さらば!友情、さらば!わたしの恋(七)
絶対危機的状況だからって、ラブコメなんて不謹慎だなんて言わないでください。
こういう時こそ、主人公とヒロインの愛の力が必要なのです。
その頃、ゲーム上で俺は美鳴を連れて、伊吹山の奥深くに逃れていた。急斜面を登り、谷に下り、谷川を超えて西へ向かう。目指すは大阪だと当初は思っていたが、美鳴の疲労が激しくて、とてもそこまでは行けそうもない。時間がかかれば、東宮院の奴が大阪城に入場してしまうであろう。そう考えると、いっそ、東へ進路を変えてまだ西軍の拠点になっている岐阜城に逃げ込む方法もあると思っていた。
「左近、ちょっと待って!ゲームの中だけど、もう疲れて足が動かないの…」
両手と両ひざを地面について、美鳴は荒い息をしている。もう立つことができない感じだ。ゲームの中でも日が暮れかかって、雨までしとしとと降り始めた。いくらバーチャル世界とはいえ、ずぶ濡れで移動するのは無理だ。
「美鳴、とりあえず、今日は休もう。敵の搜索も明日から本格化するだろうし、残党狩りの連中の参戦は明日から受付開始だろうから、体力を回復させておこう」
残党狩りというのは、キャンペーンゲームのおおよそ勝敗が決まった後に、敗将が逃亡している時に行われるイベントで、逃げた者を捕まえるという奴だ。捕まえれば労せずして勝利者側からいくらかの利益を得られるので、まだレベルの低いプレーヤーがわんさかとエントリーしてくるのだ。
(まあ、そういう輩はまだいいが、問題は東軍の正規軍の追っ手だろうなあ)
そう考えながら、俺は今晩の休憩場所を探す。大きな大木に大きなうろを見つけた。ちょうど、人間二人が抱き合って入れば、雨を防げる。身も隠せそうだ。
「美鳴、ここに入るぞ!」
「え?ちょっと、狭くない?」
「だけど、もう暗いし、ここしかないぞ。嫌なら、俺は木の下で過ごすから、お前はこの中に入れよ」
そう言って、美鳴をうろの中に入れる。風も出てきてバーチャル体験ながら結構寒い。
「左近、やっぱりダメだよ。あなたの体力が奪われてしまうわ」
俺が木の下とはいえ、雨に打たれるのを美鳴は気にしている。
「俺のことはいい。お前は少し眠れ。もう少し、時間を見て安全なら一緒にログアウトしよう」
ゲーム上で安全が確認できたら、とりあえず、ログアウトして現実に戻り、今後の対策をじっくり考える必要があろう。
「じゃあ、なおさら、身を隠さないと…。わたしは構わないから、左近もここに来て」
「えっ、だけど、俺が入るスペースはないぜ?」
「こうすればいいのよ!」
美鳴は俺の手を取ると引っ張って、体を重ねた。バーチャル空間とはいえ、リアル体感システムのおかげで美鳴の体の温かさとやわらかさを全身で感じる。
「ゲームの中だけど、何だか温かいね。大介」
美鳴がそっと俺の胸に頬を寄せる。
「み、美鳴…」
俺は思わずドギマギしてしまう。こんな可愛い美鳴に思わず、心が奪われてしまう。
「あ、大介、これはゲームだからであって、現実はこんなサービスしないからね!」
「はいはい、分かっています。我が姫」
「分かっていればよろしい!ふふふ…」
思わず笑う美鳴に俺も応える。今日の辛い戦いの結果を今だけは忘れたいという美鳴の心情が理解できた。俺はそっと美鳴の頭を手で抑えるとゆっくり目をつむりログアウトした。明日から、ゲーム上では逃亡者である。だが、なんとか、西軍の支配エリアに入れれば、もう一度、戦うことができる。
「おっ!」
ログアウトして俺は美鳴の部屋に戻った。美鳴の奴も戻ったようだ。舞さんはまだゲーム中だ。画面を見ると何とか岐阜城に逃げられたらしい。瑠璃千代の奴が西軍の敗残兵をまとめているようだ。あとの状況は分からないが、瑠璃千代の部屋へ行けば、もう少し状況は分かるかもしれない。
(岐阜城が健在で、雪之ちゃんは中山道を江戸へ向かって攻めているし、愛ちゃんも江戸へ進撃中だ。まだ、やり方によっては逆転もありえる)
そう考えていたが、俺の携帯にメールが一本入る。
大介くん。
外を見ろ。
東宮院の手のものが君たちを捕らえようとしている。
「大介、どうしたの?」
美鳴がそう俺に聞いてきたが、それに答えず、俺は窓のカーテンをそっと開けて外を確認する。マンションのエントランスに不審な車と黒服の男が2人、こちらを見ているようだ。
5分以内にその部屋から君の部屋へ移動しろ
ここから逃げないとまずいことになる。
風魔の小太郎
例の小太郎からの連絡だ。彼には狩野家による拉致事件で世話になっている。この忠告はすぐ実行に移すべきだろう。
「美鳴、ゲームもヤバイが、リアルもヤバそうだ。まず、ここから逃げよう!」
そう言って、美鳴に脱出の準備をさせる。準備といっても、5分しかないからちょっとしたお出かけグッズに1、2日程度の衣類とお泊りセットを小さなカバンに入れるのが精一杯であった。美鳴の部屋から例のエレベーターを通って俺の部屋に下りる。暗い部屋にはあの風魔の小太郎を名乗る若い男がいた。
「大介くん、窓から裏庭に抜けて、裏通りのコンビニに行け。そこに白い軽自動車が止まっている。それでこの街から出るんだ。道は裏道を通っていけ。県道を抜けて隣の市から高速道路に入れ。まずは、ここに潜伏するんだ」
そう言って、メモが付いた地図と車の鍵、小さなブリーフケースを渡してきた。
「小太郎さん、舞や瑠璃千代たちは?」
美鳴が小太郎に尋ねる。
「本名はアギトです。本多アギト。訳あって、あなたの側につくことになった男です。東宮院の狙いはあなただけです。ゲームで捕縛し、リアルでも身柄を拘束するつもりのようです。まずは身を隠してゲームを遂行してください。紙一重ですが、西軍の状況を考えるとまだ、一縷の望みはあります。それにはあなたが逃げ切ることです」
「アギトさん?」
美鳴はこの男にどこかであったような気がしたが思い出せないようであった。
「大介くん、落ち着いたらゲームにログオンして逃亡を続けるんだ。大阪方面は危険だ。敵の意表をついて岐阜城方面に行くのがいいと思うが、こちらも東軍が向かっているから、彼らを突破しないといけない」
「どちらにしても危険はつきものってことですか?」
「情報はできるだけ伝える。もう行け!」
そうアギトに促されて、俺は美鳴と共にそっと裏庭を抜けてコンビニまで走った。俺たちがコンビニの駐車場に止まっている車に乗り込んだとき、東宮院の手のものがマンションに踏み込んできた
ゲームでもリアルでも逃亡中の主人公たち。黒服の連中に追われながら、ゲームを継続できるか?99%敗け決定の状況を巻かえせるか?