夏休みの中庭
少し長文です。ご了承ください。
夏休みの学校は、いつもちょっと雰囲気が違う。それは生徒の人数がいつもより少ないせいかもしれないし、夏休み限定で私服での登校が認められているせいか勉強しているのにちょっと開放的な気分になるからかもしれない。
補習授業を終えて下校するちなちゃんと別れて、私はトートバッグを持って校内を歩いていた。目指すはちょっとした木陰がある中庭だ。風が通る場所にベンチがあって夏でも結構気持ちがいい。
目指すベンチが見えてくると、そこには先客・・・教科書を見ながらおむすびを食べる島崎くんがいた。
「もしかして、北条さんもここがお気に入り?」
「う、うん。ここ風が通って気持ちいいから」
「俺も同じ。よかったら隣に座りなよ」
島崎くんが身体をずらしてくれたので、私はお礼を言って少し離れて座る。
「島崎くんは午後から部活?」
「今日は一日補習授業なんだ。次の時間テストがあってさ」
そう言って島崎くんが私に見せた教科書は、中間テストのときに見せてくれたものだ。
「そうなんだ。私はこれから部活で・・・あの、ここでお昼を食べても大丈夫?」
「そんな遠慮しなくていいよ。俺だって、食べながら教科書を見てるんだし」
は~、理系クラスって大変なんだなあ・・・・半日の補習だけでちょっとうんざりしちゃった自分が恥ずかしくなる。島崎くんを見習わなくちゃ。
「じゃ、じゃあ・・・遠慮なく。いただきます」
私はひざの上でお弁当箱を開けた。
「北条さんは、お弁当って自分でつくるの?」
「たまに自分でも作るけど、いつもはお母さんが作った夕飯のおかずを少し取っておくことが多いよ。私はおかずを詰めるだけか、卵焼きを焼くくらいだよ」
「俺は全部母さん任せ。たまには自分で作れって怒られるんだ。確かに志望大学に入学したら、俺一人暮らしだし家事覚えなくちゃいけないって思うんだけどね」
島崎くん、大学生になったら一人暮らしするのかあ・・・私なんて大学も自宅から通うのがもう決定事項だ。
「・・・・島崎くんってすごいね」
「え、どこが?」
「なんか、いろいろと」
私の返事に、なぜか島崎くんはぷっと吹き出し笑い出してしまった。もう、いつまで笑ってるんだろう。
食べ終わったお弁当箱を片付け、私は隣の島崎くんに声をかけた。
「島崎くん、私そろそろ行くね。あの、勉強頑張ってね」
「待って北条さん。今日は部活って何時まで?」
「今日は16時までだけど」
「そっか、俺は補習が15時までなんだ。じゃあ図書室で待ってる」
「え、なんで」
なぜ島崎くんが私の部活終わりを図書室で待つことになるんでしょうか。
「さっき笑っちゃったお詫びに、冷たいものでもおごるよ」
「は?!い、いいよ!!」
私がびっくりして首をふると、島崎くんがずいっと私に近寄ってくる。思わず一歩後退。
「北条さん、ベンチから落ちちゃうよ?」
「え?わ、わあ!」
あわてて姿勢を立て直すと、距離が近い。ひえええっ。自分の顔が真っ赤になりつつあるのがよく分かる。
「北条さんは、俺と冷たくないものを食べたくないのかな」
「いえ、決してそのようなことは」
「じゃあ決まり。図書室で待ってるからね。さて、俺もそろそろ教室に戻らないと」
そう言うと、島崎くんは立ち上がって行ってしまった。な、なんかなし崩しでとんでもない約束をしちゃった気がする・・・。
島崎くんが私に任せるというので、最近ちなちゃんと行ったジェラート屋に行く。
「あの、島崎くん。おごりじゃなくて割り勘にして」
「どうして」
「島崎くんにおごってもらう理由がないもん」
「・・・・理由、ね。笑っちゃったおわびというのは違うの?」
「あれは、私の返事がとぼけてただけだもの。笑っちゃって当たり前だよ」
「北条さんは意外と頑固なんだね・・・いいよ、今日“は”割り勘にしよう」
「よかったあ。島崎くんは何にする?」
「どうしようかなあ・・・・北条さんはもう決めてるの?」
「私はねー、ピスタチオとチョコレートのダブル!!この間ちなちゃんと来たときに、イチゴとレアチーズのダブルと迷ったんだよ。で、そのときにイチゴ食べたから今日はこっち」
「ふうん、俺はダブルじゃなくていいかな~。バニラのシングルにしよう」
島崎くんとバニラ・・・なんか似合うなあ。まじりっけのない感じが暑い季節なのに、いつも涼しげな顔をしている島崎くんにぴったりだ。
ジェラートを受け取って、店のテーブル席で食べる。
「へえ、美味しいね」
「ほんと?よかったー」
「今度は北条さんの食べているフレーバーを試してみようかな」
そう言って島崎くんが笑う。
私は急に恥ずかしくなって、島崎くんをなるべく見ないようにとジェラートを食べることに専念した。