カメムシの味に引き出された感情
「あなたって、はっきりしない男よね」
味噌汁をすする私に、妻は溜息をしながらそう言った。味噌汁の味噌加減はどうかとか、漬物の塩加減はどうかとか、食事のたびに私に聞いてくる妻に、私はいつも「ああ、問題ない。ちょうどいい」と答えてきた。その回答が妻にとっては曖昧で、不愉快らしかった。私はそこそこ食えれば多少味がしょっぱろうが薄かろうが構わないのだ。細かいことは気にしない性質なのだ。
「アイツ、何考えてるかわかんねえよ」
学生時代、私のことを級友はそう言った。私は物心ついた頃から、何かを自分で決めることが苦手だった。というより、自分の意見を持ち合わせていなかった。自分で物事を考えるようなことは殆ど無く、なんとなくいいと思われる無難な意見に賛同する。極力目立つようなことはしない。白でも黒でもない。私は灰色だった。感情を表沙汰にするなど冷静さに欠ける愚かな行為だと心得ていたのだ。
しかし私は今、妻が作った菜っ葉の味噌汁をすすりながら考える。私は単に臆病なだけではないのだろうか。白黒はっきりした意見を述べることで、誰かを傷つけたり、誰かに嫌われてしまうことを恐れてしまっているのではないか。例えば今のこの状況。妻が今朝、早起きをして作ったこの味噌汁を、私が「味が薄い」と指摘することで、妻を傷つけてしまうのではないか。私が自分の意見を表沙汰にしないのは、そういう恐れからくるのかもしれない。
そう考えていると、口の中でなにやら違和感を覚えた。味噌汁の具の菜っ葉とは到底思えない歯ごたえがあった。瞬時に私の舌に、苦い歯磨き粉のような刺激が走った。明らかにそれは、味噌汁の具とは違い、私は思わず口の中のものを吐き出した。
「おい!味噌汁の中に…味噌汁の中に…」
「ちょっと…なによあなた…?」
私は妻に、怒りをあらわにした。妻はすこし怯えた様子だ。
「か、カ、カメ…カメム…シ」
「えっ!?嘘っ」
私の味噌汁の中に、菜っ葉にまぎれてカメムシが入っていたのだ!私はそれを、おもいっきり噛んで、味わってしまったのだ。
妻と結婚して、これほど感情的になったことは初めてだった。
あのとき食べたカメムシは、まずかった。はっきりと言える。まずかった。
しかし私は、味噌汁の中に入っていたカメムシに感謝している。妻に対していつも曖昧な感想しか述べていなかった私は、あの日を境に、ありのままの意見を妻に伝えるようになった。私の感情は、カメムシによって引き出された。私は自分の感情を内に隠すことをやめ、はっきり、外に吐き出すことにした。




