梅雨空と少し近づく帰り道
島崎くんのおかげで中間テストを乗り切った私は、お礼を言おうと“男子組”に行くことにした。
同じ学年だけど進路が違うせいか、国立理系進学クラスは私たち系列進学クラスの上の階に教室がある。
男子組の前で誰に声をかけようかと思っていたら、同じクラスだった男の子がいたので島崎くんを呼び出してもらい、島崎くんが目の前にやってきた。
「北条さん、どうしたの?」
「島崎くんに、この間の中間テストのお礼が言いたくて。教えてもらったおかげで鈴川先生に褒められたよ。どうもありがとう」
「・・・そうなんだ」
すると、それまでにこやかだった島崎くんの顔が少し曇ってるような。もしかして忙しいのかな。
「島崎くん、もしかして次の時間は移動?」
「違うよ。ね、北条さんも鈴川先生のファンだったりするの?」
互いに信頼関係があるように見えるけど、島崎くんは鈴川先生が苦手なのかなあ。先生、結構世話好きだから・・・。
「別にファンじゃないけど、今まで“どうして数学だけ沈没なんだ”って嘆かれることが多かったから、褒められたのがちょっと嬉しくて、島崎くんに言いたくなったんだ」
「なんだ、そういうことか。よかったね」
今度はなぜかあからさまにホッとしている。島崎くんって意外と表情が顔にでるのね・・・なんか可愛いぞ。
「とにかく、島崎くんにお礼が言えてよかったよ。次の期末は一人で頑張れると思う。本当にありがとう。私、教室に戻るね」
「北条さん、今日は合唱部ある?」
「ないけど?」
「俺も放送部ないから、一緒に帰らない?そっちのクラスに帰りに迎えに行くよ」
「へ・・・・」
「ほら、そろそろ戻らないと先生来ちゃうよ」
「う、うん。じゃ、じゃあね」
えーっと、どうしてお礼を言ったらこんな展開に。私は予鈴を聞きながら教室に戻った。
でも用事で遅くなった以外で島崎くんと一緒に帰るって、もしかして初めてじゃ・・・確かうちのクラスに迎えに来ると言っていた・・・・うわあああ、まるで彼氏が彼女のクラスに来るみたいじゃない?!
そう考えると、なんか急に恥ずかしくなってきて顔が熱くなってきてしまった。授業が終わったら、すぐに帰り支度をして廊下で島崎くんを待ってよう。教室で待ってるなんて私には無理~。
授業が終わり、私は急いで下校の準備をし廊下で島崎くんを待つ。
「沙和、廊下でなにやって・・・、あらー、そういうことか」
部活に行くちなちゃんが近寄ってきて、不思議そうな顔をしたものの廊下を歩いてくる島崎くんを見て、次に私を見てなぜかにやりとした。
「ち、ちなちゃん。た、たまたまだからねっ」
「私は何も言ってないけどー?あら島崎くん、うちのクラスに何か用事?」
「やあ村上さん。北条さんと一緒に帰る約束をしたから迎えに来たんだ。そうだ、村上さんも一緒に帰らない?」
「・・・・んー、残念なことに今日部活があるんだよ。“本当に”残念。まあ今日は雨が降りそうだし肌寒いから“まっすぐ”帰ったほうがいいよ」
「うん。そうだね」
たまにちなちゃんと一緒にお茶するくらいで、私はそんなに寄り道なんかしたことないけどなあ。しかも、なんか島崎くんに念押ししているように聞こえるのは気のせい?
「今日はまっすぐ帰るよ」
島崎くんがちなちゃんを見て穏やかに返答してるけど、2人の間になんかばちばちとしたものを感じるのはなぜ。
「まあ梅雨に寄り道するのって面倒だもんねー。ふふっ、じゃあ私は部活に行くから。じゃあね~」
ちなちゃんが手をふって、廊下を歩いていくのを2人で見送った。
「最大の壁はやっぱり村上さんか・・・」
「え?」
「いや、なんでもないよ。北条さん、帰ろうか」
島崎くんが小さな声で壁がどうとか言ってたけど、しつこく聞くのもどうかと思って私は何も言わなかった。
6月に入り衣替えで夏服に変わったと思ったら、今度は梅雨寒。せっかくお気に入りの夏服になったのに、毎年梅雨はちょっと残念だ。
「今日は肌寒いね」
「そうだね。せっかく夏服になったのに残念だよ」
2人並んで傘を差しながら歩く。島崎くんの傘は大人っぽいシンプルな紺色で、私の傘はブルーの大判ギンガムチェック。自分のだってすぐ分かるから気に入ってるんだけど、島崎くんと並ぶと子供っぽいかなあ。
「北条さんは、夏服が気に入ってるんだ」
「うん。冬服も可愛いけど、夏服のほうが好きなんだ」
制服は全学年共通の紺色膝丈プリーツスカート(冬は厚手の素材で夏は薄手)に白いシャツとグレーのベスト、冬はジャケットかカーディガンになる。シャツの素材と靴は自由だけど、女子は紺のハイソックスか冬は黒タイツをはくのが決まりだ。私たちの学年はリボンが濃い青紫。
「北条さんはどっちも似合うけど、夏服のほうがよく似合ってる」
島崎くんに言われて、なんだか夏服が好きって言った自分が恥ずかしくなってしまう。
「あ、ありがと・・・し、島崎くんって、女の子に服が似合うとかサラっとか言えちゃうんだね」
「・・・俺は“服が似合うね”なんて、北条さんにしか言わない」
「えっ?!」
思わず島崎くんを見ると、真剣な顔をしていたので驚く。
「俺は、北条さんが思ってるようなやつじゃないよ。これでも頑張ってるんだ」
「が、頑張る?」
「そう、頑張ってんの俺。だから、いつか応えてくれるとうれしいな。うんって言ってくれる?」
「う、うん頑張ってね」
島崎くんが嬉しそうな顔をした。なんか、私も嬉しくなった。