夏休み明けの動揺:前編
「うーん・・・眠い」
文化祭に備え、朝錬のため1時間早く登校しているせいか、とっても眠い。でも電車がすいているのは快適だったなあ・・・・そんなことを思いながら首をコキコキ。ふと、ここまでぼんやり歩いていたせいか、前を歩く人にようやく気がつく。
あの後姿・・・島崎くん?新学期になったら話しかけてみようってちなちゃんと話していたけど、まさかここでそんな機会が巡ってくるなんて。よ、よしっ・・・私はちょっと小走りしてもう少し島崎くんに近づいた。
「し、島崎くんっ。お、おはようっ」
「おはよう、北条さん」
島崎くんはちょっと驚いたようだけど(そりゃそうだ、後ろからいきなり声をかけたんだから)、にっこり笑ってくれる。それにしても朝から美声を聞くと、やっぱり緊張する。
でもよかった・・・自分から挨拶できた。まずは第一関門突破かな。
「北条さん、早いね」
「部活の朝錬があって。島崎くんはいつもこの時間なの?」
「うん。この時間って教室も静かだから結構勉強がはかどるんだ」
はー・・・朝早くから勉強かあ。島崎くんってすごいなあ。私、自分でも結構頑張ってるって自負してたけど、まだまだだ。
「島崎くん、すごいね」
「そんなことないよ。北条さんも部活と勉強両立してるしすごいと思う」
島崎くんに褒められた・・・すごく嬉しい。
「あ、ありがとう」
「ところで数学は大丈夫?」
「う・・・うん、まあなんとか?」
私が答えに詰まったのがちょっと面白かったのか、島崎くんがふきだす。
「北条さん、村上さんあたりに正直者って言われない?」
「どうして分かるの?」
島崎くんが笑いをこらえようとするのがちょっと面白くない。思わずムッとすると
「ご、ごめんっ。でもそれって悪いことじゃないよ・・・ぷっ、ははははっ!」
ついに島崎くんが笑いだしてしまった。島崎くんも大笑いするんだ・・・新鮮~。
思わずまじまじと見ていると、笑いがおさまった島崎くんと目が合ってしまった。
「俺の顔になにかついてる?」
「えっ!!う、ううん。そうじゃなくて島崎くんも大笑いってするんだなと思って」
「俺だって大笑いくらいするよ。北条さん、俺をなんだと思ってるの」
「・・・・いつも落ち着いてる感じ?騒がしい島崎くんって想像つかない」
あとは、やっぱり放送部の王子様かな・・・本当はこう続けたかったけれど、何となく言い出せなかった。
「あの、北条先輩」
朝錬を終えて皆が音楽室からいなくなり、最後に鍵を閉めると同じパートの2年生の後輩から声をかけられた。
「はい?もしかして忘れ物?」
「い、いいえっ。実はちょっと友達から頼まれてしまって・・・あのっ北条先輩は放送部の島崎先輩とつきあってるといううわさがあるんですけど、本当でしょうか?すいません私は聞くのを断ったんですけど、どうしてもって」
「へっ?!」
私と島崎くんがつきあってるって・・・確かに一緒にジェラート食べたり、図書室で勉強したりしてるけど別につきあってるつもりじゃないけど・・・えええっ。
「2人は“まだ”友達よ」
なぜか割って入ってきたのはちなちゃん。なぜ音楽室に。
「ちなちゃん、どうしたの?」
「もうすぐ10分前のチャイムが鳴るから迎えにきてあげたのよ。先生に鍵返すんでしょ?急がないと授業に遅刻する」
「え、もうそんな時間」
「ね、お友達には2人は“まだ”友達だよって教えてあげたらどうかな」
ちなちゃんは笑顔で後輩の子に話しかけた。“まだ”友達って・・・私と島崎くんは友達以外何者でもないんだけど。
「“まだ”友達、ですか」
「そう。“まだ”友達だけど、友達にもいろいろあるでしょ?」
「ああ・・・そうですね。わかりました。北条先輩、失礼なこと言ってしまってすいませんでした」
なぜか、ちなちゃんの言葉に納得した後輩の子がお辞儀をして立ち去る。
「うふふ、察しのいい後輩ちゃんでよかったね」
「ちなちゃん、私と島崎くんは友達だよ?」
「だからそう後輩ちゃんに言ったじゃない。ほら、先生に鍵を返しに行くんでしょ。急ごう!」
なんか釈然としないものの、私はちなちゃんに引っ張られるように音楽室を離れた。
授業が終わり、音楽室に向かうため廊下を歩く。頭に浮かぶのは後輩に聞いた話。
それにしても、私と島崎くんがつきあってる・・・王子の島崎くんと庶民の私だよ?いやーないないないって。やっぱり王子と一緒に行動すると目立つんだなあ・・・これから周囲に気をつけなくちゃ。島崎くんにも迷惑かけちゃうし。
「・・・ほんとに気をつけよう」
「何を気をつけるの?」
「へ・・・うわあっ。し、島崎くん」
まさか当人に会うとは。思わず周囲をきょろきょろとしてしまう。
「なにきょろきょろしてるの、北条さん」
「え、えっとそれは・・・あ、島崎くんどうしてこんなところに」
ここは音楽室や科目別資料室などの特別棟に通じる廊下で放送室は違う場所にある。
「授業で使った資料を社会科資料室に返却した帰りだよ。で、どうして北条さんはそんなにきょろきょろしてるの」
「な、なんでもないよ。そう、なんでもないの」
「俺がそんな答えに納得するとでも?」
美声というのは人を追及するのにもピッタリらしい。でも、ここは私も頑張らないと。
「ごめん島崎くんっ。部活に遅れちゃう!じゃ、じゃあねっ!!」
私は島崎くんに慌ててそういうと、廊下を走った。