恋のかけらと1学期中間テスト-前編
桜はとっくに散って外の緑がまぶしい季節だ。
球技大会が終わり、中間テストが月末から始まる。
「北条、小テストの沈没だけならまだいいが、今後も続くようならまずいぞ?」
私は蒼山先生に部活日誌を届けにきただけなのに、なぜか職員室で鈴川先生と向かい合わせに座るはめになっている。
「はい」
私が返事をすると、鈴川先生は腕組みをしてなにやら考え始めた。
「北条、内部進学にはこれからのテストの成績が重要なのは分かってるよな。分からないところがあったらすぐに質問に来たほうがいいと思うんだがなあ・・・質問に来づらいのか?」
「えっと、まあ、そうですね」
鈴川先生ファンの子達が教科書片手に囲んでるなかに割って入れというのか。そりゃ無理だ。
そのまま沈黙して数分後、鈴川先生は何かを思いついたらしく顔がぱあっと明るくなった。
「じゃあ生徒同士ならどうだ。北条に数学を教えても自分の勉強に支障をきたさない人間に心当たりがある」
「先生。私の知り合いで数学の得意な人なんて思いつきません」
パッと思いついたのは一人だけ。でも、それはちょっと勘弁してほしいから分からないふり。
「またまた。席替えで隣になって、ときどき一緒に帰ってるのを先生は知ってるぞ」
「同じ路線使ってますから。それに一緒に帰っていたのは昨年の話です」
「そうなのかー?」
そうです、と言おうとしたら隣の席にいる蒼山先生が鈴川先生に、生徒をからかうのはほどほどにしてくださいよ、と言ってくれて私と鈴川先生の会話は終わった。
だけど蒼山先生からも「でも北条、苦手な科目はないほうがいいと思うけど」とにこやかに言われてしまった。
1週間後。私は鈴川先生から放課後に数学準備室に来るように言われた。
「失礼します」
扉を開けて、ぎょっとする。そこには島崎くんしかいなかった。
そんな私の様子が面白かったのか、島崎くんがちょっと笑ったので私は恥ずかしくなってしまう。
「北条さんも鈴川先生に用事?」
「うん。放課後に準備室に来るようにって言われたんだ。島崎くんは?」
「俺も同じ。でも呼び出しておいて、鈴川先生がいないって困るよね」
「本当だね」
島崎くんが本当に困ったみたいにため息をつくから、ちょっとおかしい。思わず互いに顔を見合わせて笑ってしまう。
数学準備室は日当たりがよくて、島崎くんの髪がちょっと日に当たってつややかに光っている。
笑いあってはみたものの、何を話したらいいのかな・・・そうだ球技大会の話でもしてみよう。
「あ、あの。島崎くんのバスケの試合、見たよ。バスケ上手なんだね」
「そうでもないよ。中学のときにちょっとやってただけ」
島崎くんがメンバーに入っていた男子組のバスケチームは、球技大会で優勝した。一緒に見ていたちなちゃんが「策士な王子様か。沙和、気をつけなさいよ」とにやついていたのは、いったいなんだったんだろう。
「バスケ部に入ろうって思わなかったの?」
「俺、高校では違うことがしてみたくて。だから最初に勧誘されたところに入部しようと思っていたら、それが放送部だったんだ」
「じゃあ、最初に勧誘されたのがバスケ部だったら、バスケをしてたんだね」
「うん、そうなるね」
すごい、私。島崎くんに自分から話しかけている。しかも昨年ほど緊張していない。
その後、鈴川先生が戻ってきて私と島崎くんが来ているのを見ると満足気な顔をした。
「悪いなー、ちょっと急ぎの電話が入っちゃって。よしよし2人とも来たな。あのな北条、先生に数学の質問をしづらいなら、島崎に教わったらどうだ?」
なんか昨年の夏休み明けの会話とほぼ同じことを言われてる。隣の島崎くんを見ると、私ほどじゃないけど驚いている。
「島崎、北条は数学だけが苦手でなあ。お前なら教えるのも上手だから、ちょっと北条を助けてもらえないだろうか。でも勉強が忙しいんだったらしょうがないが・・・・」
「いいですよ。俺でよければ」
「島崎くん、い、いいよっ。迷惑になるだろうし、私一人で頑張るから!!」
「大丈夫だよ、北条さん。俺も気分転換になるし」
数学を教えることが気分転換になるんだ・・・・数学トップクラスの発言は違う。
「北条、島崎もこういってることだし。ここは好意に甘えるべきだと先生は思うなあ」
分かってる、鈴川先生が心配してくれていることは。
そして、この申し出を断れるほど自分の数学の成績が誇れるものじゃないことも、よーく分かっていた。