挙兵前夜だからと言って、油断しないでね!(弐)
いよいよ、決戦は三日後に迫り、それぞれの陣営で工作が進んでいるようです。西軍も自分の陣営を引き締める必要に駆られますが・・・。
「本当に、東宮院ファンドは、毛利屋の経営に口を出さないのだな!」
「はい。東宮院はビジネス上の約束は守ります。これにサインすれば、毛利屋の経営は、専務さんの責任の範囲で守られます」
黒田メイサは、東宮院に言われた通りに話したが、賢い娘なので東宮院の巧妙な罠になんとなく気づいていた。だが、この偉そうにしているおっさんにそれを伝える気はまったくなかった。所詮、契約は本人が納得の上ですることである。自分を小娘扱いしている大人への反発もある。
(人間、守りに入るとなんともろいんだろう…)
本来、吉川は有能な経営感覚の持ち主であった。毛利屋最大の危機とはいえ、相手の土俵に入っての交渉が如何に不利なことかは分かっていたが、新しく毛利屋の経営に参加し、成果を出して二代目社長の信頼を得つつある安国寺恵への対抗心が判断を曇らせていたのだった。
契約を終えて、黒田メイサは、さらの東宮院より渡された手紙を握り締めた。それは封印がしてあり、中身を見ることはできなかったが、同じ学校に通う後輩に渡せと命じられていた。彼女を密かに東軍に寝返らせるという任務も命じられていた。
(どうして私が…)という思いもあったが、有名な企業経営者である東宮院社長に頼りにされているという誇らしさが優った。いつも二位で両親に責められ、周りの生徒からも賞賛されない屈折した気持ちが、彼女を突き動かしていたのだ。
(これで美鳴を破滅させられる…)
その頃、石田美鳴は再び、風魔小太郎から、メールを受け取っていた。
東軍の工作に気をつけられたし。
西軍参加者にアプローチを開始している。
「大介、決戦も近づいてきて、敵もなりふり構わないようね」
「美鳴、今一度、味方の結束を図るべきだと思う」
夏休み中の歴研の部室。部員の愛ちゃんや、舞さん、雪之ちゃんと瑠璃千代とで、レベル上げのシナリオモードをしている最中である。俺は美鳴に進言している。結束と言っても、歴研メンバーはここにいない、吉乃ちゃんを含めて、美鳴の忠実な仲間である。裏切る可能性は0である。あとのメンバーは…俺は現在の西軍諸将を思い浮かべる。
「浮竹さんは、東宮院に恨みがあるから、絶対大丈夫と思う。島津維新のおっさんも大丈夫だろう。美鳴の会社を救おうってつもりだから。問題は、毛利と秋帆ちゃん」
「毛利家は大丈夫よ。安国寺さんがいる限り、裏切るわけないわ。それに今更、裏切って自分たちが大丈夫なんて思うわけないわ。秋帆ちゃんは、わたしのこと慕ってくれているわ。絶対、大丈夫よ。」
「そうかなあ…。お前、秋帆ちゃんとしっかり話していなんだろう。彼女ときちんと話すべきだと思う」
「分かったわ。ゲームが始まる前に彼女とはしっかり話す。それより、小西雪見と勘違いマヌ作は大丈夫でしょうね」
長谷家部の件はともかく、雪見ちゃんについては、美鳴はあまり快く思っていないようだ。彼女が俺にあからさまに好意を抱いていて、積極的でないものの、いろいろと地味なアプローチをしていることを察していることが原因だろう。
「雪見ちゃんは大丈夫。俺のために戦ってくれるよ」
「あら、まあ。俺のためですって!女の子を騙すと後でひどい目に会うわよ!」
「おいおい、だますって、長谷家部みたいに完全に騙しているわけじゃないだろう!」
小西雪見は俺に好意を抱いていることは知っている。元レディースだけど、超奥手の彼女はきりりとした美人であったので、男としては嬉しいのではあったが、好きかといえば、そこまでの気持ちはない。そういった意味では、彼女の気持ちを利用していると言われればそうかもしれない。
(だが、それは全部、お前のためじゃないか!)
俺の女装姿、左近ちゃんに惚れている長谷家部守人に至っては、美鳴のためにやっていることだ。
(そうじゃなければ、誰がこんなことするか!)
現在、大坂城(アナスタシア高等部歴史研究部の部室)にいる俺の姿は、左近ちゃんの方だ。こうしないと女の園である高等部敷地内に入れないのだから仕方ないとはいえ、高等部の夏服は、いろんなところがスースーするので困る。
「とにかく、小西雪見と勘違いマヌ作をこちらの陣営に釘付けしておくこと」
「分かった。なあ、美鳴」
「何?」
美鳴は形のよい顎に手を当てて、俺の方を見た。(うっ!)俺は一瞬固まる。美鳴の奴、なんだかどんどん可愛くなっていきやがる。
「あのな、あの東宮院ってやつ、腹黒い嫌なやつなんだろう?」
「そうよ!」
美鳴は即答で断言する。俺は東宮院是清って人物を見たことがない。それを腹黒いなどと言うのはどうかと思わんでもないが、こんな女子高校生相手に結婚を強制する奴だから、少なくともいい人ではなさそうだが。
「そいつが、実力行使で西軍のメンバーに何かするってありえないだろうか?」
自分で言っては何だが、汚い大人の世界のことだ。十分、ありえる話でないか。漫画でもアニメでもある。重要な試合がある日に、主要メンバーが相手チームに妨害されてケガさせられるとか、ゲームに参加させられないとか。
「あいつがそこまでやるとは思えないけど…。味方には気をつけるように言っておくわ」
「うん。決戦まであと三日だ。用心に越したことはない」
歴研メンバー(美鳴の友達でない)でない、小西雪見ちゃんと長谷家部守人は、主人公が担当。この二人をちゃんとつなぎとめないと・・・。