伏見城は三日で落とすのよ!(六)
さあ、残された時間は40分もない。西軍の猛攻撃で落ちるか?
西軍の猛攻撃が始まった。
美鳴がその状況を宇喜多秀家の陣から眺めていると、ピロリン…とログインする音が聞こえた。陣営に現れたその人物は…!
「だ、大介、いや、左近じゃない!」
「ああ、美鳴、遅れてごめん」
美鳴の目から涙がふた筋、流れていく。
「う~っ…左近、左近、左近~ん」
美鳴が駆け寄ってくる。
(ああ、久しぶりに見る、俺の美鳴。何だか、可愛さが増したような)
俺は両手を広げて飛び込んでくる美鳴を抱きしめる態勢に入る。
(さあ、美鳴、白馬の王子様の胸に飛び込んでおいで~)
だが、俺の妄想は一瞬で吹き飛ぶ!
「バカ!」
パーン!という一発の高い音が響く。頬を叩かれた!
そして、胸ぐらをつかまれて、押し倒される。
「バカバカバカバカバカ…」
今度はグーの両手で胸を連打する。
(うっ!苦しい…死ぬ!)
「ち、ちょっと、待て!美鳴」
俺は連打をかます美鳴の両手を掴む。これ以上殴られたら、俺の心臓が止まる。
「何よ!今頃やってきて。わたしは、わたしは…もう、不安で不安で、怖かったんだから~。このバカ左近!」
「ごめん、美鳴」
俺は美鳴をそっと抱きしめた。華奢な美鳴の柔らかい体が、彼女の着用する鎧風のコスチュームからも伝わってくる。
(俺はコイツに雇われて、コイツを救うことに決めた。守ってやるんだ!)
そんな思いを込めてギュッと抱きしめる。ああ、時間よ、止まれ!
「おい、そろそろ、ラブシーンは終えて、戦闘モードに戻ってくれ」
そう浮竹さんが声をかけた。慌てて離れる俺と美鳴。
「そ、そうね、左近。指示を出して頂戴」
「あ、ああ。美鳴、いや、姫。先ほどの激励はよかったと思います。これで味方も損害を恐れず戦うでしょう」
俺の読みでは、この苛烈な西軍の戦いぶりで、伏見城に変化が起こると踏んでいた。現に損害を顧みない城壁への取り付きからの中への突撃で、守備側は必死の抵抗をしている。ある一定時間続ければ、必ず崩れるはずだ。
「それから、あとは長谷家部の奴の陣に行ってくる。あのバカの尻をひと蹴りしてくる」
そういうと、俺は美鳴の持つ「変化の杖」を使った。
(ゲーム上のレアアイテムで、ゲームキャラを変身させることができる。つまり、ゲーム上で左近ちゃんになれるのだ)
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伏見城の守備側は西軍の苛烈な攻撃に、もう浮き足立っていた。なにしろ、史実の鳥居彦右衛門は、徳川家康の股肱の臣であり、この捨て石であろう伏見城にあえて家康に残されたことをきちんと理解し、最後まで奮戦して徳川の名を高めたが、今の城を守るプレーヤーはそんな気持ちはない。
みんな東宮院に金で雇われたプレーヤーなのである。一応、相場は1日10万円であった。できるだけ粘って金額を釣り上げる方法もあったが、このキャンペーンゲームでは、キャラが戦死するとロストするという恐ろしいルールがある。できれば、金をもらいつつ、キャラクターの命を守れれば、一石二鳥なのである。
そんな伏見城に集められたプレーヤーたちが、あちらこちらで秘密談義をしている。
「おい、そろそろ、潮時じゃないか?」
「そうだよな。これ以上はヤバイ」
「俺はあと10万いけそうな気がするが」
「じゃあ、お前は残って戦えば?俺たちは寝返るから」
「俺、口座を確認したけど、今日の分、振り込まれていた。30万円稼げば、上等じゃね?」
「だが、露骨に降伏するのはヤバくないか?」
「そこを上手に負け戦を演出するんじゃないか!まあ、俺に考えがある」
そう防戦しながら、それぞれが次の一手を考えていた。
史実とは違って、金で雇われた守備軍には、東宮院に対する忠誠心はまったくありません。いかにして、うまく金を稼いで、かつ、うまくゲームから逃げられるか。
これにかかっています。