10月の図書室
うちの学校は2学期中間テストのあとに文化祭があって、テストの成績が悪いと文化祭の準備に参加できないという決まりがある。それはクラスだけではなく部活動でも同じことで、いつにもまして私たちは勉強を頑張る。
私と島崎くんが付き合っているという噂は、いつの間にか消えていた。“噂なんてすぐになくなるよ”島崎くんの言うことは正しかった。
なぜか噂が消えてから島崎くんと接する機会が増えて、私のなかの島崎くんへの苦手意識が少しずつ薄れていく。
数学は得意だけど、古文はちょっと苦手なこと。でも私の数学のように先生に呼び出されるということはなく、理数系に比べるとちょっと劣るということらしい。
アイスはバニラアイスが一番好きで、“放送部の王子様”と呼ばれることに戸惑っていること。
「俺さ、自分の声が“いい声”だなんて思ってもいなかったんだ。それが放送部で話しているだけなのに、王子って呼ばれちゃってさ」
「あのね、島崎くんの声は“いい声”だと思うよ。皆、お昼の放送が島崎くんのときはとっても静かに聞いてるよ」
「じゃあ北条さんも静かに聞いてるんだ」
「うん、まあ・・・」
とても“昼休みくらい好きにリラックスしたいと思っていました”とは言えない・・・。
図書室に向かう廊下で私たちはそんなたわいもない話をする。今日から部活はテスト休みで、私は図書室で島崎くんに数学を教えてもらう約束をしていた。
島崎くんは並んで座ることが好きみたい。以前に図書室で勉強したときも彼は私の隣に座っていた。
隣に島崎くんの気配を感じるのと、向かい合わせで顔を上げたときにふと目が合ってしまうのと、どちらが緊張するものなんだろう・・・ふと思って横顔をちらりと見る。
島崎くんは以前にも見た理数クラス専用の教科書を開いて、ときどき考え込みながらシャープペンシルを走らせている。でも、よく見ると考え込むというより問題を解くことを楽しんでいる感じがする。
島崎くんが放送部の王子様って呼ばれるのは“いい声”だけじゃなくて、その外見も理由だった。声と違和感のない端正な横顔をぼんやり見ていると、島崎くんが私のほうに顔を向けて微笑んだ。
「北条さん、分からないところでもあった?」
「へっ・・・え、あ・・・ううん。大丈夫」
「そう?なんかぼんやりしていた気がしたから」
「ご、ごめんなさいっ」
「謝ることなんてないよ。本当に遠慮しないでいいからね」
私ったら、テスト勉強しにきてるのに島崎くんの横顔に見とれてどうすんのよっ。勉強しなくちゃ!!
「島崎くんも図書室でテスト勉強だったの?」
そこにふと、女の子の声が聞こえた。島崎くんが顔を上げたのが分かったけど、私は顔を上げなかった。
「そうだよ。北条さん、同じ国立理系組の三宅さんだよ」
「・・・こんにちは北条さん」
「こ、こんにちは三宅さん」
三宅さんのことは名前を知っていても、同じクラスになったことはないから顔を近くで見たことはなかったけど、噂どおりの美人さんだ。そして、なぜか私のことをすごく気にしてるみたい。
「北条さんって、どの組なの?」
「私は系列文系組なの」
「ふうん。ねえ島崎くん、私も勉強を一緒にしてもいいかな。ちょっと授業で分からないところがあって」
「首席の三宅さんに分からない問題は俺には無理だよ。鈴川先生に聞いたら?」
首席・・・は~~~・・・国立理系クラスで首席。すごいなあ。でも、三宅さんは島崎くんの発言にきれいな顔を少しゆがめて、悔しそうな目で私を見た。
「そう、わかった。鈴川先生に聞くわ。勉強の邪魔してごめんね、北条さん」
「う、ううん。平気」
鈍いと言われる私だって、さすがに気づいた。もしかして三宅さん・・・・え。えええっ。だとしたら、どうしよう・・・いや、どうしようって私が決めることじゃないんだけどっ。
「ごめんね、北条さん。もう少し勉強したら帰ろうか」
「う、うん・・・」
私、島崎くんがそっけなく断ったことが嬉しい。もし三宅さんが一緒に勉強なんてことになったら、きっとすごくムカムカしちゃうんだ。やだな、私ものすごく性格悪いよ・・・・。
「北条さん、どうしたの?」
思わずはあ~とため息をついたら、島崎くんに聞かれてしまった。
「なんでもないよっ。三宅さんって首席なうえに美人さんなんてすごいね。私とは大違い」
「・・・・俺は北条さんのほうが一緒にいて楽しいよ。それに三宅さんと北条さんを比べる意味がない」
島崎くんの言葉で気分が浮上して、そばにいると緊張もするけど、どきどきして恥ずかしくて嬉しくなる。
私、もしかして・・・・島崎くんのこと、すき?




