下野くんの想い
鈴川先生が生徒にコーヒーをごちそうすることは、そんなに珍しいことではない。僕もいただいたことがあるし、先生が顧問をしている放送部の島崎なんて僕より多く飲んでいるはずだ。
でも、村上さんが鈴川先生にコーヒーをいれてもらって一緒に飲んだことは、彼女に片思いをしている男としては、非常に面白くない。
彼女と初めて出会ったのは、入部届けを出すために訪れた美術室。1年生が2人だけでしかも女子、ということで最初は戸惑ったものの彼女の物怖じしない性格がよかったのか、すぐに仲良くなった。そして一緒に過ごしているうちに、気持ちは友達から異性に対するものに変わった。
彼女は時折黒い発言をするけど、その裏では親友である北条さんや僕、後輩たちのことを考えているとわかるので、僕は彼女に腹を立てたことはない。北条さんや後輩たちだってきっとそうだ。
後夜祭のあとに北条さんと島崎がつきあうことになったらしいけど、その裏には絶対彼女が絡んでいる、と僕はにらんでいる。あんなに都合よく島崎の空き時間と彼女の受付時間が被るなんて作られた偶然以外あるわけがないだろう?
たぶん、最初のうちは面白がって・・・というより、王子様と呼ばれているが実は策士な島崎の性格を何らかの形で知った村上さんが北条さんを心配して邪魔していたんだろうけど、何かのきっかけで2人をくっつけるのをアシストすることにしたんだろう。
きっと、そのへんを彼女に聞いても“そんなことあるわけないじゃーん”と言われるのがオチなんだろうな。
後夜祭の花火を2人で並んでみていたとき、僕は花火よりも彼女を見ていた。1年生のときからあまり変わらないあごのラインで切りそろえたヘアスタイル、普段から意志の強さを感じるけど、絵を描くときにはさらに真剣になる瞳・・・・僕と彼女はクラスも希望大学も違うから、近くで見ることが出来るのは今だけだ。
どうにか卒業までに距離を縮めたいんだけどな。
後夜祭が終わって1ヶ月、僕たち3年生は本格的に受験モードに突入していた。系列大学の内部試験が2週間後に迫り、図書室は3年生の姿が多い。
図書室に行くと、村上さんが問題集片手に眉間にシワを寄せいているのが見えた。隣の席が空いているようなので、僕は静かに歩いて近づく。
「村上さん、眉間にシワがよってる」
「え、部長?びっくりした」
「隣って空いてる?」
「うん、どうぞ」
隣に座ってふと気づく。もしかして美術室にいるときよりも彼女と距離が近いかもしれない・・・心臓がはねるけど、彼女にも誰にも悟られたくないから表面上は普通にする。
「どこか分からないところであったの?」
「ん?ふふふ、違うよ。ちょっと目が疲れたの」
「それならいいんだ。村上さんは何時くらいまでここにいる予定?」
「そうだね~、あと1時間くらい。部長は?」
「僕もそれくらいの予定。ちょっと授業の復習をしたいだけだから」
「そっか~。部長の受験のほうが私よりもはるかに大変だものね」
「受験の大変さは皆同じだよ。ねえ、今日は久しぶりに一緒に帰らない?」
美術部のときは一緒に帰るのが普通で、そこで今度作ろうと思ってるお菓子の話や部活の話を村上さんと話しながら帰っていた。ほんの1ヶ月くらい前までは普通のことだったのに、なんだかすごく前のことみたいだ。
「うん、いいよ」
村上さんがうなずいてくれて、僕の心は浮上する。
図書室から一緒に歩いていると、向こう側から鈴川先生が歩いてきた。互いに気づいて立ち止まる。
「2人とも図書室で勉強していたのか?」
「はい。村上さんと図書室で偶然に会ってこれから一緒に帰るところです」
「そうか、気をつけて帰れよ。あ、村上」
「はい?」
「もうすぐ内部試験だから風邪ひかないようにな」
「はい。気をつけます」
村上さんの返事を聞いた鈴川先生は笑う。元担任としての心配なんだろうけど・・・普段、先生を囲んでいる女子生徒に向ける笑顔と違う気がするんだ。
僕の勘違いだといいんだけど。




