虎穴に入らずんば孤児を得ずって言うじゃない?(壱)
拉致されてしまった主人公は、一体どこへ?
その頃、石田美鳴ちゃんは、西軍に加わった早川秋帆ちゃん(小早川秀秋)と相談中。可愛がっていた後輩とはいえ、彼女の心をつかんでおかないとまずいですから。
「はい、分かりました。私は美鳴先輩のために一生懸命働きます。太閤のおじいさんからもくれぐれも
美鳴先輩のことよろしく!って言われてますから」
秋帆ちゃんは、屈託のない笑顔を美鳴に向けていた。
石田美鳴は、西軍のキーパーソンを演じる早川秋帆ちゃんを呼び出し、一緒にお茶をしながら、二日後の決戦に向けて相談をしていたのだ。
「秋帆ちゃんの戦力はわたしの西軍にとって、とても重要なの」
そう早川秋帆の演じる小早川軍は総勢1万6千人。彼女自体のレベルはそんなに高くはないものの、この兵力は大きい。太閤秀吉を演じる太平洋銀行頭取、秋山仁之助はルール上、自分が参加できない代わりに彼女を雇ったのだ。率いる戦力は、彼自らが吟味した武将で固められ、素人の彼女をサポートする体制は出来ていた。彼女自身、石田美鳴には好意をもっていたので、快くこの役割を引き受けていた。
「先輩。私はいつも、先輩にご恩返しをしたいと思っていました。だから、このアルバイト、先輩のためにがんばります」
早川秋帆は、心の底からそう思っていた。これまで、学校でいじめられている自分は美鳴に助けられてばかりで、何も返せない自分が悔しくて、美鳴から逃げてしまうところがあったが、今は、その美鳴に懇願され、彼女を助ける立場になったのだ。何だか、失ったプライドとか、恩返しできないもどかしさが解消された気持ちとかで、心が高揚していた。
音楽が流れ、美鳴のスマホが着信を伝えた。美鳴は瑠璃千代から来たその電話に出る。
「え?うそ!大介と舞が?」
美鳴の表情がみるみるうちに険しくなっていく。
(何か、大変な事態が起きたの?)
アイスカフェオレのストローに口をつけて、秋帆は事の成り行きを見ている。電話を切った美鳴が、
「秋帆ちゃん、ごめんなさい。緊急事態なの。これで失礼するわ!二日後のネット軍議でまた会いましょう」
そう言って、美鳴はテーブルに置かれたレシートを手に取った。
「せ、先輩、ダメ、自分の分は出しますから!」
と秋帆は驚いて立ち上がったが、もう美鳴はレジに行って千円札を出すと、お釣りももらわずに店を飛び出てしまった。秋帆は、それを見てフラフラとまた椅子にへたりこんだ。
(自分はアイスカフェオレで480円、先輩はアイスティで400円…)
先程までの元気さが急速に失われ、秋帆はぶつぶつと飲み物の合計金額を計算する。ストローで自分のカフェオレをかき回し吸う。
秋帆はお金持ちでなくなってからは、人に何かしてもらうことを極端に嫌うようになった。何かおごってもらう、便宜を図ってもらうなど、自分の実力で勝ち取ったもの以外で、何かを得ることが自分のプライドを汚されるようで嫌なのだ。例え、学校の先輩で金額が少なくてもだ。
秋帆の窮状を知った美鳴が、自分の会社の奨学制度を勧めたことがあるが、制度は魅力的であったけれど、美鳴の口利きがあるから、受けなかったのである。
(私は人から哀れんで、施しを受ける人間じゃない!)
それが秋帆のプライドであった。
「まったく、美鳴って、嫌な子ねえ」
秋帆は突然、後ろから声をかけられて驚いた。アナスタシアの夏服を着込んだ女生徒が先程、美鳴の座っていた席にするりと滑り込んだ。ラインが3本。アナスタシアの3年生。
しかも、秋帆も知っている顔であった。
(確か、3年生学年2位の優等生、黒田先輩)
「黒田メイサです。初めましてかしら、早川秋帆さん」
メイサは右手を差し出した。
秋帆ちゃんに東軍からの誘いが・・・。




