夏休み前の渡り廊下
短冊を飾ったあの日から、私は島崎くんを避けた。
もともとクラスが違ってからは廊下で見かけるくらいで、接点がないのは助かった。
期末テストで一番の心配事だった数学も、ちなちゃんと勉強したり鈴川先生に質問したりしてどうにかなった。
今日は1学期の終業式で、明日から高校最後の夏休みが始まる。
終業式も終わり、あとは先生が教室に来て連絡事項を言うのを待つだけ。
「それにしても、沙和が鈴川先生に質問しにいくようになるとはね~。成長したよね」
「だって、いつまでも島崎くんに教わるわけにいかないしっ」
「ふーん島崎くんは御役御免かあ。さぞかし面白くないだろうね~ふふふっ」
ちなちゃんは、私が先生に質問しにいけるようになったのを褒めてくれるけど、なぜか島崎くんのことも言う。しかもなんだか楽しげだ。
「ちなちゃん、なんか楽しそうだね」
「そう?まあ悪役からすると、王子が手をこまねいている様はなかなか楽しいよ」
「何それ、わけわかんないんだけど」
「まあまあ。ところで、今日で1学期も終わりだし帰りにジェラート食べに行かない?」
「行きたいけど、今日はだめなんだ。ごめんね、ちなちゃん」
「えー、どうして」
「顧問の蒼山先生に、職員室に来るようにって言われちゃったんだ」
「あー、そういえば呼び止められてたよね・・・気の毒に」
「ほんとだよ~」
夏の補習授業の帰りにジェラートを食べに行こうと話しているときに、先生が入ってきた。
蒼山先生に頼まれたのは、楽譜用のファイルを合唱部の部室に運んでおくことだった。ちなみに合唱部の部室は音楽室の隣にある。
音楽室への渡り廊下を歩いていると、正面から島崎くんが歩いてくる。隠れたいけど渡り廊下に隠れる場所なんかない。
このまま黙って通り過ぎてくれればいいなあ・・・なんて、私の願いは思いっきり無視された。
「北条さん」
「島崎くん、まだ学校に残ってたんだ」
「鈴川先生と2学期からのスケジュールについて打ち合わせをしてたんだ。それ、どこに持って行くの?」
「これ?合唱部の部室だよ」
「そっか。俺、北条さんが重そうなものを持っているのは見過ごせないから、もらうね」
「え。・・・島崎くん?!」
島崎くんは強引に私の手からファイルの入った箱を持っていってしまった。
「部室まで持っていくよ」
「・・・ごめんね、ありがとう」
島崎くんは誰にでも優しいんだから、勘違いしちゃだめ。
さすがに部外者をいれるわけにはいかないので、私は部室の入り口でファイルを受け取った。
「島崎くん、後は私一人で大丈夫だから。本当にありがとう」
「どういたしまして。北条さん、このあと用事がなければ一緒に帰らない?」
「え、でも、私このファイルをしまわなくちゃいけないから・・・」
「部室の前で終わるまで待ってるから」
そして私は、こういうときに嘘がつけない。
一緒に帰るのは、テスト前に数学を教えてもらっていらいだった。
「そういえば期末試験の数学は大丈夫だった?」
「うん。分からないところは鈴川先生に質問したから」
「へえ・・・・そうなんだ」
なんか島崎くんの口調がちょっと不満気な感じがする。
「島崎くん、どうしたの?私、なんか変な事言ったかな」
「ごめん、北条さんは気にしないでいいから。ところで話は変わるけど七夕の短冊を飾りにきたとき声をかけてくれればよかったのに」
「・・・声をかけて、よかったの?」
「なんで?」
なんで?と聞かれて、私はどう答えたもんだか困ってしまった。だって島崎くんが笑顔で他の女の子と話してるのが嫌だったからなんて、まるで彼女が嫉妬してるみたいだもの。
「だって島崎くんが女の子と楽しそうに話してたから・・・・」
私の発言を聞いた島崎くんは、なんだかとても嬉しそうな顔をした。
いったいどこにそんな喜ぶ要素があった??