わたしと一緒に挙兵するの!しなきゃいけないの!(七)
「わたし、みなり、小学校2年生」
この頃から、はっきりとした性格だったようですね。
アギトは仕掛けた盗聴器で、一部始終を聞いていた。東宮院の指示では消極的な吉川専務と通じて、西軍の旗頭である毛利家の無効化せよということであったが、その目論見は達成しそうであった。あの専務はゲーム自体を馬鹿げたことと受け取っているようであった。
(まあ、普通の大人なら、その考えは正しいが、今回の場合、五代のじいさんの発想した余興であり、そのルール上でしか勝利はありえないのだ。ゲームで勝たなければ、毛利屋も生き残れまい…バカなオヤジだ)
中年になると保守的になり、美鳴のようにわずかに生き残るチャンスにかける思い切りのよさがない。そうアギトが思っていると、話し終わった美鳴がこちらに歩いてくる。
(なんだ?俺に用か?)
と一瞬、アギトは固まったが、美鳴は軽く会釈をして通り過ぎただけであった。が、通りすぎる時、はらりとハンカチを落とした。アギトはそれに手を伸ばしたとき、昔の記憶が蘇った。
(このハンカチ、前にも見たような)
10年前のことだ。アギトには恋人がいた。高校生の時から付き合っていた彼女だ。相思相愛で、結婚の約束をしていた。アギトがまだ、駆け出しの探偵業で収入が安定してなく、まだ、お互いに結婚するには歳が若いということで彼女の親が反対していたが、それでもいずれは結婚することは決まっていた。
しかし、幸せは続かない。突然、彼女が倒れたのだ。
病名は「脳腫瘍」
しかも、かなり病状が進んでいた。緊急手術をしたが手遅れで、放射線治療と抗がん剤による治療に変わった。副作用で見るに耐えない苦しみを彼女は味わっていた。あまりの苦しさに、
「アギト…苦しい、もう、ダメ…。もう、私を、私を殺して…」
とまで言うようになった。アギトは叱咤し、励まし、そして手を握ったが、彼女はどんどん精神まで病んでいくようであった。そして、ついには医者に余命1ヶ月と宣告されたと彼女の父親から言われた。
アギトは心が裂けるような感覚を覚え、彼女を見ただけで涙が出てきてしまいそうであった。それでも、絶対に涙を見せず、弱音を吐く彼女を支え続けた。
毎日、見舞っていたアギトがどうしても仕事の用事で1日だけ、行けなかった時があった。翌日、病室に行ってみると見知らぬ小さな女の子が、ちょこんとベッドの側に座り、体を起こした彼女が久しぶりに笑顔で話している光景を目にした。
「アギト、こちら○○○ちゃん」
「わたし、○○○、小学校2年生」
「お前、体調はいいのか・・・」
「昨日から、何だかとてもいいの。○○○ちゃんが来てくれたからかな」
久しぶりに見る穏やかな彼女。病状はともかく、精神的には安定している。どうやら、彼女はこの小さな女の子と昨日、友達になったそうだ。昨日から入院しているその子が病室を間違えてこの部屋に来たそうだが、歳が10以上も違うこの小さな女の子と話すことが病気のストレス解消になったのだろうか。
その小さな女の子が入院していた理由は思い出せない。ただ、その小さな女の子との出会いで余命1ヶ月と言われた彼女が2ヶ月命を長らえ、最後は穏やかに死んでいったことは事実であった。
「アギト…ごめんね。あなたと結婚して、○○○ちゃんみたいな子供欲しかったよ」
「ああ。結婚できるさ。退院すればすぐ結婚式だ」
震える手でアギトは彼女の手を握る。そこへ涙が2粒落ちた。絶対泣かないと決めたのに、思わず出たアギトの涙。それを感じた彼女は、
「アギト、アギト…泣かないでね、わたし、とっても幸せだったから。死ぬの怖くない。アギト、私の分まで生きてね」
「何を言うんだ。お前は死なない。死なさせやしないよ」
「ふふふ。無茶言うんだから、アギトは…」
彼女は最後の力を振り絞るようにギュッとアギトの手を握り締めた。命の炎が消えかける最後の燃え上がる瞬間のように。
「アギト、○○○ちゃんによろしく伝えてね。アギト、さ…よう…な…ら…」
アギトは病室を出た。医者や看護師が慌ただしく動く、彼女の両親が彼女にすがり、呼びかける声を背にして病室を出た。暗い待合室に背中を丸めて嗚咽した。
「お兄ちゃん、どうしたの?なぜ、泣いているの?」
小さな女の子が白いレースのハンカチを差し出した。
アギトは女の子の顔を見た。あどけない天使の微笑みであった。彼女が救われ、穏やかにあの世へ行くことのできたのはこの子のおかげであったとアギトは思った。
「お、お姉ちゃんが…遠くへ行っちゃんたんだよ。もうお別れなんだ」
「そう。でも、心配しないで。お兄ちゃん」
アギトには、この小さな女の子の言葉が、先程、最後に交わした彼女の声とかぶって聞こえた。
「正しく、強く生きていれば、また、お姉ちゃんと会えるよ。ね、お兄ちゃん!」
美鳴の落としたハンカチは、あの時と同じ白いレースのハンカチ。
(まさかな…)
この娘は金持ちのセレブ娘だから、小学校もアナスタシアのはずだ。それにあの病院は隣町であった。
「お嬢さん、落ちましたよ。ハンカチ」
「あ、ありがとうございます」
「あの、お嬢さん。変なことを聞くが、10年前、隣町の病院に入院してませんでした」
本当に変なことを聞いたとアギトは思った。年は一緒だが、赤の他人のはずだ。
「え?なぜ知ってるの。確かにわたし、小学校2年生の時、長く入院したことあります。病院も隣町の国立病院だったわ」
アギトは息を飲んだ。あの時の少女だ!
「わたし、○○○、小学校2年生」
「わたし、みなり、小学校2年生」
記憶が鮮明に蘇った。(あの時の少女が、この娘…)
「どうかしましたか?」
不思議そうにアギトの顔を覗き込む美鳴。
「あ、いや、別に」
アギトはその場を取り繕い、美鳴の側から去った。
これまで傍観者(ちょっとだけ、美鳴ちゃんに情報を流していたけれど・・・)だった、アギトが味方になりそうな雰囲気です。敵をよく知っているだけに頼りになるか?




