わたしの究極のおもてなしを受けなさい!(壱)
ネットゲームではいろんな人が参加しています。「戦国ばとる2」では、そんな日頃、協力し合っている仲間同士がオフ会を開くことが多いのです。リアルと仮想空間の融合が売りですから・・・。
俺はホテルの高級レストランで見知らぬじーさんと食事をしている。見た目、70は超えている感じのご老人だ。かなり品がいい。今、食しているのは、ランチのはずだが、かなり本格的にコースで運ばれてきており、今はメインの大きなエビの料理と格闘している。
(これ、どうやって食べるんだ?)
ナイフやらフォークやらやたら並んでいたが、一応、外側から使うということを知っていた俺は、ここまではなんとかこなしたのだが、メインのエビはどうやって処理して良いのかまったく分からない。庶民にはつらい時間が続く。
美鳴の奴は、そんな俺の気も知らないで優雅に食事を進めている。
「石田さんは、高校3年生と聞くが、来年はどこの大学に進学するのかな?」
老人は先程から、学校生活のことをぽつりぽつりと聞いている。美鳴はそれに適当に答えている。
(何だか愛想のないやつだ。これが愛ちゃんなら、おじいさまはどうなんです?とか切り返して話題を広げるのだが、美鳴は答えしか言わないので話が続かない)
「アナスタシア国際教養大に一般で受ける予定です」
「高等部の生徒なら、推薦で入れるのにわざわざ?」
「はい。わたし、楽して入るのはおかしいと思うのです」
「なるほどねえ…」
(美鳴の奴、バカ正直にも程がある。だいたい、お前のような金持ちが一般で入ってきたら、貧乏学生が一人はじかれるだろうが。金持ちは金持ちらしく、推薦で入りなさい)
庶民なら確実に年金暮らしの年のじいさんだが、どうみてもセレブな世界の住人だ。背後にボディガードらしき人物が2名も立っていらっしゃる。そもそも、こんなセレブなじいさんが、ネットゲームやってる自体が信じられないが、このじいさんが正真正銘の豊臣秀吉キャラを演じているのだ。
美鳴の直接上司ということになる。但し、そのじいさん、自分を太閤殿下と呼べと言った。リアル割れは避けたいらしい。大人は大人の事情がある。
「太閤殿下、そろそろ、世間話は置いておいて、ズバリ!恩賞の件よね」
美鳴の奴、ずいぶんストレートに聞く。まあ、食事もメインだから、そろそろ聞き頃だと思ったが、俺は相変わらず、エビと格闘している。それを見てか、美鳴の奴、テーブルの下で俺をツンツンと突っついた。私を真似ろ!ということらしい。
美鳴は話しながらも、軽やかにナイフとフォークを使う。
(なになに…まず、エビの尾の方からナイフを入れて、手前に取り出す)
サクッと切っていく美鳴だが、俺の方は身がくっついてなかなか剥がれない。
(次に外側と内側を殻から引き剥がす。身を手前に持ってきて…)
プルプル震えながら、俺はエビの身を皿の手前に持ってきた。美鳴を見ると左から小さく切ってソースにからめて口へ運んでいる。
(よし!これでメインディッシュはクリアだ。ふう~疲れた…)
俺は開放感から、急に喉が乾き、つい右側に置かれたボールの水を手にしてそれを飲んでしまった。目の前に冷えたグラスに注がれた水があったにもかかわらずにだ。
「あの人、フィンガーボールの水飲んでるわよ」
「学生さんかしら、お金もないのにこんなレストラン来るからよ」
「恥ずかしいわね。クスクス…」
周辺のマダムのお客の声が俺の耳に飛び込む。
(うあああ…やっちまった!俺)
こういう恥ずかしいことで、何度、彼女に愛想をつかされたことか。
美鳴も俺を見て一瞬固まったが、その後の行動は意表をついた。美鳴もそのボールを手に取ると水を一口飲んだのだ。
「ああ、美味しいわ。ねえ、大介は次の果物はどれにする?メロンよね。大介はメロンが好きだから」
俺はコクコクとうなずいた。
太閤秀吉翁は、その姿を見て(ほう…)と感心した。失敗したと恥じる男に自分も同じ行動をすることで、心理的に助けてやると同時に、次に出るフルーツの盛り合わせから選択する場面で一番食べやすい果物をすすめるさりげない配慮にである。
「石田美鳴ちゃんといったか、さすが、三献茶の三成を操ることだけはある」
「三献茶?なに、それ?」
(み、美鳴…お前、石田三成を選んでいるのに知らないのか?マジで)
こういうさりげないことをさらっとやる女の子はいいですね。嫁にするには理想の人。でも、フィンガーボールの水を飲む奴はまずいないと思います。




