美樹も含めて大半が名前だけの幽霊部員である。

「本日の文芸部活動集会は他でもない。来る十一月三日、恒例の羽邑祭による企画展示の話し合いである。まず、例年通りの文芸誌を発刊する。これは全員参加。不参加の場合は除名退部になる」

 眼鏡をかけてバンダナ巻いてと一見細身のアキバ系風貌を持つ三年の鳥丸とりまる部長がそんな高校の文化系部活動にあるまじきセリフを吐いた。

「除名退部って、そんな権限あるんですか?」

「一年の小林か。ある。我が校では生徒は必ず部活動に参加しなければならない。帰宅部を気取る場合は年末の募金活動に雪の降る中でも応援団と共に強制参加になる。校則にも『部活動に所属しない場合はその分の内申を補完する為、生徒会主導の地域ボランティアに所属する』と書いてある。連中は手馴れているから逃げ切る事も不可能だと思え。応援団萌えなら退部しても構わん」

「………はあ」

 羽邑北高は十年ほど前に制服をブレザーに変更しているが、応援団だけは真っ黒なオールドファッションの学ランのままだ。

 遠目から見ても汗臭そうな応援団と行動を共にすると想像するだけで口の中が酸っぱくなりそうだ。

 顔をぶんぶんと横に振って、目立たないように身体を縮める。

「なお、毎年テーマを決めてそれに対する文芸活動をする。今年のテーマは、これだあ!」

 わざわざ準備していたのか、ホワイトボートに貼られていた紙を捲り取ると、そこには目を疑うような文字が並んでいた。

 そこにデカデカと書かれていたのは『学園七不思議』と言う文字。

「フィクションはもちろん、調査形式でも可だ。最低枚数は四百字詰めで二十枚。最高は三十枚。量をクリアすれば多少の形式は認めるが、文芸部の絶対的掟として必ず縦書きにする事。横書きは認めん。打ち出しはパソコンを推奨。ああ、ノンフィクションでも構わないし、フィクションでオリジナルの七不思議を作っても良い。作品の舞台を羽邑北高に限定する必要も無い。締め切りは夏休み明けの最初の集会だ。なお、ペンネームは不可とする」

「何故です?」

 誰かが質問を挟む。

「部活動だからだ。活動していると言う証明を兼ねており、実名を必須とする。高校野球でもニックネームでの登録は認められていない」

 納得できるような、できないような解答だった。

「………随分早くから準備するんだなぁ」

 今からだと当然夏休みを挟む。文芸部の活動で休みの予定が崩れたら嫌だなあ、とか思ってしまった。

 そんな美樹の呟きを、隣に座っていたクラスメイトが拾った。

「オフセットにするんじゃない? ある程度のページ量で冊数を作るならオフセットじゃないと無理」

 彼女は茶畑千夏ちゃばたけちなつ。黒髪ロングの眼鏡系女子と言う外見と学力学年上位と言う中身が見事にシンクロした超人だ。美樹のクラスメイトでもある。

 実質帰宅部の美樹と違い、彼女は受験対策のために文章を書く訓練がしたいと言う理由で文芸部に入った。美樹の想像を凌駕する存在だ。

「コピー機は?」

「計算してみなさい。一枚十円で。推定二百ページを五十冊」

「ええと。両面コピーで五万円?」

「パソコンとプリンターを使えばもっと安くできるけど、オフセットなら同じ値段でたぶん倍は作れるかな。売るにせよ配布するにせよ、見栄えや体裁良く作った方が良いに決まってるし」

「一年の茶畑か。まさにその通り。ついでに言えば文芸部の予算を突っ込むタイミングがここしかないと言う理由もある。ただ、夏休み前では某イベントの為印刷業者はてんてこ舞いなので、九月にずらす事になる」

 小声で話していたつもりなのに突っ込まれた。まあ狭い空間だしバレないわけは無いけれど。

 しかし千夏もただでは終わらない。

「ついでに質問よろしいでしょうか?」

「許可する」

「あたしも含めて新入生はこの学校の事にまだ詳しくありません。七不思議とやらがあるのでしたら教えて頂けませんか?」

「良い質問だ。元来学校の怪談と呼ばれる現象は遡れば旧制一高に由来すると言われている。そして戦後、学校が林立した際に土地の確保問題等から不確かな噂が生まれ、また旧制高校に対する心理的コンプレックスから負の情報もコピーされたと言うパターンが圧倒的に多い。世間一般で小中学校に多いのも、幼年期・思春期と言う年齢的な問題以上に設立からの時間的経緯が高校に比べて圧倒的に古い事が理由になる。新設高校に七不思議は生まれにくいのは当然だ」

 突然始まった演説に、千夏はどうしたら良いのかと戸惑っていた。

「しかし、実は『七不思議』と言うパターンは九十年代に入ってからだと言われている。それまでは『学校怪談』と言うジャンルだった物に『七』と言う縛りが生まれたと言うわけだ。原因は諸説あるが、漫画やゲームからフィードバックされたのでは、と言う説がある。七不思議と言う怪談用語は江戸時代にもあるから、これを学校に流用したのでは、と言う事だな。つまり学校の七不思議とは、実はここ三十年に満たない新ジャンルなのだ」

「はあ」

「とまあ、ここまでが前振りだ」

「………はい?」

「実はこの羽邑北高校、開校以来七つの不思議があると言われてきた。遡る事、昭和三十年代の事だ。全国的ブームの実に三十年ほど前から本校には七不思議があるのだ」

 そう言うと、鳥丸部長はまるで準備してあったかのように一冊の古いファイルを取り出した。

「我が文芸部と、今は現超研、現代超常現象考察研究会と呼ばれているオカルト研究会は二十年前に一度、本校の七不思議について共同研究した記録が残っている。超常現象研究会の前身であるオカルト研究会は十年に一度程度のスパンで羽邑北高の七不思議を研究していたようだ。このファイルはここから持ち出す事は禁止するが、部活動中は自由に読んで構わない。是非ともインスピレーションの糧にしてほしい」

 他に質問は?と言う部長の言葉に誰も手を上げず、本日の集会はお開きになった。



「………原稿用紙二十枚って、滅茶苦茶多いじゃん」

 一気に人が減った文芸部の部室は、備品のノートパソコンに向かってキーを打ち始めた鳥丸部長と美樹たち三人だけになった。

「短編小説ほども無いと思うけど。何も無い所から創造して書くのは向き不向きがあるから、ある物を利用すればいいのよ。ああ、現代文の文章読解問題のコンセプトに似てるかもしれないわね」

 テストと比較されると更にやる気が萎えるのは美樹だけではないだろう。

「私もちょっとだけ興味あるんだ。ファイル借りよう?」

 美樹と千夏の他にもう一人。同じく一年生で隣のクラスの鶴橋理都子つるはしりつこがファイルを持って戻って来た。

 理知的なイメージの千夏とは逆に、淡い色の髪にボリュームを持たせた、ゆるふわな童顔系の美少女である。

 おっとりとした言動に、愛らしい雰囲気と合わさって、誰が呼び始めたか渾名は『りつこ姫』。確かにかわいらしいパステルカラーのドレスとか似合いそうな感じだ。

 実は美樹と同じく帰宅部代わりに文芸部に入部したと言う経緯がある。

 本人は「運動部系は苦手」と言っていたが、外見のイメージ通りと言える。

「これが二十年前の記録か。うわ、七つちゃんと書いてんじゃん。あはは。これ、ヤバいんじゃない?」

「珍しいね。七不思議って、七番目は謎ってパターンが主流だと思ってた。でも、これは八番目があるパターンなのかな」

「それじゃ八不思議じゃん」

「あたしに言うな。ただ、法則は同じよね。六つ知ると七つ目が出てくるのと、七つ知ると八つ目が出てくるのと。オチもほぼ同じだしね。酷い目に遭うとか、此の世から消えるとか」

「でも、この七つ目って名前はあるけど、中身は分からないってなってるね」

「うーん。鳥丸部長、ちょっといいですか?」

 ファイルに目を通した千夏は各ページをスマホで撮影すると、部長席でノートパソコンに向かう鳥丸部長に声をかける。

「どうした?」

「他の研究例はここには無いんですか? 比較考証したいんですけど」

文芸部うちには無いな。現超研の輪納谷わなやの所だ」

「げんちょうけんって、なんなんですか?」

「集会でもちょっと言ったが、現代超常現象考察研究会だ。オカルト研究会系の同好会で、その実、下手な部活よりも伝統がある。七不思議研究の時代時代のデータも引き継いでいる筈だ。部室は旧校舎一階の奥にある。今日は居ると思うぞ」

「わかりました。あたしたちはそっちに寄ってから帰ります」

「まあ、根は詰めるな。締め切りも破るな。ご苦労さん」

 顔も上げない鳥丸部長に簡単に挨拶し、三人は部室を出た。


 部室を出ると、まだ夕方の筈なのに雨雲と雨で外が暗い。

「………うっわー、どうするのこれ。傘だけじゃ厳しいよ」

 美樹は二人と並んで歩きながら、窓の外に目を向ける。

 雨音は激しくないが、ぴちゃぴちゃと際限無く滴り落ちている。

 節電の為、日没までは照明は点けない。梅雨の雨模様と築数十年の校舎が造り出す影が、どこか有機的で粘性を持ったように感じる。

 ふと、窓に妙な物が映った。

(………え?)

 自分の後ろに、無表情なのに口だけを三日月に吊り上げた少女の顔が見える。

 その眼は、まるで値踏みするかのように美樹の事をじっと見ていた。

 思わず振り返ると、そこには理都子が居るだけだった。

「どうしたの?」

 小動物のような愛らしい微笑みで理都子が訊ねる。

「あー、ううん。何か窓に映った感じがしたから」

「もう、七不思議だからって止めてよね、そう言うの。あ、美樹ってもしかして霊感とかある方なの?」

「ううん、全然。あー、ほら。うちで飼ってる猫がさ、天井とか庭の隅とか、時々じーって見ながら視線を動かす仕草をするのね。でもそこには虫も何にもなくて」

「猫って見えるって言うよね」

「あたしは全然。これって霊かも、みたいな体験も無いし、小中で七不思議とかそう言う体験も無いんだよね。あったら大変だけど」

「千夏ちゃんは文芸部の原稿はどんなふうにするの?」

「うーん、まだちょっと方向性は決まらないけど、フィクションにはしたくないなあ。折角だし研究考察してみたいかな」

「もしかして、現超研に行くのも研究の為?」

「そう。十年ごとに纏めたって言ってたでしょ? そうなると少しずつ変化していると思うんだよね。それを比較して調べると論文みたいで面白いかなって思うの」

 論文みたいで面白い、と言う感覚は美樹には理解できないが。

 旧校舎への通路は一階の渡り廊下のみ。吹き抜けなので雨の湿気が制服を湿らせる。

 ふと目を向けた美樹は、何か黒い影が雨樋を伝って素早く上に登ったような光景を垣間見た。

「ええっ?」

「どうしたの?」

 いきなり声を上げた美樹に、千夏がびくっと反応する。

「今何か動物が屋根の上に上がった」

「動物?」

「うん。結構大きいの。私の掌二枚分くらい」

「猫、ではありませんね。もしかしてドブネズミかしら。ドブネズミって、結構大きいから」

「理都子って変な事知ってるね。でもドブネズミじゃないよ。ドブネズミは垂直に登れないから。垂直に登れるネズミは、イエネズミの中ではクマネズミ。一般的に電気コードとか齧られたりする鼠害って呼ばれる物の八割がクマネズミだからね」

「私としては千夏の方が変な事知ってると思う。でも、そうだとしたらさっきのあれは何だろう?」

「山も近いからリスじゃないかしら?」

(でも、リスにしては頭が結構大きかった気もする。それに、この雨でリスって動くのかな)

 見間違いかも、と思い直し、旧校舎の扉を開ける。

 まだ木造校舎の残る旧校舎は、築六十年ほどで老朽化が進んでいる。それでも生徒が出入りする程度には使用可能だ。それを可能にするのは、偏にこの学校が地元の期待で作られたと言う経緯が関係している。戦後の混乱と人口の上昇を迎えた結果、家の安普請や手抜き工法が当たり前だった時代に、破格の良い木材と技術が使われたのだ。

 今ではこちらの校舎は授業には使われておらず、主に放課後の部活動が行われている。

「七不思議の内容を見て感じたんだけど、普通なら忌避されるような場所が舞台になりそうなものなんだけど。ほら、生物室の人体模型とか骨格標本が定番じゃない?」

「人体模型って、ちょっと目のやり場に困りますよね。お肉を想像してしまうし」

 美樹もその言葉には賛成だ。あの人体模型を見ると、肉系の物が食べにくくなる。特にホルモンは致命的だ。

「うんうん。そう言えば骨格標本が本当の人骨だとか、そう言うの聞いた事ある」

「最近、動物の骨だと思って学校に標本として置いていたのが実は人骨だったって言うニュースがあったね」

「ホルマリン漬けもそうだと思うんだけど。要は不気味な物を対象にするものよね。この旧校舎って怪談にはお誂え向きだと思うんだけど、でもあの記録だと、場所が旧校舎に指定されているのは旧図書室だけ。それも、本命は古文書ってオチ。地下は旧校舎にカウントするべきか迷うわね。入口があるなら、工事の時に見つからないと嘘じゃない」

 さっと見ただけで内容を把握していた千夏に驚きつつ、美樹は少し軋む廊下を進んだ。

 旧校舎は人気も少ない。決して少なくない生徒が利用している筈なのだが、天気の関係か今日の人口密度は低いようだった。

「現超研は一階の一番奥、か。あれかな?」

 元は教室の並びだった場所は、二分割か三分割されて部室として使われている。

 その奥の部屋の扉には、あからさまな魔法陣のペナントが貼られていた。分かりやすいと言えば分かりやすい。

 ノックをすると、中からガシャガシャ音がして、しばらく待った後、内側からガラリと開かれた。

 出てきたのは、猫背の小柄な男子生徒だった。

 鳥丸部長が身形の整ったアキバ系なら、こっちは身形を気にしない根暗アキバ系だろうか。

「………女子が三人? ああ、もしかして場所を間違えたか。チミたち、占い研は二階の奥だから。それじゃ」

 勝手に納得して部室に引っ込もうとする男子に思わず美樹が声を上げた。

「ちょっと待ってください! 私たちは文芸部なんです!」

「文芸部………ああ、鳥丸が言ってたっけ。七不思議を特集するから協力してくれって」

「ええと、貴方が輪納谷さんですか?」

「そうだよ。僕は三年の輪納谷だ。で、チミたちの目的は我々の七不思議研究記録でいいのかな? 廊下で立ち話もなんだし、良ければ中に入ってくれ」

 輪納谷の誘いだったが、三人はしばし躊躇する。

 単純に、輪納谷と部室のイメージがアレだったからだ。

「………信用されない風貌である事は理解しているつもりだけど、あからさまにウゲッと顔に出されると不愉快だよ」

「あ、いえ。すみません。あはは」

 千夏に肘で突かれつつ、輪納谷に着いて部室に入る。

 古い教室を二分割した構造なので、そう広くは無い。本棚を効率的に置く為か、入口から本棚の裏で通路を造り中に入るようになっていた。

「実は先客が居るんだ。そっちの対応もしなきゃならないんでね」

「先客? 私たち以外に文芸部の誰かが来てるんですか?」

「まあそうだね。生徒ではないけど」

 天井近くまで据えられた本棚が窓側以外に三面。窓側も避難用の場所を除けば下の段は本棚だった。

 部屋の中央には、ダイニングテーブル程度の大きさの机が据えられている。

 その周りに無造作に据えられた椅子の一つに座っていたのは、美樹たちも知っている人物だった。

「浅松先生っ?」

「お、文芸部一年三人組か。どうしたんだ?」

 浅松玖郎あさまつくろう。年齢は二十八歳。長身痩躯で微妙に美青年。今年赴任してきたばかりの日本史並びに選択科目の地域史担当の教師であり、文芸部の顧問でもあった。

 女子と言うものは本能的に年上を好む。浅松は外見から言えばモテてもおかしくないが、中身が変人と言う噂がすでに広まってしまっている。

「あ、先生。今日の文芸部集会来てませんでしたよね」

「内容は事前に部長から聞いてたからな。羽邑祭に部誌を出すんだろ。内容を学校の七不思議に準える。中々凝った話だと感心したよ。普通文芸部って各々が書きたいものを好きなように書くって言う混沌とした部分があるけど、高校でそこまで拘るって言うのは大したもんだ。って事は、おまえたちは現超研に七不思議を調べに来た、ってところかな」

 七不思議なんてお題に好意的な教師と言うのも珍しい。変人の変人である故だ。

「当たりです」

「あたしたちはともかく、何で先生が現超研に来てるんです?」

「そりゃ、ここにある資料に興味があってだよ。この現代超自然現象考察研究会は、何度か名前が変わってるんだが、元々は地域の民話とかを研究する地域史サークルだったんだな。その頃の資料は俺の担当する地域史には滅茶苦茶大事なんだよ」

「え? 最初からオカルト研究会じゃないんですか?」

 意外そうに呟いた美樹を、輪納谷が否定する。

「違うよ。チミ。元々は浅松先生が言う通り、羽邑の民俗研究会だったんだ。しかし、民俗学と言うのは綺麗事だけではないからね。性の宴もあれば、姥捨て赤子間引きのような凄惨な行為や、忌まわしい儀式が行われていた。もっともそれらは日本全国どこにでもあった事だよ。先人はそれらの記録をやがて他の地域と比較研究するようになった。結果、地域民俗研究と言う一面は廃れ、オカルト方向に傾いて行ったわけだね」

 部室の中を見れば、本棚には研究結果のファイルの他に著名なオカルト雑誌が創刊号からずらりと並べられている。

「『ムー』を始め、『アトランティス』に『レムリア』に『ハイパーボリア』まで創刊号から出揃っているみたい」

 理都子がそれらに興味を持ったようだが、美樹には意味が全然分からない。

「………凄いの、それ?」

 美樹は名前くらいしか知らない。

「『ムー』は総合オカルト雑誌で創刊以来三十年以上続いているの。『アトランティス』はカルト組織の陰謀論を中心に展開したけど三年くらいで休刊。『レムリア』はUMA専門で、『ハイパーボリア』は魔術専門だったんだけど長続きしなかったんだよ」

「………そりゃ長続きする気がしないラインナップだけど………むしろその雑誌の存在を知ってる理都子が驚きだよ」

「そう? ネットで調べれば出てくる程度の知識だけど」

 美樹はオカルトと言ってもせいぜい朝の占い程度だが、一応そう言うのもインドア趣味と言えなくもないし、女子とオカルトは切っても切れないと考えられなくもない。むしろ理都子のイメージ的に有りな気もする。

「まあ公立高校で揃えているのは、日本全国でもここだけだと思うね。私立だと千葉の飯綱大学付属とかにあるそうだけど」

「飯綱の図書館は半端じゃないからな。俺も大学時代よく世話になった」

「先生ってそっちの大学に居たんですか?」

「ああ。俺は飯綱の卒業生なんだよ」

 教師の出身大学なんてあんまり興味は無かったから、その発言にも大した感慨は無かった。

 しかし、優等生の千夏は違ったらしい。

「………飯綱大学って、医学部と薬学部ですよね? それでなんで日本史教師なんです?」

「ええっ?」

「いや、飯綱にも人文社会学部あるって」

 浅松は苦笑いしながら指摘した。エリートなイメージのある医学部や薬学部と比べられると気まずいのかもしれない。

 正直、美樹は高校に入ったばかりなのに大学進学の事を考えると言う気にはなれなかった。

 羽邑北高校は公立だが、それなりに進学率は高い。

 美樹がこの学校を選んだのは単に通い易いからだったが、勉強は結構大変だ。

「まああそこの人文社会学部は、考古学とか民俗学の方に行くのが普通で、教師に行くのは少ないけどな。マイナーな学部なんだよ。それで、おまえたちは七不思議を調べに来たんじゃないのか? 放課後は短いぞ」

「そうでした。それで輪納谷先輩、ここには十年ごとの七不思議の記録が残っていると聞いているんですけど。見せて頂けませんか?」

「ああ、待ってくれ。七不思議関係の資料はここに纏めてあるんだ。悪いけど貸し出しはできないから、ここで見て行ってくれ」

 輪納谷は本棚の片隅から五冊のファイルを取り出してテーブルの上に置いた。

「コピーか写真はダメですか?」

「写真は構わないよ。別に学会に出す論文じゃないしね。むしろ先代からの申し送りで、研究を見たいと言う相手には見せるように言われているんだ」

「スマホいいなー。私まだガラケーだもん。高校入学のお祝いで買って貰おうと思ったのに」

「私もスマホはまだなの。ねえ、写真って、スマホだと見難くない?」

「慣れるよ。それに後で加工してタブレットで読むから」

 カシャカシャとスマホが写真を撮っていく。

 撮り終わったファイルを美樹と理都子は適当に眺めていく。

 一方、興味を持ったのか、それとも文芸部顧問としての体裁か、浅松もファイルを読み始めた。

「………あんまり変わんないみたい。これ、ほとんど同じ事書いてない? 文芸部にあった奴の方が小説とかあって面白かったけど」 

「でも七不思議だし、そう言うのって変わらないんじゃないかしら?」

「浅松先生はどう思います?」

「どう、って。まあ興味深いな。特にこの地で起きた大火災と言うのが興味を惹かれる。普通、学校の怪談で悲劇のあった土地とか元墓地とか、そう言う設定は嘘なんだが、この学校の場合は本当にここで一つの家が滅んだと言う歴史があるわけだ。それを下敷きにした怪談が生まれているのは興味深いな。この『焼け爛れた男』や『封じられた地下防空壕』は明らかにそう言う流れがあるんだろう」 

 暫くして千夏がスマホ内のデータを確認してファイルは元に戻された。


「また何かあったら来ます」

 出口で千夏が頭を下げたので、美樹も理都子もそれに倣った。

「構わないよ。僕は大概ここに居るしね」

「輪納谷先輩は今年七不思議を研究しないんですか? 今年って十年目ですよね?」

「もちろんするとも。絶賛調査中だよ。先代から念押しされているからね。『おまえは十年目だぞ』って。僕は今回、二つ目の『裏山の首塚』に関してデータを集めているんだ」

「『裏山の首塚』ですか?」

「うん。何か歴史的な謂れがあると思うんだよ。ただ、この地を牛耳っていた一族の敷地のせいか、思ったほど地元に資料が無いんだ。七番目の『トコカワカズコ』に次いで謎が多いのが『裏山の首塚』なんだよ。夏休みには県の図書館や周辺自治体の図書館を回るつもりだよ」

 浅松はもう少し現超研に残るらしく、三人は旧校舎と新校舎の連絡通路に向かった。

「ねえ、旧図書室ってどっちなのかな?」

 不意に理都子がそう尋ねる。

 それに対して、千夏が即答した。

「教室通路の逆。職員室のあった通りの奥の筈」

 旧校舎は大体Lの字になっている。南向きの棟が教室で、東向きが職員室や特別教室が集められていたようだ。

「一階?」

「そう、一階。本って重いから、木造校舎で二階には置けなかったんでしょ? 現超研も一階だし」

「なるほどね。本棚だって、木製でがっちり作ったら重くなるよね。でも、理都子。なんで図書室なの?」

「うん。輪納谷先輩が七不思議の一つに絞って研究するって言ってたでしょ。そのやり方が良いんじゃないかと思ったの。それで、私は五番目の『禁忌の寄贈図書』が気になって」

 確かに、本気で取り組む総合研究ならともかく、文芸部が作品を書くのなら何も七つである必要性は無い。まして普段幽霊部員の美樹や理都子なら尚更だ。

 むしろ一つに絞った方が研究でも小説でも書き易いのかもしれない。

「古文書って、惹かれるから」

「でも、旧図書室にはもう無いって研究されているよね。さすがに五十年間探せなかった物があるとは思えないんだけど」

「待って美樹。どうせ学校の七不思議なんだもの。そこから否定しちゃったら面白くないわ。良いじゃない。現場百遍って言うでしょ?」

「それは刑事用語じゃないの」

「あら、あたしの叔父さんって県警の刑事なんだけど、刑事は未解決事件で十年前の現場だって戻るらしいわよ。ただ、あたしはやっぱり全体的に調べてみようと思うんだけど、美樹は?」

「私? 私は………うーん、まだ保留かな」

 気になると言えば幾つか気になる物もある。

 例えば七番目の『トコカワカズコ』とか。

ただ、今すぐ絞ると言う気分でもない。

「それなら美樹ちゃんは私と調べてみない?」

 理都子の提案にしばし考えてみるが、断る理由も無い。それに一緒にやった方が楽しいだろう。放課後に何が悲しくて一人で七不思議を調べると言うのか。

「………うん、それも良いかな」

「あたしは暫く部室に詰めるから。何かあったらそっちでね」

 旧校舎を出た三人は、酷い雨模様に顔をしかめながらも、昇降口に向かうのだった。


   *


「………なぜ、民俗史研究がオカルト研究に摩り替ったのか。その理由を輪納谷はわかるか?」

 文芸部の三人が退室した現超研の部室で、浅松はテーブルを挟んで輪納谷と向かい合っていた。

「………これは僕の妄想に過ぎない話ですが」

「聞こう。研究に妄想は不可欠だ。最後まで残しては駄目だが、どんな研究もきっかけは妄想だからな」

「これまで現超研に至るまで十回近く名称が変化している。でも資料は引き継いでいる。看板は変えながらも中身を変えない、と言う事です。そして七不思議に関しては必ず十年に一度研究を発表するように申し送りがある。民俗史研究と言う看板が不都合になったとして、僕はオカルトと言う看板を掛けて注意を逸らしたのでは、と思えてなりません」

「………たかだが一公立高校のオカルト研究会が何か禁断の発見をしてしまうような事は無いと思えるが………この羽邑市の歴史を見れば一概に断言できない気もするな」

「浅松先生。僕は『裏山の首塚』の謎こそ、全ての鍵ではないかと思っているんです。今、あの場所は生徒の立ち入りを禁止しています。首吊り自殺が多発したと言うのが表の理由ですが、僕はそれだけではないと思っています」

「………できれば昔の事に詳しい人物が居ればいいんだがな。大火事の事や、それ以前の事を聞きたい」

「どうでしょうね。現超研の調査では、古老たちは余り昔の事を喋りたがらないんです。特に、大火事に有った一族の事に関して。現超研に残された資料では、とんでもない権力を持った一族だったらしいんですが、その理由が分からないんです。羽邑市は昔から街があったとは言え、県庁所在地でもない、旧制中学が置かれなかった程度の町です。それなのに、不自然なほど一族は傍若無人だった。江戸時代も、新政府になっても、軍部が実権を握った時代でも」

「彼らは何かを知っていた。いや、何かを持っていたと言う事か? だが、権力と言う暴力に対抗できる物とは………なんだ?」

「首塚。その名前が何を示すかだと思うんですが


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