へっぽこな現状
「お前は本来なら勘当だ、だがな、如何に無能と言えども正直に勘当などしてしまえば我が家の恥となる。よって縁のある伯爵家の一家に養子に行ってもらう事にした」
その話をノートは9歳の時にされたが、彼は仕方がないかと受け入れた。
代々名誉ある近衛騎士団の団長を続ける事で叙爵されてきた一家において剣は使えてではなく一流になって当たり前。
魔法のある世界で騎士などと思う無かれ、魔法を通さない鎧を装備し、魔法剣や魔法武器で攻撃をするエリート集団が近衛騎士団である。
ノートの実家はその近衛騎士弾の中でも名門の中の名門であった。
これで母が正妻でなければ養子や勘当で済まなかったかもしれない。
母も跡取りにできない息子ではなく弟の方を愛していたし、妾の子供達も悉く彼に対して攻撃的だった。
無理な訓練から逃れると、養子になる事も良かったとさえ考えてノートは最初喜んだ。
しかし、態のいい厄介払いされてきた養子など、田舎の伯爵家が喜ぶはずも無く、実際には家で処分できないからと送られてきた子供の面倒を見るだけの一家だった。
ノートがこの時に思ったのが取りあえず死ななくてすんで良かったと言う事だ。
ある意味楽天的であり、前向きすぎるこの性格を全員が馬鹿だからだと納得していた。
ノートは自分の財産の主張をし、即座にその家から養育費を奪い返して、一人で生きる事を決めたが、突然の出来事に誰一人としてそれを止める者は居なかった。
幼少の頃、一応は彼も実家で『魔法が使えるのですが』と意見した事もあったが、魔法士殺しと言われ、戦闘のプロ集団である近衛騎士団の団長を勤める父の反応は冷ややかで『それがどうした、魔力など魔法剣を発動するだけで事足りる』と一蹴されて済まされた。
その事に絶望したノートは表立って行動しなかっただけで、実際は個人での魔法練習や勉強を秘密裏に続けた。
結果として魔法については一族の中で一番優れているだけ留まらず、王都でも有数の魔法の知識と頭脳をもっていた。
魔法に夢を持ち、密かに練習を続けた理由、それは彼が転生者である事だった。
転生当初のノートは「なに剣と魔法の世界……テンプレだー、面倒だー、でも家はいいし期待度マックス!」と喜んでいた。
テンプレなんだし魔法訓練! と喜びながらやりつつも、幼少期には、なかなか強くならない肉体に焦りを抱きだしていた。
肉体チートは無しかーと絶望に苛まれつつももしかしたら魔法で! と思い意見したが父親に一蹴されたところで心が折れたのだ。
それも悪い方向に。まあ壮絶な勘違いの果てなのだが、魔法に傾倒した事を考えれば全てが間違っている訳でもなかった。
ノートの過去とはこうした挫折から成り立っている。
ともあれ現在、薬草の採取を終えたノートは人の居ない草原で魔法の訓練に励んでいた。
この世界で『魔法士』と大まかに呼ばれているのは『精霊魔法士』『魔法術士』『理力魔法士』で、内容は大きく異なるのだが『神秘を扱う職』として一括りにされている。
精霊魔法士とは精霊と契約を持つ事が必須条件で、契約精霊の種類や位階によって能力が変わる。
ある意味で魔力さえあればある程度の事も任せられる、なので他の才能が無くてこの職に就くものもいる。
大精霊の位階の契約者は滅多に現れないが、凄まじい力を手に入れる可能性がある為に侮る事が出来ない職でもある。
魔法術士は一番簡単になることが可能な職だが、同時に奥が深い職種でもある。
一応、魔力と術式の篭った杖を持てば名乗れるのだが、魔結晶と言われる魔石で代用可能な事からも偽者が多かったりもする。
故に魔法士全般の地位が低く見られる原因でもあるが、実はその術式の多さや陣の多様性から極めた者は魔導の深淵を覗くと言われ、即興性の強い頼れる存在が多いのも事実である。
理力魔法士は最も少ない魔法士の職種である。
その原因は理を知る事の難しさにある。元素魔法とも呼ばれていて一生涯をかけなくては一流になれない職であり、極めれば最強の職でもある。
故にその全てを極めれば賢者と呼ばれる。そしてその身は朽ちる事がなくなり世界には数人の賢者がいるのだと言われている。
もちろん複数の技術を使う術者もいるので一括りにして魔法士と呼ばれているのだが、ノートにとってはある意味好都合だった。
彼は魔法を熱量魔法、質量魔法、動作魔法、形成魔法、源力魔法と分けて考えたし、想像魔法といった分野と完全に別個に研究し続けていて、それが生命魔法、肉体魔法、重力魔法や空間魔法などに至った。
要は理力魔法士として高度な研究をした上で、魔法なんてファンタジーな現象が引き起こされているのだから、想像で生命だろうが肉体操作だろうが重力や空間などの『理』とも言えるものでも操れるはずというノートの滅茶苦茶な主張によって研究された物だ。
これが正解だった為に父に対して魔法の事を話したのだったが、縁を切って捨てられた彼は己の為だけにこの力を研究し続けている。
ノートの魔法の事を聞いただけなら超一流のようだがへっぽこなのは変わらない。
理論が完成していて、頭が良く魔力が高かろうと、実践されていなければ何の価値もないのは世の常である。
こんな現状を知れば何故そうなる前に何とかしなかったのかと思われるだろう。
貴族に生まれたのだから、所謂NAISEIというチートを使えばいいじゃないかと。
しかしよく考えてみて欲しい。家族からの扱いも悪かったら? 養子に出された先でも歓待されないノートの人生で、誰かの為に何かをするだろうか?
そんな訳で日々研究と実践の為に薬草を採取しまくり、暇を見つけては実践に余念が無い男。
「うーん、理力魔法と区別をつけて更に体系化したのにうまくいかない、どーしてだー!」
それがノートという青年である。