マカロンと後夜祭
作品展を終えて、一緒に打ち上げの準備をしていた後輩がうきうきした様子で私に尋ねた。
「村上先輩、今年の部長スイーツはなんでしょうね」
「うーん、なんだろうね?」
本当はマカロンだって知ってるんだけど、下野くんから口止めをされているので私は知らないふりをした。
「先輩、本当に知らないんですか?部長と仲良しなのに~」
「同学年なの部長だけだもん、仲良いのは当たり前」
「それはそうですけどお」
「村上さん、ちょっと手伝ってくれるかな」
そこに下野くんから声がかかった。なんて素晴らしいタイミング・・・さすがだな、部長!私は別の後輩にその場を任せて、下野くんのほうに歩いていった。
「部長、いいタイミングで呼んでくれてありがとう。でもどうして皆、部長に聞かないんだろ」
「ふふ、まあ聞かれても教えないけどね。あ、お皿にこれを移してもらえるかな」
「はーい」
手渡された袋の中身は私も試食したいちご味のマカロンのほかに緑色のマカロンが入っていた。
「これね、ピスタチオのマカロンなんだ。ごめんね、思い立って作ったものだから試食してもらう時間がなくて」
「そんなの気にしなくていいよ。この袋と、もう一つあるんだね?」
「うん。そうなんだ」
そう言って部長が皿に移したのはうずまき模様と市松模様のアイスボックスクッキー。
「これ、一番最初に食べた部長のお手製だね」
「嬉しいな、覚えててくれたんだ。あの、村上さん・・・」
部長が何か言おうとしたときに、美術室のドアが開く音がした。
「お。やってるな」
部員たちが歓声をあげてお皿に並べられた部長のお菓子を食べ始めた頃、校内の巡回をしていたらしい美術部の顧問である鳥海先生と鈴川先生が顔を出した。
「お。今年のお菓子は豪華だな、下野」
甘党の鳥海先生はうきうきと美術室に入ってきた。私は黙って先生に紙皿を渡した。
「ありがとな、村上」
「今年は鈴川先生と巡回ですか」
「そうなんだよ。巡回はここで終わりだ・・・うん、このマカロンのピスタチオクリームは絶品だな」
「そりゃよかったですね。でも先生、ドアのところで鈴川先生が困ってます」
「あ!村上~、悪いけど連れてきてよ」
昨年は同じような状態に蒼山先生を放置して今年は鈴川先生か・・・気の毒に。私はやれやれと肩をすくめて、鈴川先生に近寄った。
「鈴川先生、よかったら打ち上げに参加してください」
「ありがとう村上、じゃあお邪魔するよ・・・これ手作り?もしかして村上が作ったの?」
昨年の蒼山先生と同じ質問をしてくるあたり、やっぱり手作りは女子ってイメージなんだな。
「鈴川先生、僕が作ったんです」
いつの間にか側にきていた下野くんから教えられた鈴川先生は驚いた顔をした。
「これを下野が作ったのか。すごいなあ~」
マカロンを手にした鈴川先生は感心しきりの様子で、食べずに見ている。
「たいしたことありませんよ。はい、村上さんの紅茶」
「わー、ありがとう。部長が入れてくれる紅茶って美味しいんだよね~」
下野くんが私のマグに入れてくれたのは、いつものダージリンだ。
「どういたしまして。鈴川先生はコーヒーとお茶、どちらにしますか?」
「私は自分でもらうから大丈夫だよ。村上は紅茶が好きなのか?」
「はい」
「じゃあこの間は悪いことしたな」
「村上さん、この間って?」
「この間、鈴川先生のところに課題のプリントを集めて持っていったときに数学準備室で先生にコーヒーをごちそうになったんだよ」
「ふうん、そうなんだ」
下野くんがちらりと鈴川先生を見ると、先生のほうも下野くんを見返している。
「さてコーヒーをもらってくるかな」
鈴川先生が私たちから離れて、コーヒーをもらいに行った。まあ、飲み物を用意しながらお菓子を食べたほうがいいわな。そこでふと下野くんを見ると、なんだか考え込んだ顔をしている。
「下野くん、考え込んじゃってどうしたの?お菓子の出来ならいつものようにとっても美味しいけど」
「え?ああ、お菓子のことを考えていたわけじゃないんだ」
そのとき、突然教室の明かりが消えた。そして外からどーんと大きな音が聞こえてきた。
「もう花火の時間なんだ。いきなり暗くなるからびっくりしたよ~」
「今年でここから見る花火は最後なのが寂しいね」
「うん、寂しいね」
私と下野くんは、そのあと花火が終わるまで会話をせずにずっと外を眺めていた。




