王子様は危機一髪の時に現れるのよ!(弐)
史実では徳川家康は、天下を取ったのは誰なのかをはっきりさせるために、捕らえた石田三成を引き回して晒し者にして、豊臣政権の終焉を天下に知らしめたといいます。我らの美鳴ちゃんも同じ運命なのか?
大津城の城門に畳を1畳敷いてそこに石田治部少輔三成(美鳴)は座らされている。東宮院は西軍総大将を晒し者にすることで、この関ヶ原の戦いのキャンペーンモードにふさわしいセレモニーを始めようとしていた。このゲームの仕掛け人である五代帝治郎を喜ばせる趣向でもある。美しい美少女が最後は不幸に落ちぶれていく姿を見ることがこのイカレた強欲なジジイにはたまらないらしい。
ゲームにログオンしてきた一般の東軍参加者が、大津城に入る時に否応なくこの姿を見ることになる。美鳴は白い着物を着せられ、縄で縛られているものの、目を閉じたその表情は凛としており、着飾らない儚げな美しさで見るものを魅了した。入ってくる武将の多くは、その姿を見て、
(東宮院のヤツ、ここまでするか?普通?)
(美鳴ちゃんが可哀想!)
(いくら勝負でもひどいだろう!この扱いは…)
(美鳴ちゃん、可愛い)
などと思いながら、城門をくぐっていく。誰もが同情や東宮院への反感を持ったが、いずれも彼から大金をもらっており、面と向かって批判することはできなかった。罵声や嘲笑するものが一人もいなかったことは、関ヶ原での奮闘ぶりと彼女の凛とした態度がそうさせたのだろう。
そこへ馬に乗った福島帆稀が通りかかった。彼女は現在の東宮院の愛人で、石田美鳴に恨みを抱いての参戦で、東軍の主力として活躍した経歴がある、だから、東軍一般参加者とは違い、美鳴を見るや否や、
「おっと、誰かと思えば石田美鳴じゃないか?そんなところに座らされて惨めだな」
美鳴は初めて目を開いた。その目は死んでいない。爛々と輝いて、この嘲笑するバカ女に辛辣な言葉を浴びせかける。
「あら?そこにいらっしゃるのは、男にだまされたメス犬じゃない。人間の言葉を話すなんて不思議だわ~」
「な、何を!お前こそ、そんな姿で晒し者じゃないか!」
「あら?ワンワンって鳴かないのかしら?」
「ふん。せっかく逃亡したのに捕まるとは。一緒に逃げた男は薄情だな。結局、お前を守らず、おかげでお前は晒し者。明日には処刑でゲームからロストだ」
「大介…島左近とは、離れ離れになっても心と心でつながっています。東宮院の偽りの愛情で弄ばれているだけのあなたとは違いますわ。はい、メス犬さん、しっぽを振って東宮院に拝謁するといいわ!」
「馬鹿言うな!このゲームで一番活躍したのは私だ。是清様は私を選んでくれる!」
「ふふふ。本当に馬鹿ね。イヌ以下。東宮院の奴はわたしと結婚する気よ。あなたは、今夜あたり、体よく捨てられるわね!」
「な、何だと~」
帆希は手綱を握る手がブルブル震えている。実は女の勘で何となく、美鳴の言っていることが現実になりそうな気がしていたからだ。(そんなハズはない!)と心に言い聞かせて、帆希は、
「ふん。まな板のコイのくせによく吠えるわ!」
と言って立ち去るしかなかった。
続いて細川ルシア珠希が、兄を伴って現れた。彼女は兄の懇願によって密かに西軍に通じており、裏切るタイミングを図っていたが、こういう状況になっては何もできなかった。声をかけようとする兄を制して、黙って目礼して城に入っていく。
次に現れたのは黒田メイサ。この関ヶ原の戦いで影の功労者であり、東宮院是清も最も評価した人物である。元々は石田美鳴に勝って自分のプライドを守ろうという気持ちだけで参加したから、こういう状況になって自分の目的は果たされたものの満足感はなかった。
特に戦勝後の東宮院の行いは横暴そのものであった。裏切らせた早川秋帆には、約束の支援は与えず、裏切った贖罪をちらつかせて西軍の残党狩りを命じているし、毛利屋は会社を乗っ取られようとしている。先ほどの福島帆稀もいいように扱われ、今日あたり捨てられそうだ。自分にはこれまでの働きを評価してくれて、大学を出たら東宮院ファンドに就職してくれと言われているが、当初の満足感はない。所詮は自分も彼の駒の一つに過ぎないと感じたのだ。彼は有能な駒は大事にするが、不必要になったら容赦なく切る男だ。
メイサは美鳴を見つけると、すぐに馬から下りて駆け寄った。そして縛られた両手のロープを切るとそっと美鳴の両手を握る。
「勝負は時の運というけれど…こんな姿になるなんて残酷すぎます」
「メイサさん…」
美鳴の口からは、先ほどの帆希に対したような辛辣な言葉は出てこない。メイサは美鳴の格好があまりに可哀想すぎると感じたのか、自分が着ている陣羽織をそっと美鳴に着せかけた。
「これからいろいろあるとは思いますが、強く生きてください。あなたの信じるものが確かなら、きっと神様はあなたに味方してくれますわ」
美鳴は言葉が出ない。関ヶ原の戦いで最も苦しめられたのがこの黒田メイサであった。だから、憎い相手であるはずだが、こういう優しい言葉をかけられると罵倒する言葉が出てこない。彼女は自分の信念に従ってゲームに参加しただけなのだ。東宮院の悪行をすべて知った上で彼に力を貸していたとは思えなかった。
美鳴の思う通り、メイサは戦後に徐々に明らかになっていく東宮院の腹黒さと、その所業の酷さに東軍への参加を後悔していていた。だから、早くこのゲームは終わって今後、一切関わりになりたくないと思っていた。
メイサが去って、美鳴は小さな声で、
「ありがとう…」
と陣羽織を着せてくれたお礼を口にしたのだった。
そこへ、城門から走り出た人物がいる。畳の上に座らされている美鳴の前にうずくまり、額を地面にこすりつけている。美鳴にはその人物がすぐ分かった。
「秋帆ちゃん…顔を上げて…」
「ごめんなさい、ごめんなさい、先輩、ごめんなさい」
わんわん泣きながら、早川秋帆は顔を上げられないでいた。関ヶ原の戦いで西軍の敗因を作った張本人である。西軍の総大将の石田美鳴の前に出てこれた義理はないのである。
「秋帆ちゃん。わたしはあなたを恨んではいません。あなたが西軍を裏切って吉乃の軍へなだれ込むという判断を下したのは、わたしへの愛情と信頼が不足していただけ。あなたのせいじゃないわ」
「そんなことない、そんな事ないよ。私が馬鹿だったんです。こんなことになることが分かっていて裏切るなんて…」
「秋帆ちゃん。泣かないで。まだ終わったわけじゃないわ…」
秋帆はその穏やかな美鳴の声に驚いて、そっと顔を上げた。縛られて晒し者にされているのに、誇りを失っていない目。まだ、勝利を信じて輝いている目を見て驚いた。この状況でこんな目ができるのであろうか?
「秋帆ちゃん。この関ヶ原の戦い、わたしが率いる西軍は、愛情、友情、信頼といったもので結束し、金や恨みで集めた東軍とは一線を画しました。戦いには敗れましたが、愛情や友情、信頼が敗れたわけではありません。だって、敗れたわたしの心の中には愛がいっぱい詰まっていて、わたしは今、とっても幸せなの。ゲームの勝ち負け、会社の買収合戦の勝ち負けなんか、関係ないの。人生の、心の勝ち負けでは、わたしは確かに勝者だったの。だから、今はとても穏やかでいられるのよ」
「先輩~」
「秋帆ちゃんも、東軍についた以上はその立場を全うして、信頼を得なさい。フラフラしちゃダメよ。信念をもって行うの」
「グスッ…グスグス…先輩、先輩~」
あまりに長く話していたので、東宮院の関係者が好ましくないと思ったのであろう。東軍兵士に両脇を固められて、秋帆はその場から引き剥がされた。
「秋帆ちゃん!」
「先輩」
「秋帆ちゃんの会社、復活するといいね。お母さん、退院できるといいね!」
わあ~んという鳴き声と共に、早川秋帆こと小早川秀秋は城の中に消えていった。
黒田メイサの行動は史実での黒田長政の行動に習っています。実際に三成は陣羽織をかけてもらい、「かたじけない・・・」と言ったそうです。