裏切りの代償は高くつくのよ!(壱)
史実では、西軍を裏切って東軍についた大名、豊臣恩顧の大名でありながら家康についた大名。みんな結局は家康によって滅ぼされます。この物語ではどうでしょうか?西軍の旗頭でありながら、東軍についた毛利の運命は?
「それでは、安国寺恵弁護士の毛利屋グループの顧問弁護士及び経営アドバイザーの解任に賛成の方、ご起立をお願いします」
毛利屋本社の大会議室で行われている臨時取締役会。司会役の吉川広志専務は、議事をスムーズに進めていた。東宮院ファンドの株買い占め工作も約束通り、途中で停止したため、全体の30%ほどにとどまっており、筆頭大株主として経営に対してある程度の口出しはしてくるものの、現経営陣はそのままで、吉川専務としては予定通りであった。
30人の取締役のうち、毛利社長と5人を除いて起立し、安国寺恵の解任が決まった。吉川はこの会議室にオブザーバーとして参加している恵をちらりと見た。
(あの女、この場に出てこないと思ったが恥の上塗りをしたいのか?)
自分の解任された瞬間を見ても微笑んでいる美しい女弁護士。吉川は彼女の真意を図りかねていた。
「賛成多数。よって、安国寺弁護士の我社に対するすべての契約を破棄とします。安国寺弁護士、取締役会には発言する権利はないが、あなたのこれまでの功績に敬意を表し、退任にあたって挨拶する機会を与えます。何かありますか?」
「特にありませんわ。専務」
恵はそう答えた。怒りも悲しみもない淡々とした返事だ。
(おやおや、恨みつらみでも言うために来たと思ったが、違ったようだな)
吉川はますます彼女の真意が分からなかったが、とりあえず予定の議事はすべて終わったため、
「これにて臨時役員会を終了…」
と言いかけた。だが、恵が嬉しそうにつぶやく声が聞こえた。
「あら、発言がある役員様がいらっしゃいますわよ」
「専務、緊急動議を提案します!」
見ると役員の一人が立ち上がっている。メインバンクから役員として送られて来た男だ。
「緊急動議だと?」
「はい、緊急動議を提案します」
(な、なんだ!この男は何を言おうとしているのだ?)
「これまでの経営の責任を現社長である毛利元輝氏に取ってもらうべきかと存じます」
「何を馬鹿な!社長を追放してどうするのだ!」
吉川専務は怒鳴った。そんな馬鹿な提案をするなど考えられない。
「毛利社長の解任、吉川専務の社長就任を提案します」
男は冷静にそう続け、椅子に座った。役員たちが騒然となる。
(何を馬鹿な!毛利家を追放して、私を社長にだと?)
取締役の緊急動議であるから、最終的には、採決を取らなければならない。創業家として大量の株式を保有している毛利家を追放するなどできるわけがない。そんな馬鹿なことが通るわけがない。
「専務、ぼーっとしちゃってどうしたの?採決しなきゃ」
そう恵に言われて、吉川は、
「今の緊急動議に賛成のみなさんはご起立を…」
25人が起立した。
「さ、賛成多数…よって、緊急動議は…可決されました」
吉川はブルブルと震えている。目を落とすと唖然としている社長が目に入る。これでは、自分が会社を乗っ取った形になってしまう。
「さらに緊急動議の提案です。我社の資金繰り解消を図るため、新株券の発行を提案します。発行枚数は300万枚。引き受け先をサイバー銀行とします」
「300万枚だと!現発行株数と同じだけを発行するのか!そんなことすれば、株価は暴落する。株主から訴えられるぞ!」
株式が倍になれば、当然、価値は半分に落ちる。現株主が黙っているわけがない。吉川はでたらめな提案に真っ向から反対するが、擁護する役員は一人もいない。ここに来て、吉川はようやく気がついた。30人の役員中25人が東宮院ファンドに寝返っていたのだ。
新株が東宮院ファンド参加の銀行が買い占めることで、東宮院ファンドの持ち株数は、50%を軽く超え、さらに暴落する株を買いまくったため、毛利屋の株式の大半は東宮院ファンドが抑える形になってしまったのだった。
役員会が終わり、椅子に放心状態で座っている吉川専務に安国寺恵が声をかけた。
「どうやら、あなたはいっぱい食わされたようですね。契約では、毛利屋の経営はあなたに一任するとあったのでしょう。約束通りじゃない。新社長様。サイバー銀行は東宮院ファンドの隠れ蓑の銀行だけど、表向きは口出しするのは銀行であって、東宮院は関係ないから、抗議もできないでしょうね。見事に乗っ取られたというわけね」
恵の言う通り、毛利屋は解体されてリストラの名のもとにバラバラにされて売られてしまい、かろうじて売り物にならない田舎のスーパーマーケット数件に縮小されてしまうのであった。
(裏切りの代償は、結局、こういうものよ)
安国寺恵は会議室を後にした。今晩あたり、あのゲームの続きを見てみたいと思ったのだ。裏切り者の末路はどうなるのか、しっかり見届けたいと思ったのだ。
岐阜城を中心とする西軍残存部隊は、長良川、木曽川という天然の要塞を巧みに利用して、東軍の攻撃を幾度となく撃退していた。西軍の指揮を取っているのは立花瑠璃千代で、
岐阜城の主である織田麻里と協力し、巧みに兵を指揮していた。
「まだまだ、もっと引きつけなさい!」
川を渡って、小早川勢が押し寄せてくる。
「よし、撃て!」
川岸に配置した鉄砲隊が瑠璃千代の命令の元に一斉に射撃をする。散々に撃ち倒すと鉄砲隊は巧みに後退する。犠牲を払って岸にたどり着いた小早川勢は、三方向から突撃してくる槍隊に阻まれ、身動きできないところに弓隊の射撃を受けて混乱し、ついには川へ叩き落とされて、大損害を出す。岐阜城攻めを命じられた早川秋帆は、関ヶ原での裏切りによる東軍勝利への戦功は、完全には認められなかった。すぐ裏切らず、日和見していたことを指摘されたのだった。よって、会社債権の資金提供は保留となり、岐阜城攻めの成功を条件に付けられたのであった。
(一度、裏切って卑怯者になるとどんどん、落ちていくばかり…)
秋帆はそう思った。自分の意思で裏切ったつもりであったのだが、所詮は東宮院是清の手のひらの上で踊らされていただけだったのだ。お金では動かないと決めていたのに、結果的にお金のために動いている自分の姿が醜くて、秋帆は気が変になりそうであった。だが、大好きな先輩である石田美鳴を裏切った自分の居場所は、この東軍の先鋒というところにしかなかった。
小早川勢を散々に打ち破った瑠璃千代は、新手の東軍の軍勢が近づいて来るのを知ると、すぐさま、兵を引いて防御体制を整える。局地戦で勝っているとはいえ、所詮は多勢に無勢である。こちらは、自分が率いている九州勢の1万2千と、関ヶ原でほぼ無傷だった長宗我部勢の6千と織田勢の6千5百の2万5千に過ぎない。関ヶ原の戦いで大ダメージを受けた石田勢の一部と宇喜多勢は、しばらく使い物にならなかった。こんな状況であるので、東宮院是清が大々的な遠征軍を繰り出せば、最後な敗れることは必然であった。
「長谷家部さん、敵は1万程度ですが、素人レベルのようです。あなただけで十分防げると考えますが、お任せしてよろしいでしょうか?」
「OKです。瑠璃千代さん。英美里ちゃん、見ていてね。僕の活躍ぶりを!」
一緒に岐阜城に逃げ込んだ長束英美里ちゃんに、いいところを見せようと無駄に頑張る長谷家部君の活躍で、東軍の第2軍も長良川を渡ることができず、撤退することになる。
史実では毛利家はお取り潰しのところを吉川広家の懇願で、なんとか30万石だけ残してもらいます。体よくだまされたわけですが、この恨みは結局、明治維新まで持ち越されることになります。歴史って面白いですね。