う、浮気なんかしたら許さないんだから!(七)
血も涙もない敵の東宮院是清。ここも彼にひどい目に合わされた女性が一人。
タクシーに栄子を乗せて、行き先を運転手に告げたアギトは、自分が依頼主の利益に反している行動をとっていることに思いをはせた。
(別に弁護士でもないから、依頼主の利益に反したところで、罰を受けるでもないが)
クールな自分が、こうも面倒なことに首を突っ込んでいることが信じられないが、あの石田美鳴という少女の不思議な魅力に自分が乗せられているということは自覚していた。彼女とは話したこともないのだが、肩入れをしたくなるのは、自分に残ったわずかな正義感なのかもしれないと思った。
浮竹栄子は、2年前まで東宮院の恋人だった。だったというのは、現在は捨てられたからだが、当初から、恋人の名を元に利用されていたというのが探偵本多アギトの推論だ。当時、彼女は東宮院が狙っていたIT企業の社長秘書をしていた。東宮院是清は、彼女に近づき、愛情の虜にし、会社の重要情報を流させて、会社の株を買い占めた上で経営権を握り、バラバラに解体して大きな利益を得たのだ。
大きな利益(推測200億とも言われる)を確保した是清は、当然のごとく彼女を捨てた。証拠隠滅のために消されなかっただけでもマシだとアギトは思ったが、結婚の約束を反故にされ、豊かなセレブ妻生活を夢見た女性が、落ちぶれるのもある意味かわいそうであった。今は小さな会社の経理の正社員に転職したが、大企業OLのプライドが捨てきれず、会社でも浮いていた。
「で、アギトさん?変な名前ね。これ偽名でしょ?」
「ご想像にまかせます」
「ねえ、年はいくつ?私より若そうね」
「栄子さんも25歳でしょう、まだ、若いですよ」
「ふん。女はね、25歳から焦るのよね。いつまでも遊んでいられる男とは違うの」
そういうと、栄子はカフェテラスからアギトの乗ってきた車を見る。ポルシェがキラキラと朝の光に輝いていた。
「あれだけ飲んだのに、二日酔いは無しですか?」
「大酒飲みとお思いかしら?」
「いや、それだけ強いとやけ酒しても忘れられないでしょうねえ」
栄子は注文したブラックコーヒーを一口飲んだ。
「本題ってわけね」
酔っていたとはいえ、東宮院に復讐したいかとこの男は昨晩言っていた。それが鮮明に記憶されていて、この場に来たのだ。単なるナンパの誘いに乗ったわけではないことは理解していた。
「東宮院は、あるネットゲームの勝敗でビジネスの結果を左右される事態に直面しています。状況は東宮院が圧倒的有利ですが、その分、彼はかなりの力をこのビジネスに注いでいます」
「それを逆転させれば、彼は滅ぶというわけね」
「察しのとおり」
「ふん、そんな子供だましに私が乗るとでもお思い?」
栄子は先ほどのアギトのポルシェを見た。あのオープンカーは東宮院是清のモノだったはずだ。何度も助手席に座ったので覚えている。この男は東宮院の息がかかった人物である可能性が高い。
「たぶん、あなたは俺の車を見て、東宮院の手先と思ったのでしょうが、違いますよ。無論、あの車は彼から買ったものですから、彼との関係は否定しませんが」
「じゃあ、100%あなたが言うことを信用するとして、そのゲームで私に何ができるというの?彼はネットゲームに熱心だったけど、私はあんなわけの分からないことやれないわよ」
「やれるか、やれないかはあなた次第ですが、まずは、この男に近づきなさい。あなたに勝利をプレゼントしてくれるキーパーソンです」
そういうとアギトは島大介(島左近)と書かれた写真を見せた。そして、アナスタシア歴史研究会と書かれたファイルと戦国ばとる2のマニュアルを渡す。
「彼らの力とあなたのお金で逆転するのですよ」
「お金…?」
栄子は嫌な記憶を思い出した。あの日。東宮院に捨てられた日。あの社長室で抱かれた後、あの男は札束を自分の裸体に投げてよこした。ざっと1千万円。
「栄子、その金は手切れ金だ。もう二度と来るな」
「え?是清、どういう事、来るななんて!」
「お前は役に立った。あの会社にTBO(株式公開買付け)を仕掛けて成功したのも、社長秘書として会社の中枢で情報を探るお前の存在があってこそだった」
「だったら、私を大事にしてくれなきゃ!私はあなたのために会社や同僚を裏切ったのよ」
「ああ、お前は裏切り者さ。その裏切り者を俺が妻にするとでも思ったか!」
「ひどい、最初から捨てるつもりだったのね!」
「もっと早く捨てるつもりだったが、お前は抱き心地がよかったからな。今日まで楽しませてもらったが、それだけあれば十分だろう。体を売った代償としては」
「よくそんなひどいことが言えたわ…」
「ふふふ。君の噂は経済界では有名だよ。君を雇う一流企業はないだろうねえ。1千万では可哀想か?ほれ、あと1千万。退職金替わりだ。ヤケを起こして風俗嬢まで落ちるなよ。まあ、それはそれで人気者にはなるがな。ははははっはは…」
「私はあんな男のために…」
会社が乗っ取られて、多くの同僚がリストラされた。友達の何人かは未だに職を探している最中だ。一番気の毒なのは、若くして企業を起こして、真面目一辺倒で働いてきた若社長。同じ大学の先輩だったが、会社を乗っ取られてすべてを失った。株の買付け合戦で大変な借金を背負って、今も行方不明という。
(あの男に復讐しなければ、私は生きる資格がない)
復讐といっても、命を奪っては犯罪者だ。ああいう男はビジネスで負かせて、一文なしにするのが一番だろう。
「わかったわ。アギトさん。この男の子に会ってみます」
浮竹栄子は決意した。
浮竹姉さん、ゲーム上で復讐できるでしょうか?まずは主人公に迫ってきます。こんな色っぽいお姉さんに迫られて、大丈夫か?主人公。