夏休み明けのため息
夏休み明けに席替をすることになった。
引き当てた番号を黒板で見た私、北条沙和は深い深いため息をついた。
「沙和って引きがいいんだか悪いんだか分からないね」
友達のちなちゃんのコメントの的確さに私は笑うしかなかった。私の席は21番で、位置としては窓際の隣の列で真ん中より1つ後ろ。席位置は悪くない・・・ちなちゃんの席は斜め前なので、それはラッキー。でもなあ・・・
「それでは移動してくださーい。あと番号交換希望の人は各自で話し合って今日中に交換よろしくー」
隣の席に名前が書かれているのは「島崎」・・・・別名「放送部の王子様」の隣を私は引き当てた。
「北条さん、よろしくね」
「よろしく島崎くん」
「そういえば俺、北条さんと話したことってないよね」
「そ、そうだっけ。まあ話題もないし?」
「隣の席になったんだから共通の話題ができるね」
「うん・・・そうだね」
“恐れ多くて話しかけられません”と言えない小心者の私は笑うしかなかった。
島崎くんといえば、その“いい声”に見合う容姿で1年生のときから放送部で活躍し2年生の現在は「放送部の王子様」という別名までついてる。彼が昼の放送を担当しているときの静かさと言ったら、ちょっと物音出そうものならすごい注目をあびちゃうくらいなんだ。なんで昼休みでこんなに緊張しなくちゃいけないの。
本人は気さくな人なのが同じクラスになって分かったけど、やっぱり近寄りがたい同級生だというのに変わりはない。
あーあ、誰か私と座席交換してくれないかなー。今ならすぐに「いいよ」って言うのに。
だけど、結局「交換希望」の女子はいなくて、私は彼の隣が確定してしまった。
席替えの次の日、島崎くんが現国の教科書を朗読する。
なめらかで落ち着いた声は耳に心地よくて、聞きほれてしまう。はっ、だめだめ。しゃきっとしなきゃ。
選択科目、美術にしてよかったなあ。島崎くんは選択科目は何だろう?もし音楽だったら歌ったら周囲がもう大変なんじゃないだろうか。
心なしか、先生もうっとりしてない?・・・恐るべし、島崎ボイス!!
「-はい、結構。それでは今の部分の解説を始めます」
ちょっと残念そうな(憶測)先生の声に、教室は通常の雰囲気に戻った。私は気が抜けて思わず小さい声で「ほぅ・・・」と言ってしまう。思わず口を押さえて周囲を見渡すと私の独り言は聞こえていないようだ。
「・・・・ぷっ」
ところが隣の席からなぜか吹きだす音がする。隣をちらっと見ると島崎くんが明らかに私のほうを見て笑っていた・・・・穴があったら入りたい・・・・いや、埋めてくれ。
私、これから島崎くんが教科書を読むたびに緊張しちゃうのかなあ~、もうやだよう。
今日は島崎くんに笑われてから、なんだかついてない。
授業が終わって部活に行ったら、今日は顧問の先生が急な用事ということで休み。こういうときこそ大きな声で歌ったらすっきりするかと思ったのに。
帰ろうと思ったら、今度は担任の鈴川先生につかまって、数学準備室で授業のプリントをまとめるのを手伝わされるし・・・先生は、授業も丁寧でわりとイケメン顔なので生徒(特に女子)から結構人気がある。
「北条は他の科目は結構いい点を取るのに、私の担当してる数学だけいつも沈没気味だよね。どうしてかなあ、先生は悲しいよ」
「すいません。数学苦手なので」
平均をちょっと下回ってるだけじゃんか。そこまで嘆かれる覚えはない。
「そうだ、島崎に教えてもらったらどうだ。あいつ、数学いつも学年トップだから」
島崎くん・・・見た目を裏切らない理系男子か。それで“いい声”・・・特定のジャンルが好きな女子が食いつくこと必至だな。
「ちょうど隣の席じゃないか。我ながらいい思いつきだな、うん」
「嫌です。いろいろ緊張します」
「・・・北条、クラスメート相手に何を緊張するんだ」
私たちの会話が聞こえていた近くの先生は肩をふるわせ、鈴川先生は呆れた口調になった。
「・・・先生、プリントまとめ終わりました」
「助かったよ、ありがとう。コーヒー飲むか?」
数学準備室のコーヒーを飲んだら少しは苦手意識がなくなるだろうか・・・・そんなことをぼんやり考えているとノックのあとに「失礼します」と声がして誰かが入ってきた。
島崎くんは入ってくると、私のほうをチラッと見たあとに先生に視線をうつした。
「鈴川先生、部の報告をまとめてきました」
「お、ありがとう。今北条に手伝ってもらって作業が終わったところなんだ。島崎もコーヒー飲むか?」
「せ、先生っ。私、もう遅いですから帰りますっ」
島崎くんと一緒に(先生も一緒だけど)コーヒー?うわー、絶対ムリ。私は慌ててカバンを抱えて立ち上がった。
「そうか?まあ、北条は女子だからなあ。島崎はどうする?」
「俺も用事があるので帰ります。コーヒーはまた今度飲ませてください」
「じゃあ北条、島崎に駅まで送ってもらったら?」
鈴川先生・・・・それは天然とわざとのどちらですか?
「い、いいえっ。駅まで明るい道ですから大丈夫ですよっ」
「北条さん、俺も電車だから気をつかわなくて大丈夫だよ。一緒に帰ろう?」
ここで善意の申し出を断れる人は、どれだけいるんだろうか。
さすがに6時を過ぎると9月とはいえ、少し暗くなる。
右足と右手が一緒に出そうだ・・・誰にも見られてないよね。
「北条さん、なんか様子が変だよ?」
「そそそう?おっかしーなあ、いつもどおりだけど」
「今日はどうして鈴川先生の手伝いを?」
私が部活が休みで帰ろうとしたときに、先生にばったり会ってつかまった話をするとおかしそうに笑う。
「それは大変だったね」
「んー・・・まあね」
駅に到着すると、なんと島崎くんは私と同じ路線を使っていることが判明した。電車の中は結構混雑していて、私たちはドアのそばに並んで立つ。
当たり前なんだけど、島崎くんが近い。朝のラッシュほどじゃないんだけど、見上げると島崎くんがいる。ガラスに当てた手は私よりも大きくて筋ばっている。以外と背が高いなあ・・・・
「俺の手がどうかした?」
頭の上から声が聞こえ、私はあわてて目をそらす。いつからばれてたんだろう、もう今日は本当に恥ずかしい。
「う、ううんっ。何でもないよっ」
それから私は視線のやりばに困る。顔もなんかほてってきちゃって下を向くしかないよ・・・・早く最寄り駅に着かないかなあ。
「ねえ、北条さん」
今度は耳のそばで声がする。ぎょっとすると島崎くんが少しだけ私のほうに顔を傾けていた。
「ははははい?なんでしょう?」
「-俺の声、そんなに聞きほれちゃった?」
「はっ?ええええっ?」
電車の中だから、大声を出しちゃだめだ。だけど・・・・いつの間にか電車のアナウンスが私の降りる駅を告げた。
「あ、あの?」
「また明日ね、北条さん」
降りていく私に島崎くんは涼しい顔で告げたのだった。
読了ありがとうございました。
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お正月に乙女ゲームをやったら、
ベタな学園物がどうしても書きたい衝動にかられてしまいました。
もっとも私の書くものってたいていベタなんですよね(汗)。
楽しんでいただけると嬉しいです。