挙兵前夜だからと言って、油断しないでね!(壱)
アギトがやっていた仕事を何故か、黒田メイサがすることになります。東宮院はアギトの裏切りに気づいたのでしょうか?
「それで、毛利屋は次の買収目標から外れるんだな!」
毛利屋の吉川広志専務は念を押した。毛利屋は先代の社長と小さな八百屋時代から築いたスーパーマーケットチェーン店。自分が中学校を卒業後、小僧として店に入ったのが最初。いい品物を安く売るをモットーに、過激なタイムセールやクーポン戦略で急成長を遂げ、わずか30年で今の体制を作った。全国にメガモール旗艦店が主要都市に7箇所。
小売店はそれこそ、200店舗を超している。自社ブランドの製品を作る工場や自社専用の農園、ファミリーレストランまで展開する多角経営を展開中だ。
その毛利屋がワケの分からないファンドに乗っ取られようとしている。断じて許せさないというのが吉川専務の強い決意である。
だが、ここ2、3ヶ月の買収合戦で形勢は劣勢になりつつある。このままでは、経営権をとられ、創業者一族である毛利家は追い出されてしまう。大恩ある先代社長のために、それだけは絶対阻止しなくてはならないのだ。
「はい。東宮院是清様は、そう申しております。あなたが毛利家を工作し、今回のゲームに参戦させないことが条件です。そうすれば、東宮院ファンドは、経営権を握ることはありません」
「確かに、確かだな!」
少し、吉川は苛立っていた。なにしろ、こんな大事な約束であるのに、東宮院側の交渉相手が、高校生の小娘なのである。信用できないとしかいいようがない。
その娘はアナスタシア高等部の3年。黒田メイサ。東宮院に命ぜられて、毛利家の工作を引き受けさせられていた。
「これが証明書です。私に不服があれば、交渉は決裂したと報告します」
メイサが右手で突き出した紙には、
この黒田メイサを代理人として、その全権を委任する。
東宮院ファンド代表取締役 東宮院是清
こういう交渉事には、会社の顧問弁護士である安国寺恵に相談するべきだろうが、あの女は、東宮院排除の急先鋒である。あの女の耳に入れば、計画は水の泡である。毛利屋は乗っ取られてしまう。そもそも、自分の反対を押し切り、西軍の旗頭になってしまったのも、彼女のせいであった。
「東宮院は、今回の毛利屋の行動に不快感を覚えております。その信頼を回復させるには、吉川専務の働きにかかっています」
「分かった。私は毛利軍を掌握し、東軍には一切手出しをしない」
「バレては行けませんから、関ヶ原での決戦までは西軍でお働きください」
「働いた結果、あとで言いがかりをつけるようなことはないだろうな」
「それはありません。勝利に貢献した吉川専務の功績は、高く評価されるでしょう。そもそも、今の毛利屋の業績は吉川専務がいらっしゃってのこと。ゲームでもご活躍を期待していると東宮院は申しておりました」
吉川はこんな高校生の小娘に褒められても、全然うれしくなかったが、東宮院がそう思っているなら、それで良しとした。ストンデングループには悪いが、毛利屋のために犠牲になってもらえればよいと思っていた。
(奴も、今はストンデングループの買収に忙しく、毛利屋にまで手が出せないのであろう。ここで恩を売っておいた方が後のためだ)
そう吉川は判断した。そして、メイサが差し出した契約書を確認した。
このゲーム(関ヶ原の戦いキャンペーンモード)において、毛利屋専務吉川広志は、以下の行動をすること。
一 東軍の本隊とは一切、戦闘行為をしないこと。
二 上記については、吉川隊だけでなく、毛利本軍も同様である。
三 毛利元輝社長扮する、毛利輝元を大坂城より出陣させないこと。
なお、本隊との戦闘前の前哨戦においては、西軍諸将の疑念を招かぬために、多少の戦闘行為は黙認とする。それに対して、戦後に責任を問うことはしない。
上記の行動が守られた場合、以下の事を約束する。
一 毛利屋の経営については、吉川専務に一任することとする。
二 東宮院ファンドは、毛利屋の経営には関知しない。
東宮院ファンド 代表取締役 東宮院是清 代理人 黒木メイサ
史実でも吉川広家は結局、家康に約束を反故にされて、毛利家は取り潰しで滅亡になりそうになります。何とか泣きついて、二カ国30万石の減封にしてもらいましたが、毛利家一族からは裏切り者の烙印を押されることになります。
さて、今回はどうなるでしょうか?