文化祭と板ばさみ
つながれた手をぱっと離すと、島崎くんが怪訝な顔をした。
「どうして手を離したのかな」
「え、だってもう美術室到着したし」
「迷子になるほど美術室は混雑してないし」
「そうそう・・・って、ちなちゃん!いつからここに」
「いつからって、沙和が手をぱっと離したところから?廊下でなに甘酸っぱいことやってるんだか」
ちなちゃんは私たちを見てにやりとした。
せっかくだから作品を説明してあげると、ちなちゃんが言い出し3人で展示物を見ることになった。
「村上さん、受付しないでいいの?」
「もう最終時間に近いから入場してくる人なんていないわよ。だからじーっくり説明してあげるから」
「その申し出はありがたいんだけど、受付が1人しかいないってのはかわいそうだよ」
「大丈夫、今受付に座っているのは部長だから」
確かに受付の席には、美術部の部長さんが。彼はいつも穏かな微笑を浮かべている物静かな男子だ。ちなちゃんに言わせると「うちの部長は絵を書いてるときは厳しいけど、普段は拝みたくなるくらいいい人」らしい。
「なるほど。逆らってはいけない人を知っているんだね」
「島崎くんってときどき意味不明なこというよね」
「ああ、それともうまく転がされてるのかな。仏様の手の上で」
「私は空飛ぶお猿か」
「ち、ちなちゃんっ。昨年は絵ばかりだったけど、今年は・・・シルバーアクセサリーとか彫刻もあるんだね」
ちなちゃんと島崎くんの会話は見えない火花が散っている感じがしてしょうがない。
「あ、そうなのよ。今年は絵だけじゃなくて、いろいろチャレンジしてみようって部長が言い出してね。といっても私は今年も絵なんだけどさ」
「私はちなちゃんの絵が好きだから、今年も見られてうれしいよ」
「んふふふー、ありがと沙和」
「うわっ」
ちなちゃんがぎゅっと抱きついてきたので、私ははいはいと肩をたたく。すると、今度はちょっと離れて私の隣にいる島崎くんのほうを見ている。
「島崎くんにはまだ無理よねー」
「ちなちゃん、なにが?」
「ここは村上さんに譲ってあげるよ」
だから私を挟んで火花散る会話をするのはやめようよ・・・・2人とも。
展示物を見終わる頃、文化祭の終了10分前を告げるアナウンスが流れた。普通に作品を見ているのは私と島崎くんだけになっていた。
「そろそろ出ようか、北条さん」
「うん、そうだね」
「あらー、一緒にここで見ればいいのに」
「これから美術部の皆で片付けするんでしょ、俺たちは邪魔だからさ」
ちなちゃんがニヤリとしていえば、なぜか島崎くんもニヤリと返す。なんか、この2人似たもの同士の気がするのは、私の気のせいかなあ。
「なんか、2人とも似てるよね」
「「は?」」
思わずポロリとこぼした言葉に、同じ反応をするあたり・・・なんか、おかしくなって私がふふっと笑うと、2人ともなぜか微妙な表情になっている。
「ちょっと沙和、私の心は少なくとも島崎くんに比べたら湧き水みたいに澄んでるわよっ」
「いくら澄んでいても飲めない水だってあるしね、村上さん」
しまった・・・火に油を注いじゃったか、私。ありゃ~と思っていると、意外な方面から助け舟が現れた。
「村上さん。そろそろ他の部員も来るし、片づけを始めない?島崎も片付け手伝ってよ」
部長さんがにこにこと2人の間に割って入った。
「部長、島崎くんと顔見知りだったの」
「僕もクラスは違うけど国立理系だし、部長会議で顔を合わせているからね。島崎、片付けを手伝わないなら後夜祭にそろそろ行ったほうがいいよ。北条さん、今日は見に来てくれてありがとう」
「どの作品も素敵でした」
「僕も同じ3年なんだから、そんな丁寧な口調じゃないくていいよ。あ、僕は下野って言うんだ。よろしくね」
「あ、こちらこそよろしくおねが・・・じゃなくて、よろしくね」
下野くんって言うんだ・・・ここにくるたびに顔を合わせていたけど、今日初めて名字を知ったよ。皆が部長って呼ぶから、部長で覚えてた。
下野くんに言われたのをきっかけに、私たちは美術室を出た。そのとたん、島崎くんが私の手をつないだ。




