怖気づいて逃げたら許さないんだからね!(参)
徳川四天王の一人、本田忠勝。大抵のゲームではメチャ強い武将ということになってます。まあ、ゲームではこの人の娘が有名ですが。(稲姫)
俺は恐怖で固まり、退却命令を兵に出すことができなくなった。画面に映った1万の援兵の旗印は「本」の字に黒の帯…徳川家の四天王と言われた猛将、本田忠勝である。なぜ、北条征伐のシナリオに徳川方の本田忠勝が敵として現れるのか?
これは、「戦国ばとる2」の自由シナリオ形式の影響だ。史実でも北条氏と縁戚関係の徳川家康が小田原征伐に際して、北条側につくのでは?という懸念はあり、それがシナリオでも継承されている。徳川方武将は形勢しだいで、北条側に加担するという形はありだといえる。本田忠勝は勇猛な武将であり、それが1万もの大軍を引き連れているのだ。だが、俺の恐怖心はそんなところに原因があったわけではなかった。
(あの旗は、帯の下にかすかに金の帯がある…間違いない…あいつだ)
「戦国ばとる2」では、任意の大名や武将を選んでゲームに参加するのだが、それこそ参加者は全国で何千、何万人もいるから、それぞれのキャラに多少の違いを付けることで、プレーヤーに愛着と一体感をもたせる必要があった。
コスチュームをカスタマイズするシステムはその一つではあるが、旗や馬印などにも多少のオリジナルティを加えることができる。そしてそれは、意匠登録機能を使うことで、誰にもマネできなくなる。全世界でただ一つのキャラを操る感覚を得られるのだ。
俺は今でこそ、「戦国ばとる2」上では、名軍師として崇められ、多くのゲームユーザーから、神とまで称えられる存在だが、戦績では5敗している。そのうち、3敗はまだゲーム初心者の頃に慣れない戦闘で喫したもの。だが、残り2敗は実績を積んで、名将の名を得ていた時に受けた失態であった。それも完敗。完膚無きまでに叩き潰された。
その相手がこの本田忠勝の旗印にほんのわずかに意匠を凝らしたプレーヤーだったのだ。
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「ふふふ…あまり順調じゃ、面白くないから、ちょっとお邪魔しますよ。ネット上じゃ、名軍師とか言われているけれど、所詮は僕の敵ではない。この前の2戦のように徹底的に叩き潰してあげます」
東宮院是清は、パソコン画面を見つめて、この余興を楽しんだ。美鳴を監視していて、ちょっと邪魔をしてやろうと軽く思ったのだが、彼女を助けている軍師の男の自信を喪失させてやろうと思ったのだ。
「僕は君のことをよく知っている。その戦術のクセも考え方も…すべて。そして、今は兵力差が圧倒的である。ちょっと卑怯だが、一度、潰しておくよ。美鳴の部下として価値があるかはこの試練を乗り越えてからだ。でないと、僕の可愛い美鳴のこと、任せられない」
是清は冷たく笑うと、容赦なく攻撃を命令した。
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「左近様、しっかりして!このままでは全滅です!」
俺は吉乃ちゃんの呼びかけに「はっ」と意識を集中させた。画面を見ると敵の本田隊と乱戦になっている。
「左近、南西側の敵が手薄だわ。雪之ちゃんと舞さんでこじ開けるから、そこから脱出よ」
美鳴が指示する。
(いや、待て!あの男がそんなミスするわけがない!)
「だめだ、美鳴、それは罠だ!」
俺が慌てて叫んだが、画面上で敵の鉄砲隊1000が突然現れ、美鳴たちを猛射撃する。500程度の舞さんの舞兵庫隊は全滅してしまう。
「美鳴~、わたし、ゲームオーバーだわ」
舞さんがゴーグルキットを外して、ため息を付く。
(罠は奴の常套手段だ。畜生め!3度も同じ目に合わされてたまるか)
俺の心内に潜む恐怖心は、この敵が圧倒的な兵力でゴリ押ししてくることではないのだ。俺が立てる作戦をことごとく見破り、それ以上の罠で完膚無きまでに叩き潰すその戦略に恐怖するのだ。2敗とも知力を尽くした作戦をすべて否定され、仲間もろとも戦場で全滅するしかなかったことに原因があった。
「美鳴は俺の部隊の背後に回って、援護射撃だ。真田隊と大谷隊は左右に陣取って、敵に応戦せよ」
俺はすばやく3人に命令する。俺も以前とは違うのだ。ここで過去の2敗の汚名をはらす。
敵は今のところ、圧倒的な兵力だが、弱点がないわけでない。シナリオ自体は豊臣方が勝ちつつあるのだ。少し粘れば、秀吉から援軍が派遣されて形勢はひっくり返るはずだ。
(時間にして5分、5分粘れば、援軍が来るはずだ)
だが、本田忠勝プレーヤーは、冷静に兵に指示を出す。まずは右に布陣する雪之ちゃんの真田隊に襲いかかる。雪之ちゃんは、これまでの経験から、戦術を駆使してこの攻撃を跳ね返そうと試みる。
「さすがは真田幸村を操るだけのことはある。中学生とは思えない手腕…だが、君の弱点は僕はよく知っているのだよ….」
是清は本田隊の弓兵1000で真田隊、俺の島隊ごしに矢を浴びせかけようとわざと構える。
(狙いは美鳴の石田三成か!いや、これも罠だ)
俺は雪之ちゃんに注意を促そうとしたが、雪之ちゃんの方が先に動いた。
「お姉ちゃん、危ないアル!」
「違う!狙いは雪之ちゃんだ!」
自ら騎馬を駆って石田隊に向かおうとしたが、弓隊の攻撃対象は真田隊。正確には後方に向かおうとした大将の真田幸村ただ一人。部隊と部隊の空間に1000もの矢が放たれ、そのエリアに突入した雪之ちゃんに戦死メッセージが宣告される。
「ありゃあ~こんなやり方もあるアルか?」
雪之ちゃんのゲーム画面にゲームオーバーの文字が浮かぶ。
「畜生め!」
俺は画面にタッチして、配下の兵に命令を出す。大将を失った真田隊が崩壊すれば、全軍ここで潰えてしまう。
「島くん、遅い!」
是清はさらに指示を出す。島隊の左の茂みから鉄砲隊200が俺めがけて狙撃する。パンパンという音と共に俺のステータス画面が赤い文字に変わる。戦死していないが、ライフ1である。いわゆる重症ってやつだ。だが、これは奴がわざとこういう状態にしただけなのだ。
(そう奴は、過去2戦も俺を負傷させ、動けなくしてから仲間を次々と撃破して討ち取っていった。それを俺に確認させた上で、とどめをさすのだ。)
大軍の前にさすがの吉乃さんの大谷隊も全滅してゲームオーバー。そして美鳴の石田隊もこの地で潰えた。
「ふふふ…また。トラウマになるかな。大事なお姫様を守れなくて、君の無力さを思い知るがいい」
是清は島隊への最終攻撃命令ボタンを押す。
自軍が全滅する瞬間と呆然と見守るしかない状態。ゲームじゃよくあります。
ホント、どうしようもない。初代ウィザードリィでパーティ麻痺状態で全滅した時を思い出します。畜生!