虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うじゃない?(参)
敵である東軍総大将の東宮院是清の屋敷へ行く美鳴ちゃん。大丈夫でしょうか?
関ヶ原の戦役の史実では、石田三成は、豊臣秀吉の死後、子飼いの荒大名、加藤清正、福島正則ら七将に命を狙われるということがあった。彼らは、朝鮮の役の際に不当な評価をしたと三成を憎み、秀吉の死後、彼を取り除こうとしたのだ。三成にしてみれば、軍規に従った正しい行動をしたまでであったから、恨まれるのはとばっちりもいいところであった。
だが、無益な朝鮮への出兵に対する責任は誰かが負わねばならなかったのは世の常である。秀吉が生きていれば、彼が負っただろう。だが、彼は死んだ。彼の後継者である秀頼はまだ子供で、後見役の淀君は女性である。必然的に責任は側近である五奉行に向けられ、その筆頭である石田三成に、憎悪の目が向けられる。
それを巧みに利用したのは徳川家康であった。朝鮮出兵で財政が逼迫した大名に資金を貸し付けて恩を売り、戦いでは有能だが政治感覚はまったくない豊臣家子飼いの大名を焚きつけ、三成を襲わせたのである。
七将に追われた石田三成は、追い詰められ、ついには逃げる場所を失った。そこで彼がとった行動は…。
敵である徳川家康の屋敷へ逃げ込むこと
虎穴に入らずんば、虎子を得ず
と彼(三成)は言ったというが、この物語のヒロイン美鳴ちゃんは、今、東軍を束ねる東宮院是清の屋敷に一人で乗り込んでいた。
「旦那様、石田美鳴というお嬢様が、旦那様にお会いしたいと来ております」
時間は夜の七時。仕事を終えて自分の屋敷でくつろいでいた是清は、執事から美鳴の名を聞いて、不審に思った。
(今更、僕のところに来るとは、お嬢ちゃんは、一体何を考えているのだ?)
決戦は二日後だ。対戦する当事者同士が直接会うなんて、是清は想定していなかった。だが、会わないわけにもいかないだろう。
(せっかく、夜分に若いお嬢さんが来てくれたのだ。紳士として追い返すわけにはいかないとはいえ…)
美鳴と直接会うのは、あの初めて会ったパーティ以来だ。可愛らしく、ちょっと目がつり上がった理知に富むあの顔は嫌いではなかったが、その可愛い口から発せられる厳しい言葉には辟易していた。まあ、それを屈服させるのも今回のゲームの楽しみの一つではあるが。
「おや、こんな夜分に押しかけてくるとは、レディらしくない行動ですね」
是清は美鳴を見てそう言った。多少の皮肉がある。美鳴はアナスタシアの制服に身を包んでいた。学生である彼女の社会的立場を強調している。おそらくは、この訪問が公人としての訪問であることを示したいのであろうか。
「東宮院様。わたし、こんなところに来たくもなかったけれど、今回だけは腹の虫が収まりません」
(おやおや…この姫様は怒っているのか?もしや、東軍の事前工作がバレましたか?)
是清はいくつか進めている西軍の切り崩し策が、美鳴にバレたのかと勘ぐった。だが、それはゲームの話であり、自分が「利」と「策略」で戦い、彼女が「友情」と「正義」で戦うコンセプトである以上、非難される理由はない。
「で、僕の何に怒っているのですか?美鳴お嬢様は?」
「大介と舞さんのことよ!」
(ほう!工作がバレたわけじゃなさそうだな)
「君の家老二人がどうかしましたか?」
「とぼけないで!二人を拉致しておいて、よくそんなこと言えるわね!二人を返して!」
話が意外な方向に進んで是清は内心驚いていた。島大介と狩野舞は、美鳴の重要な家臣である島左近と舞兵庫を演じている。二人とも、美鳴に最後まで付き従うと思われるガチガチの敵キャラである。しかも、美鳴がここまで西軍を組織できたのも島左近あってのことであり、彼がいなければ、ゲームが成り立たないとも言えた。そんな重要な二人が拉致されたとこの娘は言っているのだ。
しかも、犯人は自分だというのだ。
(おやおや。これは想定外だな。まあ、拉致の犯人を僕だと決め付けるのは、彼女の側からすれば、当然の思考ではあるが…)
実際、是清はそんな指示はしていない。もしかしたら、五代の爺さんの仕業とも思ったが、それもありえないだろう。あの爺さんは、このゲームを純粋に楽しみたいだけなのである。戦う前から西軍の重要キャラ二枚を抜くなんて、面白さがほぼ失われる。奴にとってみれば、西軍がある程度がんばることで多少なりのスリルを味わいたいのが本音だからだ。
「美鳴嬢、残念ながら、それは僕の仕業ではありませんよ」
「うそおっしゃい!あなたでなければ、白昼堂々と二人を誘拐するはずありませんわ」
「警察に言った方がよいのではありませんか?」
「もちろん、言いました!」
「で、なんと?」
「証拠がないから、あなたを捜索することはできないって!でも、あなたに違いなわ」
「まあまあ、そんなに興奮しないで。可愛い顔が台無しですよ」
是清はテーブルにある金をチリリンと鳴らした。執事が部屋に入ってくる。
三成襲撃事件は、豊臣家の家臣団が2つに分かれた象徴のような事件。秀吉もあの世でがっかりでしょうね。




